光の国の恋物語





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 回りくどい言い方は嫌いだった。
洸聖は真っ直ぐに悠仙を見つめて言った。
 「悠羽のことを愛しいと思っているのか?」
 「・・・・・っ、ゆ、悠羽は、私の・・・・・兄だ」
 「そう、悠羽は貴殿の血の繋がった真の兄弟。いくら想いを寄せているとしても、悠羽が貴殿を受け入れることはない・・・・・違
うか?」
悠仙に対して自分がどんなに残酷なことを言っているのか洸聖は自覚していた。それでも、悠羽を自分のものにする為に、必要
であればどれだけでも利己的になるつもりだった。
本当に欲しいものは与えてもらえるわけではない、自分で奪って守らなければ手の内に入らないのだ。
 「安心してもらいたい。私は悠羽を幸せにするし、悠羽を悲しませることはしない」
 「・・・・・」
 「納得してもらえたと思って・・・・・よいな?」
 いささか強引だが、洸聖は話を打ち切ろうと思った。
多分、もう直ぐ悠羽が部屋に戻ってくるはずだ。自分の許婚と弟の険悪な雰囲気を見せたくはない。
(私がそんなことを思うとはな)
自分の感情よりも、ます悠羽のことを考える自分がおかしくて・・・・・しかし、心の中のどこかが温かく満ち足りている。
誰かを想う、守るということは、本来はこんな風に自分自身をも幸せにしてくれるのだと、洸聖は悠羽と出会って初めて教えられた
気がした。

 トントン

 その時、再び扉を叩く音がした。
反射的に洸聖と悠仙は視線を交わし、その後洸聖が無言のまま扉を開いた。
 「湯殿の準備が・・・・・あれ?悠仙、どうしたんだ?」
悠羽はその場に立っていた悠仙の姿に驚いたようだった。
無理もない。先程までは両親と違って明らかに洸聖に対して敵意を向けていた悠仙が、わざわざ客間にまでやってくる理由が思
い浮かばなかったのだろう。
 「悠仙」
 「失礼する」
 「あっ」
 そのまま悠羽の横をすりぬけて立ち去る悠仙の後ろ姿を自然と見送る形になってしまった悠羽の視線を自分に戻したくて、洸
聖は悠羽の手首を掴むと同時に開いたままだった扉を閉めた。
 「洸聖様?」
丸い目が自分を見上げている。
けして美人ではないが、とても愛嬌があるあどけない顔立ち。
気持ちを認めてしまえば、ソバカスも魅力的だし、赤毛の飛び跳ねている髪も、まるで風に吹かれる綿のように柔らかそうだ。
 「悠羽」
 愛しいと、強く感じ、洸聖はそのまま悠羽の唇に自分の唇を重ねた。
悠羽は一瞬驚いたように目を見開いて、洸聖の身体を反射的に押し返そうとしたが、直ぐに思い直したように目を閉じて・・・・・
ギュッと洸聖の服を掴んできた。
無理矢理に身体を重ねた時とはまるで違う幸福感に、洸聖は更に口付けを深いものにした。



 「少し真面目過ぎるような気がしましたが・・・・・悠羽様のことを想ってくださっているのはよく分かりました。お会い出来て本当に
良かった」
 「小夏様」
 サランは、呟くように言った小夏の横顔を見つめた。
洸聖の世話を自らすると言った悠羽に遠慮をして別行動をとったサランは、自分の部屋に行く前に小夏に呼び止められた。
先刻話していた時は悠羽が途中で現れたので話が途中になってしまっていたのだ。
 「お前には本当に世話を掛けますね」
 「いいえ、私も悠羽様のお側にいたいので」
 悠羽には面と向かっては厳しいことしか言わない小夏だが、サランに対しては悠羽のことを心配している母親の顔を隠さなかっ
た。
対外的には王と王妃の子である悠羽に、あからさまな母としての情は見せられない小夏にとっては、サランは唯一自分の心を隠
さなくてもいい相手なのかもしれない。
 「でも・・・・・悠羽様が本当に花嫁になるなんて・・・・・」
息子が男の元に嫁ぐのは、理解したつもりでもやはり多少は複雑なようだった。
 「悠羽様はお幸せになられます。あんなにお優しく、強い方ですから」
 「・・・・・サラン」
 「はい」
 「お前はどうなのですか?」
 「え?」
 「お前の雰囲気も少し柔らかくなったように見えますが・・・・・何かあったのではないですか?」
 「・・・・・」
 サランは目を伏せた。
 「何も、ありません」
 「本当に?」
親に置き去りにされたサランを王妃と共に拾ってくれた小夏は、それ以降まるで実の母のようにサランを育ててくれた。
優しいだけではなく、厳しいことも言われたが、今となっては自分の事を思ってくれた為だとサランも分かる。
(小夏様には全て分かってしまうかも・・・・・)
 「サラン」
 「・・・・・悠羽様がご結婚されると、少し・・・・・寂しくなると思っただけです」
嘘ではない。
サランの憂鬱の大部分はそれに間違いがない。ただ、それだけではないことも確かなのだが。
 「・・・・・」
 それ以外は口を開こうとしないサランに、小夏は苦笑を浮かべていた。
幼い頃から共に暮らしていたからこそ、サランが儚げな見掛けによらず頑固なことをちゃんと知っているのだ。
 「また、悠羽様について行ってくれると思っていいのですね?」
 話題を変えてくれた小夏に感謝しながら、サランは強く頷いた。
 「望まれて嫁がれるとはいえ、悠羽様にとってはやはり光華は緊張を強いられる国でしょう。そんな悠羽様のお力に少しでもな
れたらと思っています」
 「ありがとう、サラン」
 「いいえ、私の方こそ、役割を下さった王や王妃に・・・・・小夏様に感謝しております」
生きていることに意味を与えてもらうことがどんなに嬉しいことか・・・・・一度親から手を離されたサランにとって、それは感謝しても
しきれないほどの与えてもらう大きな愛情に他ならなかった。



 「・・・・・くそ、ここが自分の部屋でないことが恨めしい」
 「え?」
 唇を離した洸聖は、悠羽を抱きしめた腕はそのままで呟いた。
 「このままお前を抱くことが出来ない」
 「!」
(な、なんてこと・・・・・!)
 「さすがに初めて訪れた場所ですることも出来ぬしな」
まさか真面目な洸聖がこんなことを言うとは思っていなくて、悠羽は自分がどんな顔をしていいのか分からなかった。
悠羽からすれば、思いを寄せる相手と結婚が出来るという喜びと、ここまで迎えに来てくれたという嬉しさだけでも胸がいっぱいに
なっているのに、その上生々しい身体を重ねることを言われても反応のしようがない。
(今の私は、口付けだけで精一杯なのに)
 「悠羽、せっかくの里帰りを中断して悪いが、明日にでもここを出立してもよいか?」
 「明日、ですか?」
 「一日も早く、そなたを正式な伴侶としたい。名実共に私の妻になれば、何度でも里帰りをすることは許そう」
 「洸聖様・・・・・」
 「情けないが、少し・・・・・焦っているのだ」
 自分の弱みをきちんと悠羽に見せてくれる洸聖に、悠羽も答えを引き伸ばす必要はなかった。
奏禿に戻ってきたのは自分の気持ちを見つめ返すという意味からで、その答えはもうとっくに出ているからだ。
 「分かりました」
 「・・・・・よいのか?」
少し気弱に問い掛ける洸聖に、悠羽はしっかりと頷いてみせた。
 「はい。私は洸聖様と共に、光華に戻ります」
 「悠羽」
 「あの国は、もう一つの私の故郷なのですから」
きっぱりと言い切った悠羽の顔をしばらく見つめていた洸聖は、少しだけ眉を潜めて悠羽の首筋に顔を埋めた。
 「これ以上私を泣かすな・・・・・馬鹿者」
子供のような言い草がおかしくて、悠羽ははいと言いながらもくすくすと笑い続けた。