光の国の恋物語
72
父である貴族、野城の別邸は、都の外れの別邸地域の中にあった。
ここは周りに自然が多く、貴族が妾などを囲うのに丁度いい距離感からか、大きい屋敷が点々と建てられている地域だった。
野城も最初はここに黎の母を住まわせようとしたのだが、夫人が家を持たせることを強行に反対したので、せっかく建てたこの屋敷
はほとんど使われないままらしい。
「・・・・・」
黎は、自分と向かい合わせに座っている京をチラチラと見ながら、どうしたらいいのだろうかと懸命に考えていた。
強引にここまで連れて来られてしまったが、洸竣に何も言わないで出てきたことが気になって仕方が無かったのだ。
(僕は・・・・・もしかして、間違えた・・・・・?)
偶然道で出会った京に対する洸竣の冷たい態度がどうしても理解出来ず、何かを自分に訴えようとしている京の真意が知りた
くて、少しだけという思いで王宮から出てきたのだが、生まれてしまった不安はなかなか消えなかった。
「もっと早く、お前とこうして向き合いたかった」
「・・・・・」
「お前が私を兄と呼びたがっていることが分かっていたのに、どうしても弟としてお前を受け入れられなかった」
「・・・・・」
(それは、分かってる)
自分と母の存在が、野城の正妻や京に取っては忌むべきものだとも分かっている。
いくら貴族には妾を持つことが許されていたとしても、自分の屋敷に仕えていた召使に夫を取られてしまった正妻の怒りは、女に
対してはもちろん、その子にも強く向けられた。
仕え始めた頃の母をとても可愛がっていたらしいという話を聞いたことがあるので、裏切られたという思いも強いのかもしれない。
黎にはそんな大人の事情は関係ないといってもいいはずなのだが、婿養子という形の父は正妻の目を恐れて少しも黎を可愛
がることはなかった。
子供の頃は寂しいと思っていたが、今の歳になればそれも仕方が無いことだと諦めることが出来た。
「ぼ、僕は、今は何とも思っていません」
「・・・・・」
「王宮では皆さんに良くして頂いているし、洸竣様も気遣ってくださって・・・・・」
「・・・・・っ」
黎とすれば、昔はともかく、今の自分はとても幸せだから心配しないでくれというつもりだった。
京がもしも自分に罪悪感を持って結婚を取りやめにしたとすれば、その言葉で思い直してくれるのではないかと期待した。
しかし、京の反応は、黎の予想外のものだった。
「なぜ王子をそこまで信頼するんだ!」
「きょ、京様?」
「お前と共にいた時間は私の方が遥かに長いのに、なぜ出会ったばかりの洸竣王子に心を傾けるっ?まさかっ、お前は既に洸
竣王子のものになったのかっ?」
「な、何を・・・・・王子の、ものって?」
「洸竣王子をその身体で受け入れたかと聞いている!」
「!ぼ、僕は、男です!男の身で王子を受け入れるなんて・・・・・!」
「男同士でも身体を重ねることが出来る。子が出来ぬのならば・・・・・兄弟で愛し合っても構うまい」
「きょ・・・・・」
「黎、お前が私の元を離れてからようやく気付いた。私は、お前を愛している。弟としてではなく、身も心も欲する相手としてだ」
「・・・・・!」
黎は大きく目を見開いた。
洸竣は馬を走らせていた。
野城の別邸の位置は大体聞いたが、ここら辺りは同じような建物が多い為、特に特徴が無ければ簡単に見つかるということはな
かった。
「くそっ」
(何の為に黎を連れ出したんだ!)
小間使いから、京の結婚が破談になったことを聞いた。どうやら京の女遊びが原因ということだが、洸竣はとてもそれが真実だと
は思えなかった。
もしも本当に京に女がいたとしても、あの時・・・・・町で会った時、結婚すると言っていた男の顔には諦めにも似た従順な表情し
かなかった。あの顔の男が、そうまでして受け入れようとした結婚を蹴るだろうか?
そこには、もっと別の理由があるような気がしてならない。
それは・・・・・。
「黎・・・・・っ」
あの日・・・・・あの瞬間、黎と再会したことが京の気持ちを変えたのではないのかと思えてならなかった。
京が黎に向ける気持ちが、ただの弟に対するものにはとても思えない。
(くそっ・・・・・どこだ!)
急がなければならないと気持ちが急く。
取り返しがつかない事態になる前に、何としても黎をこの手に取り戻したかった。
「やっ、止めてください!」
椅子を倒して立ち上がった黎は、逃げようとして入り口に向かった。
しかし、一歩早くその腕を掴んだ京は、そのまま黎の身体を引きずるようにしてある部屋に連れ込んだ。
そこは・・・・・。
「・・・・・っ」
「ここで、父はお前の母を何度も抱いた」
「や、やめて、ください・・・・・」
「ここで、私もお前を抱きたい」
「僕達は兄弟です!馬鹿なことを言わないでください!」
「馬鹿なこと?愛しいと、欲しいと思う相手を抱くことが馬鹿なことだと言うのか?」
部屋の奥に置いてある寝台の上に押し倒された黎は、そのまままるで引き裂かれるかのように衣を剥ぎ取られた。
洸竣がよく似合うと言って用意してくれた上等な衣が、激しい京の所作で無残にも破られて床に落ちていく。
自身では軟弱で白いだけだと思っていた身体を見下ろしてくる京の目の中に、あからさまな欲望の光があるのを絶望的な気分で
見てしまう。
そうしてようやく、黎は父親しか血が繋がっていないとはいえ明らかに弟である自分を、男が女を愛するように京がその身体を欲し
ているのだと思い知った。
「や・・・・・だっ」
「この身が洸竣王子のものでないというのはまことか?」
「こ、洸竣様はこんなことされません!」
「・・・・・では、この身は清いままだな?」
「・・・・・っ」
「お前がまだ女を抱いたことが無いのは分かっている。王子が手を出していないのなら、お前の全てはたった今から私のものにな
るんだな」
「やだ!」
黎は初めてといってもいいほどの大声を出し、腕や足を振り回して京に抵抗した。
自分と京ではかなり体付きも力にも差があるが、それでもこのまま流されるわけには行かなかった。
男同士というのももちろんだが、何よりも兄弟で関係を結ぶのはあまりにも罪深い。
(もう・・・・・王宮に戻れなくなってしまう・・・・・!)
あれほど自分を心配してくれた洸竣の懸念が当たり、今こんな情けない状態になってしまっている。
このまま、もしも京に陵辱されるようなことがあったら・・・・・とても洸竣の前に立つことなど出来ない。
「止めてくださいっ、京様!」
「幼い頃から、お前が憎らしくて・・・・・それなのに、可愛くて仕方が無かった」
「や・・・・・っ」
「母上からお前とは接するなと言われても、健気に私に仕えるお前に構いたくて、側に置いておきたくて・・・・・っ!」
「きょ・・・・・っ」
「お前を弟としてなど、ただの一度も思っていなかった!」
悲鳴のような告白をしながら、京は黎の首筋に歯を立てた。
「!」
今まで誰ともこんな風な接触をしたことが無い黎にとって、自分の肌に誰かが直接触れることは脅威でしかなかった。
怖くて仕方が無くて、見る間に涙が盛り上がってくるが、そんな黎の泣き顔を見ても京は眉を潜めるものの、動かす手を止めようと
はしない。
露になっていく身体を何とか京の視線から隠そうとするが、腰の上に乗りかかられてはなすすべも無く、何時の間にか黎は僅かな
布を腰に纏わりつかせただけの状態になってしまった。
「・・・・・綺麗だ」
「や・・・・・っ」
「もっと早く・・・・・お前を私のものにすれば良かった」
「お、お願い、です・・・・・やめ、て・・・・・」
「お前に、愛されたかった」
「きょ・・・・・さま・・・・・っ」
「その心が私のものにならぬのなら、せめてその身体を私にくれ!」
「嫌だ!誰か!」
黎は精一杯の声で叫んだ。
こんな恥ずかしい場面を他人に見られたとしても、京と身体を合わせるよりはよほどましだと、黎は誰かに気付いてもらえるように
大声で助けを呼んだ。
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