光の国の恋物語
73
大きな音が聞こえたような気がした。
洸竣はすぐさま馬を止めると、そのまま荒い息を整えながらもう一度耳をすませてみる。
(どこだ?・・・・・気のせいか?)
目指す屋敷はこの辺りで間違いは無いのだ。
僅かな手掛かりを求めるように目を閉じていた洸竣は、再び何かが倒れるような物音を耳にした。どうやらそれは向かいに家の中
からのようだ。
「・・・・・!」
(葉月の紋様っ、ここか!)
玄関先の門の中央に、野城の紋様である葉と月の飾りを見付けた洸竣は、そのまま扉に手を掛けた。
「・・・・・っ」
しかし、当然のように扉には鍵が掛かっている。洸竣は舌を打ちながらもその場に固執はせず、素早く周りに目を走らせて、庭の
太い幹の木を見付けた。枝は、2階の僅かに窓が開いているベランダの直ぐ側まで伸びている。
(あそこしかないか・・・・・っ)
多分、1階の窓には鍵が掛かっている可能性の方が高いだろうし、窓を破る手間が掛かる。
それよりは2階の、既に開いている窓から潜入した方がずっと早いだろう。
ガシャッ
洸竣がそう考えている間にも、家の中からは物音が洩れ聞こえてくる。いったい何が起きているのか早く自分の目で確かめたかっ
た洸竣は、そのまま木の幹に手足を掛けた。
「くっ・・・・・」
かなり枝振りが良いので手足を掛ける場所はあるものの、少しも手入れをしていなかったようでかなり葉が生い茂っている。
折れて尖った枝や茂った葉が洸竣の肌に傷を付けるが、今の洸竣にその痛みは全くといっていいほど感じなかった。
(黎っ!)
直ぐ目の前に石の手摺が見える。
洸竣はそれを掴む為に目いっぱい手を伸ばした。
「大人しくしろっ!」
何回も腹や足を蹴られ。
口を塞ごうとした手を噛まれた。
それでも黎の着ている服はほとんど剥ぎ取ってしまい、今や下半身を僅かに覆っている衣しか残っていない。
子供の頃から、華奢で小さかった。
今でも、身体は多分自分よりも一回り・・・・・いや、二回り近く違うだろう。
それでもこれほどに抵抗するほど自分を受け入れることが嫌なのかと思うと、京は今更ながら過去に黎に冷たく当たってきた自分
に腹が立ってしまった。
もっと優しくしていれば、もしも好きだと言っていれば、今こんな風に手酷い拒絶は受けなかったかもしれないだろう。
いや、そんなことは今更なのかも知れないが・・・・・。
「黎・・・・・」
「離してっ」
「れ・・・・・い!」
「嫌だ!」
拒絶されればされるだけ、京は自分の手を止める事が出来なかった。
こんな風に黎の身体を奪っても虚しいだけなのに、せめてという気持ちだけが逸ってしまう。
(身体だけ手に入れたとしても、黎が私のものになることは無いのに・・・・・っ)
身体を手に入れたとしたら、今よりも更に飢餓感が増すだけだと分かっているのに、京はそのまま黎が身に着けている最後の布ま
で剥いでしまった。
「!」
「・・・・・っ」
真っ白な黎の裸身が目の前にある。
薄い胸の飾りも、怯えて縮こまっている子供のような男の証も、真っ直ぐ伸びた足も・・・・・何もかも、京の欲情をそそった。
ドクン
京のペニスが、服の中で大きく育つ。
もうこれを、黎の身体の中心に埋めなければ治まらない。
唇を噛み締めた京がそのまま自分の下穿きの紐を解き、
「!」
片手で掴めそうなほどに細い黎の太ももをぐっと押し開いた時、
「黎!」
「!」
「・・・・・っ」
声と、扉が開く音と、京の身体が黎の身体の上から引きずり落とされるのと・・・・・ほとんど同時のように思えた。
気がつけば、京は床の上に仰向けになって倒れ、その喉元には剣の切っ先が突きつけられている。
「・・・・・」
視線を上げれば、普段の軟派な表情が嘘のような険しい顔をした第二王子が、まるで射殺しそうなほど鋭く冷たい眼差しで自
分を見下ろしていた。
「馬鹿なことをしたな」
「・・・・・」
情けなく服を乱したまま、下から洸竣を見上げた京の胸を支配したのは、黎の身体を手に入れることが出来なかった悔しさでは
なく。
いきなり飛び込んできた洸竣に対する怒りでもなく。
黎を・・・・・愛しい相手を壊さなくて済んだという、安堵の思いが心を支配していた。
「こ・・・・・しゅ・・・・・」
(どうし・・・・・て?)
黎は大きく目を見張った。
黙って王宮を出てきた自分の居場所をどうして洸竣が知ったのか。
いや、その驚きよりも嬉しさがこみ上げたのは間違いは無いが、同時に、こんな格好を洸竣に見られてしまったという羞恥に心を
締め付けられた。
この状況を見れば、お互いが同意の上の行為だとはとても思えないだろうが、それでもこんな状況に陥ってしまった浅はかな自分
の行動を洸竣がどう思うか・・・・・黎は京の拘束が無くなって自由になった身体をぎこちなく小さく丸めてしまった。
(どうしよう・・・・・どうしよう、僕・・・・・っ)
消えてしまいたい・・・・・黎は涙も流せなかった。
(間に合ったか)
洸竣は京から少しも目を逸らさないまま、突きつけている剣の切っ先に目を向けていた。
2階から屋敷の中に忍び込み、黎の悲鳴が聞こえる部屋に駆けつけて扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは全裸の黎の
身体の上に圧し掛かっている京の姿だった。
頭に血が上って、身体が燃えるように熱くなった。
自分でも信じられないほどに乱暴に京の身体を引き離し、少しの躊躇いも無く剣を鞘から抜いて突きつけた。
少しでも京が抵抗すればその切っ先は喉を突き刺すだろうが、それでも全く構わないと思った。
そして、そう思ってしまうほどに自分が黎に激しい感情を向けていることを思い知ってしまった。
「黎、大丈夫か?」
「・・・・・」
「黎」
「・・・・・ぃ」
小さな声でかろうじて返事を返した黎をしばらく見つめた洸竣は、何とか安心してほっと息をついた。
そして、今度は黎に向けたのとは正反対の厳しい目で、自分の足元に仰向けに倒れている京を見下ろした。
「言い訳は聞かぬ」
「・・・・・」
「そなたが黎に対して行った所業の全ては、私がこの目で見、耳で確認した。黎の立場もあるゆえ、このままこの事実を明らかに
することは出来ぬが、今後一切、黎に会うのは止めてもらおう」
「な・・・・・んの、権利が、あるの、ですか?」
「・・・・・」
「あなた、は、光華国の、王子、黎の、主人という、だけです。私達の、ことは・・・・・」
「私は・・・・・黎を愛している」
「!」
「こ、しゅん、さま?」
「愛している者を辱められて、怒りを覚えぬ男などおらぬ」
黎と京の驚きを含んだ視線を向けられても少しも揺らぐことなく、洸竣は自分自身も初めてと思えるほどの熱い想いをたった今自
身でも自覚することとなった。
![]()
![]()
![]()