光の国の恋物語
81
(いた・・・・・い・・・・・)
身体の節々に痛みを感じた莉洸は、身じろぎも出来ないまま小さく呻いてしまった。
(ぼ・・・・・く?)
その痛みのせいで目が覚めてしまった莉洸は、そのままぼんやりとした視界で目に映るものを見つめる。
見慣れない天井の模様と、部屋の雰囲気。しかし、自分が今横たわっているこの寝台に、いや、自分自身の身体を纏っている
この香りには、とても覚えがあった。
「いった・・・・・い・・・・・」
いったい自分の身に何が起きたのか、莉洸は寝台に横向きに横たわったままの姿勢で寝る前の事を思い出そうとし、
「・・・・・あっ」
唐突に、昨夜自分が何をしたのか、そしてされたのか、鮮明に思い出してしまった。
いや、正確に言えば、昨夜の最後の方ではほとんど意識が飛んでいてうろ覚えでしかなかったが、自分が何を思ってこの稀羅の
部屋に来たのかを忘れることは無かったし、痛みを与えられる以前の快感の部分に対してはしっかりと記憶にも残っていた。
「僕は、稀羅様と・・・・・」
あれが、本当の情を交わす行為なのだと、莉洸は昨夜強烈に稀羅に身体に刻み込まれてしまった。
とても怖くて、痛くて。
それでも、嬉しいと思えた、自分に触れる優しい手。
いったい最後は自分はどうなってしまったのか分からないままで、きちんと出来たのかどうかは全く自信が無い。
稀羅はどう思ったのか・・・・・莉洸はとても知りたかったが、なぜかこの寝台の上に・・・・・いや、この部屋の中には稀羅の気配はな
かった。
(もしかして、僕は何か粗相を・・・・・)
自分では意識がほとんど飛んでしまっていたので本当に記憶が曖昧なのだが、多分・・・・・きっと、稀羅の満足するような奉仕
は出来なかったのだということは想像がついていた。
呆れたのか、それとも諦めたのか、昨夜あれほど優しい指先で触れてもらえたのに、こんな時に1人きりで目が覚めてしまうのはと
ても寂しく、莉洸は知らずに涙を浮かべてしまう。
「・・・・・稀羅様」
ポツンと、まるで願うようにその名を呟いた時、まるでその声が聞こえたかのようにいきなり扉が開くと、
「莉洸?」
求める相手の深い響きの声に、莉洸は思わず掛け布を頭から被ってしまった。
死んだように僅かな息だけをして眠っている莉洸が心配になった稀羅は、彼をそのままそこに置いて自ら薬草の貯蔵庫に向かっ
た。
そこには痛み止めと安定剤の効果がある薬草もあって、稀羅は自らそれを煎じで再び自室へと戻ってきたのだ。
「莉洸?」
扉を開けた時、確かに莉洸は僅かながら上半身をもたげていた。
しかし、今はその身体を掛け布で覆って、稀羅の目からその姿を隠してしまった。
「莉洸、起きたのか?」
声を掛けても返事は無く、ただ、被っている掛け布が小さく震えている。
稀羅は手に持っていた薬湯の入った器を木の台の上に置くと、そのまま寝台に近付いて端に腰を下ろした。
「身体は、辛くは無いのか?」
昨夜、初めての莉洸に無理を強いて抱いてしまった。
いや、先端を押し入れてしまっただけでショックで気を失ってしまった莉洸の身体を気遣い、そのまま最後まで行為を続行するで
もなく身体を引いたが、それでも莉洸の心と身体に傷をつけてしまったと思った。
傷付けた自分がこんなことを言うのもおかしいかもしれないが、稀羅はそっと掛け布の上から莉洸の身体に手を触れた。
「莉洸」
「・・・・・」
「・・・・・私の顔を見たくはないのか?」
(それほどに傷付いてしまったのか・・・・・?)
稀羅が呻くように呟き、その身体から手を離そうとした。すると、
「・・・・・様、こ、そ・・・・・」
「莉洸?」
「稀、稀羅様こそ・・・・・私を厭いません、でした、か?」
小さな小さな、くぐもった声を辛うじて聞き取った稀羅は、莉洸がなぜそんな事を言うのか分からなかった。
厭われてもおかしくないのは自分の方で、莉洸は断罪する立場のはずだ。
「私がそなたを厭うはずが無い」
「で、でも、僕は何も・・・・・何一つ、ご奉仕が出来なくて・・・・・」
その言葉に、稀羅はようやく莉洸が何に怯えているのかが分かって、思わず肩の力を抜いてしまった。
もしかしたら、強引に身体を抱こうとした稀羅のことが怖くなって、こうして傍にいることにさえ恐怖を抱いているのではないかと思っ
たが、莉洸は稀羅に抱かれるだけで自分が何も出来なかったことが恥ずかしくて気落ちしてしまったようだ。
「そなたこそ、無理を強いた私を厭わないか?」
本当は、怖くて言えなかった言葉。
しかし、莉洸の気持ちが見えた今ならば堂々と聞けた。
「い、いいえ、僕だって・・・・・」
「・・・・・」
「僕だって・・・・・稀羅様を厭うはずが・・・・・ありません」
愛しさが身体全体を支配する。
反射的に莉洸を抱きしめようと手を伸ばし掛けた稀羅だったが、まだ身体に痛みを感じているであろう莉洸のことを思い、稀羅は
伸ばした手を・・・・・そっと掛け布の上に置いた。
(稀羅様・・・・・怒っていらっしゃらなかった・・・・・)
莉洸は掛け布の中で両手をギュッと合わせると、ほう〜っと深い溜め息をついた。
あんな風に身体を重ねた翌朝、目覚めて隣にいなかったということは自分が不手際をしたせいた・・・・・莉洸はそう思い込んでい
たのだが、どうやら稀羅は夕べの莉洸のことに怒りは感じていないらしかった。
これまで、多分色んな女の人とこういった行為をしてきたであろう稀羅にとって、きっと自分は最低の最低であることには間違いが
無いだろう。
触れられて、喘いで、ペニスを受け入れた瞬間に気を失った。
そんな、何の役にも立たなかった自分を優しく受け入れてくれる稀羅に、莉洸は感謝してもし足りないような気がした。
「莉洸、そろそろ顔を見せてくれ」
「あ・・・・・」
(で、でも、こんな顔・・・・・)
夕べ、グズグズと泣いたみっともない顔のまま気を失ってしまったのだ。こんな酷い顔を稀羅には見せられない。
「あ、あの・・・・・」
「どうした?」
「か、顔を、洗わせてください」
「水と布はここに用意している。さあ」
「・・・・・」
「莉洸」
何度も名前を呼ばれれば、それでも嫌だとは莉洸には言えなかった。
自分の夫となる立場の稀羅に、何時までも気を遣わせるわけにはいかない。
「・・・・・」
莉洸は下を向いたまま、ゆっくりと・・・・・掛け布から顔を出した。身体はまだズキズキと鈍く痛むものの、気持ちが楽になった今は
起き上がれないほど痛いという感じはしない。
「おはよう、莉洸」
「あ・・・・・おはよう、ございます」
寝台の上に座っていた稀羅は、自分の膝の上に莉洸の身体を横たえた。
まだ痛む下半身を気遣ってくれているのが分かって、莉洸の頬はたちまち赤くなってしまう。
「薬湯を持ってきている。これを飲めば少しは痛みも薄れるであろう。出来れば・・・・・あの場所に痛み止めの薬を塗った方が
良いのだろうが・・・・・」
「あの場所?」
「私を受け入れてくれた、お前の可愛いここだ」
「!」
直接は触れられなかったが、尻の丸みを軽く手の平で撫でられた莉洸は、慌てて首を横に振って否定した。
夕べ、それもあんなにも覚悟をして向かってもあれほど恥ずかしかったのだ。こんな朝の日差しの中であの場所を稀羅の面前に
晒すことなど到底出来ない。
「や、薬湯だけ、頂きます」
「口移しで飲ませようか?」
「稀、稀羅様!」
「ははは、冗談だ」
「・・・・・」
(稀羅様・・・・・こんな風に笑う方だった?)
昨日までの自分が知っていた稀羅と、今目の前にいる稀羅は全然別人のような気がした。
だが、莉洸にとっては今の柔らかく笑う稀羅も、以前の厳しい表情の稀羅も、どちらも敬愛出来る存在には違いない。
いや、稀羅の違った面が、自分だけに見せてくれるものならばと、莉洸は今まで感じたことが無いような独占欲を自分が抱き始め
たことに途惑っていた。
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