光の国の恋物語





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(兄上が悠羽殿を追って奏禿まで行かれるとは・・・・・意外だったな)
 洸竣は半ば呆れ・・・・・それ以上に感心しながら兄のことを考えていた。
姿が見えないとは思ったが、元々父の補佐で忙しい兄と、気楽な第二王子である自分の生活はすれ違いも多いのでそれほど
気にやまなかったが、先程やってきた奏禿からの早馬で、兄が奏禿にいると聞かされた時はさすがに驚いた。
 父も、何か思うことがあったのか、珍しく渋い顔をしていたが、後ろに控えていた影の姿にちらっと視線を向けると、そのまま黙って
使いの者に労いの言葉を掛けていた。

 どういった理由からか、周りに何も告げずいきなり里帰りをした悠羽とサラン。
まだ正式な婚儀を挙げていないとはいえ、実質的に既に洸聖の妃という立場の悠羽の不在は、光華国の王宮内に暗い影を落
としていた。
第三王子莉洸の不在もあるだろうが、すでに悠羽はその明るい笑顔と人柄で光華国の光を担う存在になっていたのだ。
 だが、どうやら兄は無事悠羽を説得出来たようで、早々帰国するという。
報告を聞いて安堵した者達はそれぞれ広間から出て行ったが、洸竣はふとその場に黎がいなかったことに気がついた。
(どこに行ったんだ?)
 ゆっくりと話そうと思った矢先、悠羽の帰国騒動があってうやむやになってしまったこと。
黎の兄のことを話そうにも、あれ以来黎はなかなか洸竣と2人きりにはならなかった。
どうにかしなければ・・・・・洸聖と悠羽の問題がどうやら片付きそうだと思った洸竣は、側にいた召使に聞いた。
 「黎は知らぬか?」
 「黎でしたら、先程出掛けましたが」
 「出掛けた?」
 「実家に行くと申しまして・・・・・洸竣様に何も?」
 黎の直属の主人は洸竣だ。その洸竣に何も言わずに勝手に行動することは非難されても仕方がないことなのだろうが、洸竣は
眉を潜めたその召使を何とか宥めると、自分も急いで厩に向かった。
(1人であの男の元に向かったのかっ?)



 懐かしい・・・・・しかし、温かい思い出など一つもない屋敷の裏門に立った黎は、丁度出てきた幼い小間使いに京への伝言を
頼んだ。
黎が出て行ってから雇ったのであろうその小間使いは、この屋敷にとっての黎の意味など分かるはずもなく、お待ちくださいと丁寧
に頭を下げて中に戻っていく。
(僕なんかに頭を下げるなんて・・・・・)
 黎も、あの小間使いと同じ使われる立場だ。
しかし、今着ている物はとても上等なものだったし、いいものを食べさせてもらっているので肌艶もいいだろう。
もしかしたら、あの小間使いは黎を京の友人と思っているのかもしれない。
 「黎っ」
 さほど待つこともなく、京が現れた。
黎の姿を見ると、信じられないというように目を見開いている。
 「お前がここに来てくれるなんて・・・・・っ」
 「あ、あの、お話したいことが、あって」
 「私もだ。だが、ここでは・・・・・」
 「奥様、いらっしゃるんですか?」
 「寝込んでいる」
 「寝込んでって・・・・・ご病気かなにかでっ?」
 「私が、結婚を壊したから」
 「え?」
黎は、思わず聞き返してしまった。
 「い、今・・・・・」
 「式の当日に、女連れで朝帰りをしてやった。花嫁も、その両親も親戚も、皆怒り狂って帰って行ったよ。なかなか面白い見物
だったがな」
 「京・・・・・様・・・・・」
 「あのまま、結婚など出来なかった・・・・・っ」

 「・・・・・明日、結婚式なんだ」
 「お前は、使いの途中に人攫いに遭ったと・・・・・生死は不明と言われた。お前が死んだと聞いて、何もかもどうでも良くなってし
まって・・・・・結婚も母が進めるままに・・・・・」

(あの時の結婚を・・・・・止めたと・・・・・?)
 どういう理由なんて、怖くて聞き返せなかった。京の真剣な目が、黎に答えを出させようとしてくる。
思わず一歩後ずさった黎の腕を、京はいきなり掴んできた。

 「そなたにはどうも出来ないことかも知れぬぞ」

頭の中に、洸竣の言葉が響いた。
(ほ、本当に、僕は馬鹿かもしれない・・・・・)
 「黎」
 「・・・・・」
 「お前と、ゆっくり話がしたい。父の別邸に行こう」
 「べ、別邸・・・・・」
 駄目だ、駄目だと、頭の中で誰かが叫んでいるが、黎が簡単に嫌だと言えるはずがなかった。
それまでの長い間、兄と弟という関係ではなく、主人と召使という関係できただけに、主人である京の言葉に逆らうことなど考えら
れないのだ。
 「あ、あの・・・・・」
それでも、黎は何とかその話を誤魔化そうとした。
 「ぼ、僕、黙って王宮を出てきたので・・・・・」
 「黙って?・・・・・では、お前がここにいることは誰も知らないんだな?」
 「・・・・・は、はい」
 「・・・・・」
 「きょ、京、様?」
 「今のお前は・・・・・」
急に変わってしまった京の声音に、黎はギュッと両手を握り締めた。



 「誰かっ、誰かおらぬかっ?」
 洸竣は馬を走らせ、黎の実家・・・・・いや、対外的には元の奉公先である貴族の野城の屋敷にやってきた。
突然に現れた光華国の王子である洸竣の姿に家の者は驚いたが、生憎主人である野城も息子の京も不在と伝えてきた。
 「誰かがっ?」
 「は、はい、若様を訪ねてきた方がいらっしゃいまして・・・・・」
 「その者の名はっ?」
 「え、え〜と・・・・・」
まだ10代前半らしい少年は、洸竣に責めよられて今にも泣きそうな顔になっていたが、やがてはっと思い出したように顔を上げて
言った。
 「れ、れいと伝えてくださいと言われました!」
 「・・・・・っ」
(やはりここに来たのか!)
 自分があの一連の言い合いを忘れていないと同様に、黎も胸の中でそれが燻っていたのだろう。
それをもう一度洸竣にぶつけてしまう前に、自ら京に会いに来た黎がそれからどうなったか・・・・・洸竣は小間使いの肩を掴んだ。
 「2人はどこにっ?」
 「そ、そこまでは聞いていませんっ。た、ただ、馬がいないので、どこかに出掛けられたと思いますっ」
 「それはどこだっ?」
しかし、それ以上は小間使いも分からないらしく、泣きながら知りませんと何度も謝った。
その幼い泣き顔を見て、洸竣も自分が大人気なかったことにようやく気がついた。
 「すまない、言い過ぎた」
 「い、いえ、あの、僕、他の方に聞いてみますっ、若様の行かれそうな場所!」
 そう言って屋敷の中に戻っていく少年の後ろ姿を見送りながら、洸竣は唇を噛み締めた。
まだ知り合って間もないという言い分けなど通用しない・・・・・洸竣は黎のことを何も知らない自分に腹が立っていた。
黎の考えていること、不安。
年上である自分は、いや、今の環境から救い出そうと強引に王宮に召し上げた自分は、もっと黎のことを考えてやらなければなら
なかったはずだった。
京に対して感じる嫉妬など、黎の責任ではないのに・・・・・。
(兄上のこととか、悠羽殿のこととか、全て問題を先送りする理由付けにしただけだった!)
 答えを出すのが怖くて、本気になる自分が恥ずかしくて、後に後にと答えを出すのを先延ばしにしていただけだった。
 「・・・・・そっ!」
 「洸竣様!」
その時、屋敷の中から先程の小間使いが走って出てきた。