光の国の恋物語














 黎(れい)は、光華国の貴族、野城(のしろ)の下男として母親と暮らしていた。
華奢ながらも繊細に整った容貌の黎は母親とよく似ていて、とてもただの下働きの子供とは思えなかったが、それは無理も無く、
黎は召使いだった母と野城との間に出来た、いわば妾の子という立場だった。
 暴力を振るわれるわけではない。
最低限の教育は受けさせてもらえたし、着る服も食べるものも与えてもらった。
ただ・・・・・どうしても消せない侮蔑の視線が、柔らかな黎の心を長年に渡ってチクチクと突き刺さるのだ。
 「黎」
 「何?母さん」
 「お前、外に出たいのなら、旦那様に・・・・・」
 「大丈夫だよ。僕は母さんと一緒にいたいんだから」
 美しく、大人しい母を、1人でこの屋敷に置いておく事は出来なかった。いざとなれば、自分が母を守る・・・・・黎は常日頃か
らそう思って暮らしていた。



 「黎っ、靴!」
 「は、はいっ」
 野城には既に正妻がいて、長男で跡継ぎの京は我儘一杯に育っており、いきなり現われた腹違いの弟を常に煙たく思ってい
た。
・・・・・そう、世間は見ているだろうが。

 「京、お父様に子が出来ました」
 「え・・・・・?」
 まだ6歳の誕生日を迎えたばかりの京にとって、強張った表情で淡々と告げる母が怖かった。
幼い頃から母は子育てにはあまり関心が無かったらしく、京の養育は長年屋敷に仕えていた召使いがしていたくらいだ。
そんな母も、夫に自分以外の女が産んだ子供が出来るというのは面白くないことのようで、能面のように化粧を施したはずの顔
も真っ青になっていた。
 「私に、兄弟が・・・・・」
 「お前の兄弟ではありません。お前はお父様の正式な嫡男ですが、向こうは女が勝手に産んだ女の子供です。世間の目が
あるのでこのまま屋敷に留め置きますが、お前もただの召使いとして接しなさい」
 「え?あ、じゃあ、その親子はここにいるのですか?」
 「子を産んだのは・・・・・奈津(なつ)です」
 「奈津・・・・・」
 その名前は、京にとっても思い掛けないものだった。穏やかで優しく、とても美しい奈津は京にとってお気に入りの召使いだった
からだ。
(私を・・・・・騙していたのか?)
優しい言葉と態度で京の気持ちを掴んでおきながら、影では父親と通じて子まで生すような女とはとても思わなかった。
慕っていただけに裏切られたような思いがして、京はただ唇を噛み締めるしかなかった。

 父も母も、生まれた義弟を当然のように奈津の私生児として扱った。
日に日に成長していく義弟・・・・・黎は、奈津に良く似た綺麗な面差しの少年に育った。
自分の父親がこの屋敷の主人という事は、口さがない他の召使い達の噂話で知っているだろうに、少しも反抗しようとすること
無く、ただの下男として大人しく屋敷で働いていた。
 「黎っ、街に行くぞ!」
 「京様、僕はまだ仕事が・・・・・」
 「次期主の俺の言葉よりも大切な仕事かっ?」
 そんな黎がもどかしく、奈津に可愛がられているのが憎らしくて、京は頻繁に黎を連れまわした。
それには奈津を困らせたいのと、綺麗な黎を見せびらかしたい気持ちも確かにあった。

 24歳になった今、京には縁談が持ち込まれていた。
縁談といってもそれはほぼ決定事項で、近い将来京はその相手と結婚することになるだろう。
そうすれば今の家を出て、新たに作る自分の家に移らねばならない。
 そして・・・・・。
(黎とも・・・・・別れるのか)
まさか、新居に腹違いの弟を連れて行くことなど出来ないことは分かりきっていたが、京の心の中には晴れない靄が広がってい
る。
その思いがどんな種類のものなのか分かってしまうことが怖くて、京はわざと自分の気持ちから目を逸らしていた。



 今日も、許婚になった女の為の贈り物を求めに街に出た。
そんなものは召使いにでも頼めばいいと思っていたが、母親が頑として聞かなかったからだ。
憂鬱な思いを抱いたまま黎を連れて出掛けたが、何があったのかいきなり犬が吼えて、従者が乗っていた馬が怯えて暴れ、駆
け出してしまった。
 黎のせいではないとは分かっている。
それでもむしゃくしゃした気持ちのまま、黎を怒鳴って馬を追い掛けさせたが、やはり気になって自分も後を追って・・・・・。

 「・・・・・相手を知って態度を変えるか。お前がどんな人間か分かるな」

(皇子なんて・・・・・)
 まさか、黎の直ぐ傍で顔を近付ける様にして立っていたニヤけた男が、自国の皇子とは全く気が付かなかった。
下手をすれば不敬罪となってしまいかねない自分の態度に舌打ちをしたくなるが、そんな跪く京の前でいきなり膝を折った者が
いた。
 「お許し下さいませっ」
 「・・・・・黎」
 「主人は僕を心配してくださるあまり、言葉や態度が思い掛けなく荒くなってしまったのですっ。どうか、どうかお許し下さい!」
 「・・・・・」
(私を・・・・・庇うのか?)
 黎がなぜこんな態度を取るのか、京は理解出来なかった。
それでも、小さな背中が震えながら自分を庇っているのを見ると、胸の奥が熱くなって頭に血が上る。
 「・・・・・そなたにあのような暴言を吐いた男を庇うのか?」
 「申し訳ありませんっ」
 「黎」
 「申し訳ありませんっ」
何度も何度も謝罪する黎。
京は唇を噛み締めると、強引に黎の身体を横に引っ張った。
 「あっ」
 「何をっ!」
 皇子の傍にいた見知らぬ男が、怒ったように叫んで黎に手を伸ばそうとする。
しかし、その手が黎に届く前に、京はその身体を自分の背に隠すと、皇子・・・・・洸竣に向かって改めて正式な礼を取って言っ
た。
 「この度の不手際、深くお詫びいたします。全ては私の責任です」
 「旦那様っ?」
 「どうか、お許しくださいませ」
 黎の為ならば、頭を下げることなど何とも思わなかった。
かえって、自分の突然の行動に驚いた黎が目を見張っている姿が、幼い頃の姿に重なって可愛らしく思える。
 「・・・・・黎は、それでいいのか?」
なぜか、洸竣は黎にそう言った。
(何と答える?)
黎の答えをドキドキしながら待っていると、直ぐに少し緊張したような黎の声が聞こえた。
 「僕は、何とも思っておりません」
 「黎」
 「皇子様さえお許し頂いたら、僕に異存はないです」
 「・・・・・」
 洸竣にしても、黎を庇う為に拳を振り上げたものの、当の本人が許せと言うのならばその拳を下ろすしかないのだろう。
張り詰めた気配がたちまち緩んでいくのを感じ、京は内心大きな溜め息をついた。
そして、改めて胸に記す思いがある。
(黎を自由に出来るのは・・・・・私だけだ)
たとえ皇子であろうとも、自分達の間に立つ権利など有りはしないのだ。