光の国の恋物語





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(ご迷惑・・・・・だったかも)
 扉を開けた瞬間に見た稀羅の驚いたような視線と、その後の冷たい口調が、莉洸の振り絞った勇気を瞬く間に小さく萎ませて
しまった。
それでも、一生懸命考えて、ありったけの勇気を抱きしめてここまで来たのだ。
莉洸は少しだけ躊躇ったものの、思い切ったように稀羅の部屋へと足を踏み入れた。
 「何用だ」
 どうやら酒を飲んでいたらしく、稀羅は再び飲みかけの杯を手に持ってそう訊ねてくる。
とても待っていたとは思えない雰囲気だった。

 「今宵は、私の部屋に来い」

そう言ったのは稀羅の方なのだが、実際にここに現れた莉洸を持て余しているような感じさえする。
莉洸はギュッと拳を握り締めたが・・・・・やがて思い切ったように歩くと、そのまま稀羅の直ぐ側まで歩み寄った。
 「莉洸?」
 そんな莉洸の行動が意外だったのか、稀羅が僅かに不思議そうにその名を呼ぶ。
莉洸は・・・・・稀羅の手を取った。
 「・・・・・」
 「ぼ、僕は、男ですが、稀羅様をお慰めすることは出来るでしょうかっ」
 「莉洸・・・・・」
 「僕は、まだ閨での教育を受けてはいないので、何の作法も知りません。い、いえ、とても・・・・・今まで稀羅様のお相手をしてこ
られた方々の足元にも及ばないと思いますが・・・・・あの、でも、少しは、何か・・・・・」
とても顔を上げることは出来ず、莉洸はじっと自分が握っている稀羅の手を見つめていた。
男らしく、しかし、光華の上流階級の人間達・・・・・父や兄とは違う、皮が厚い手だ。きっと、稀羅は王として玉座にいるだけでは
なく、自らも民と同じように働いているのだろう。
国一丸となって成長していこうとする蓁羅の生命力が莉洸には眩しかった。
 「・・・・・出来るといえば、どうするのだ」
 やがて、それほど時間を置くことなく、稀羅がそう言った。
 「そなたの・・・・・男の身体でも十分だと言ったら?」
 「・・・・・」
莉洸は大きく深呼吸する。
もうちゃんと考えて決めた決意をここで告げればいいだけなのだ。
 「ぼ、僕は・・・・・」
 「お前は?」
 「稀羅様のお情けを・・・・・この身にいただき、たい、と・・・・・あ!」
そこまで言った時、いきなり莉洸の身体は宙に浮き上がった。



 昼間、あんな風に立ち去った自分のもとをこうして訊ねて来てくれたことだけでも嬉しいのに、莉洸は稀羅の考え以上の決意を
持ってここに来てくれたのだ。
そう思うと稀羅は高揚する気持ちを止められず、そのまま莉洸の身体を抱き上げた。
 「稀、稀羅様っ?」
薄い茶色の大きな瞳が更に見開かれる。
 「言質は取った」
 「え?」
 「悪いが私は光華の王族のように上品で教養があるような男ではない。欲しいと思う相手から許しを得られれば、それを後日に
するという様な優しさもないのだ」
 「稀羅様、あのっ」
 「今宵、このままそなたを私のものにしよう」
 「あっ」
 女よりも軽い莉洸の身体を軽々と抱いたまま奥に歩いていくと、稀羅はその小さな身体を出来るだけ優しく寝台へと下ろした。
今まで相手にしてきた誰よりも華奢で弱々しい莉洸は、少しでも乱暴に触れると壊れてしまいそうなので、稀羅はまるで赤子に
触れるかのようにそっと莉洸の頬に手を触れ、いくら決心しても恐怖心を完全には拭えないように怯えて震える莉洸に、上から顔
を覗き込むようにして言った。
 「私が怖いか?」
 「こ、怖くは・・・・・」
 「怒ったりはせぬ、正直に申せ」
 「・・・・・未知の行為は、恐怖を伴うものだと思っています」
 「それでも、そなたは覚悟が出来ているのか?」
 「僕は・・・・・稀羅様の妻になるのですから」
 「・・・・・っ」
 愛しいと思う気持ちが湧き上がり、稀羅はそのまま莉洸に口付けた。
小さな唇は緊張の為か最初は固く引き結ばれていたので、稀羅は上下の唇を軽く噛み、そして舐めて、口を開くようにと促した。
なかなかその意図が分からなかったような莉洸も、何度も唇を愛撫されてくすぐったくなったのか僅かに引き結んでいたものが綻ん
でしまい、その機会を逃さなかった稀羅は一気に舌を差し入れた。
 「ふむ・・・・・っ」
 口腔を犯すような口付けは以前にもしたが、その時は莉洸はまだ全く稀羅に対して恐怖しか感じていなかった。
何度舌を絡めようとしても、莉洸の舌は怯えて縮こまるだけだった。
しかし・・・・・。
 「んぐっ」
 とても上手にとまではいかないものの、莉洸は自分も何とか稀羅に応えようと、拙く舌を動かそうとしていた。
(愛しい・・・・・っ)
稀羅はそのまま口付けに応えることに必死になっている莉洸に気付かれないように、そっと衣の紐を解き始めた。



 息が苦しいほどの口付けなど、莉洸は今まで誰ともしたことがなかった。
いや、以前無理矢理に稀羅から仕掛けられたことはあったが、そのときは怖くて怖くて、ただ口の中に不気味に動く異物が進入し
てきたとしか思えなかった。
 しかし、今自分が交わしている口付けは違う。
これは確かに情を交わしている行為だ。
(ぼ、僕・・・・・っ)
 本来ならもっと早い時期に、しかるべき子女を相手に閨での行為を教わるのが王族の男子の務めなのだが、莉洸は身体が弱
いこともあってそれは先延ばしになっていたのだ。
多分、もう直ぐ弟の洸莱の方が自分より先にこの行為を知るだろうと思っていたが・・・・・どうやら兄の面目は立ちそうな感じだ。
もちろん、相手が男と女の違いがあるが。
 「・・・・・あっ」
 稀羅の濃厚な口付けに意識が遠のき掛けていた莉洸は、突然冷たい感触を脇腹に感じて思わず身体を震わせてしまった。
慌てて視線を向ければ、何時の間にか簡易な莉洸の部屋着の紐は解かれ、剥き出しになった身体の線を確かめるかのように
稀羅の手が触れていた。
 「稀羅様っ」
 「どうした」
 「あ、あの・・・・・」
 今更止めてというのはおかしいだろう。
莉洸は混乱する頭の中で、何とか稀羅の手を止める言葉を考えた。
 「あ、あの、つ、冷たく、て」
 「私の手が?」
 「は、はい」
 「・・・・・っ」
稀羅は莉洸の言葉に思わずといったようにくっと笑った。
最近は稀羅の柔らかな表情を見ることは多くなったが(それが莉洸限定だということは本人は全く知らないのだが)、こんな風に本
当に愉快だという笑みは初めて見たような気がした。
 莉洸からすれば何が楽しいのか全く分からないが、稀羅はひとしきり笑った後、いきなり莉洸の胸に唇を落とした。
 「ひゃ!な、何をっ?」
 「私の手が冷たいならば、そなたに触れるのはこの唇ぐらいしかあるまい。いや、この舌と・・・・・」
 「!」
ザラッとした感触を、胸にささやかについている乳首に感じ、
 「ああ、それとこれもか」
いきなり足の間に入ってきた稀羅の腰の感触に、莉洸は不安げな顔をした。
 「な、何か、い、いますっ」
 「これと同じものをそなたも持っているであろう?」
 「え?ぼ、僕も?」
 ゆっくりと起き上がった稀羅は莉洸の腰に跨るようにして膝立ちになると、そのまま自分の部屋着をスルスルと脱いでいく。
やがて、下半身を覆う下穿きも取り去ると、
 「!」
莉洸は見たこともないほどに雄々しく勃ち上がっている稀羅の男の証を目にして、思わず息をのんでしまった。