光の国の恋物語





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 「悠羽様っ、お帰りなさいませ!」
 「悠羽様!」
 「お帰りなさい!」
 口々に掛けられる声に、悠羽は一瞬胸が詰まって立ち止まってしまった。
自分の勝手で黙って帰国したというのに、光華国の王宮の召使達は皆心から悠羽が戻って来た事を喜んでくれている。
(私は・・・・・なんて浅はかだったんだろう・・・・・)
自分と洸聖との距離感が掴めないからといって、安易に逃げてしまった自分が恥ずかしいが、ここで何も無かったような顔をするこ
とはとても出来なかった。
 「皆・・・・・」
 悠羽は門前に並び立っていた召使達に向かって、深く頭を下げて言った。
 「こんな風に温かく出迎えてくれたことを嬉しく思っている。・・・・・本当に、ありがとう」
心からの感謝の言葉に、出迎えの声は更に大きくなった。



 奏禿まで迎えに来てくれた洸聖と共に、悠羽は再び光華国へと戻ってきた。
そう、もう悠羽にとって光華国は第二の故郷になっていて、初めてこの大国の地に足を踏み込んだ時とはまるで違う思いで悠羽
は再び足を踏み入れたのだ。
 一日も早く悠羽を光華国に連れて帰りたがっていた洸聖だが、その旅路はゆっくりと時間を掛けたものにしてくれた。
急げば2日ほどで来れる旅程を、5日掛けて、光華国の色んな町や村を見ながらの帰国になった。

 「悠羽には、共に光華をより良い国にして欲しい」

飾りの妻ではなく、きちんと政務にも携わって欲しいと言ってくれたことがとても嬉しかった。
自分を男として見てくれている・・・・・そう思えたからというわけではないが、悠羽は洸聖を一生支え続け、共に前を向いて歩いて
いきたい・・・・・そう、心に誓った。

 召使達は大歓迎して迎えてくれたものの、悠羽はまだ安心することが出来なかった。
 「洸英様」
 「・・・・・」
光華国国王、洸英は、椅子に座ったまま前に並び立つ悠羽と洸聖を見つめていた。その表情には怒りの色は見えないものの、
頬を綻ばせて喜んでいるようにも見えなかった。
隣に立つ洸聖は堂々と前を向いているものの、悠羽はやはり洸英の顔を見るのが怖かった。
(怒っていらっしゃるのも当然だ・・・・・)
 皇太子妃となる悠羽が、勝手に祖国へと帰国してしまうなど、とても褒められた行動ではないだろう。
 「あ、あの・・・・・」
何と言おうか、迷った悠羽はそのままその場に膝を折って謝罪しようとした。
すると、
 「よい」
 「洸聖様っ?」
洸聖は悠羽の腕をしっかりと掴んだまま、父親である洸英に向かって言った。



 「父上、このたびの事は全て私の責任です。悠羽に不安や疑念を抱かせたまま、奏禿に帰してしまうようなことになって・・・・・父
上に情けない男だと思われても仕方がありません」
 「洸聖様!」
 何を言うのだと、悠羽が慌てたように止めようとした。
悠羽からすれば、今回のことは全て自分のせいだと思っているのだろうが、洸聖はとてもそうは思えなかった。
悠羽の悩みや、憂いを、あらかじめ感じとってやれなかった自分の情けなさこそが、今回の混乱を生んだ本当の要因だと洸聖は
思った。
悠羽が父に頭を下げる必要は一つとしてないのだ。
 「奏禿で、私は悠羽に正式に求婚致しました。悠羽からは、それに諾という返事を貰っております」
 「・・・・・まことか」
 「式は出来るだけ早く。弟の莉洸よりも後では、兄の面目が立たない」
 洸聖がそうきっぱりと言い切った時、洸英は不意に椅子から立ち上がった。
息子にも負けない堂々とした体躯の王は、そのままゆっくりと2人の前に歩み寄る。
 「洸聖」
 「はい」
 「悠羽」
 「は、はい」
 「2人の結婚を許可しよう」
 「父上!」
莉洸と稀羅の結婚のことはあれほどに厳しく反対したというのに、自分達にはこちらが気が抜けるほどにあっさりと許可をしてくれ
た。
もしかしたら、父は悠羽の本当の性を・・・・・悠羽が男だという事を知らないのかもしれないと、洸聖は唐突に思ってしまった。
父から言い出した奏禿の王女との婚約だが、その真の性別までは知らなかったのかもしれない。
(それでも・・・・・大丈夫だ)
今更、洸聖は悠羽を手放すことは考えられなかった。悠羽が男と知った上で、自分の子を産むことが出来ないと理解した上で、
それでも欲しいと思ったのだ。
いずれは直面する世継ぎの問題にも、洸聖は逃げずに真正面から対応する覚悟が出来ていた。
 「洸聖、お前はこれから1人ではないぞ?この光華国を守ると共に、大切な伴侶である悠羽をも守っていかねばならぬ」
 「はいっ」
 尊敬する父の言葉に、洸聖は眉を顰めたまま頷いた。気を抜いてしまうと、泣きそうになってしまうような気がしたからだ。
そんな息子を見て、洸英はようやく頬も目元も和らげて笑った。
 「悠羽」
 「・・・・・は、い」
 「洸聖を頼むぞ。少々頭は固いが、これは誠実で真面目な男だ。きっと良い王になってくれるであろうが、その隣にそなたが立っ
てくれていれば尚更心強い」
 「・・・・・はいっ、洸英様」
 「それではとても味気が無い。義父上と呼んでおくれ」
 「・・・・義父上」
 以前にも、同じようなやり取りがあったことを思い出したのか、悠羽は洸英の言葉に少し笑ってそう言いながらも、その頬には涙
が流れていた。それでも、今度は顔を伏せることなく、真っ直ぐな視線を洸英に向けている。
洸聖はそんな悠羽がとても誇らしくてたまらなかった。



 「悠羽様っ」
 洸英への挨拶が終わって部屋から出ると、悠羽はまるで子犬のように駆け寄ってきた黎の潤んだ瞳に出迎えられてしまった。
 「黎」
 「お、お戻り、下さって・・・・・嬉しいです・・・・・っ」
 「・・・・・うん」
思えば、黎にも何の言葉も残さずに王宮を出てしまった。一緒に蓁羅へと旅をし、色んな話もして、秘密も明かして・・・・・まるで
弟のように思っていたはずなのに、どうしてあんな風に捨てるような真似が出来たのか。
今思えば自分がかなり追い詰められ、思いつめていたのだろうと分かるが、その為に心配させ、泣かせてしまった大切な人々へは
本当に申し訳ないと言うしかなかった。
 「お帰りなさい、悠羽殿」
 黎の後ろには洸竣がいた。何時ものように悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、悠羽と洸聖を交互に見やって・・・・・なんだとポツリ
と言った。
 「兄上、旅の途中で悠羽殿を可愛がらなかったんですか?」
 「洸竣っ?」
いきなり何を言うんだと、少し焦ったのか洸聖の声は動揺していた。
 「せっかくのいい機会を」
 「お前と私は違うっ」
 「・・・・・まあ、肝心な相手を前に躊躇ってしまう所は、兄弟似ていると思いますよ」
自嘲を込めたその言い方は洸竣らしくなく、悠羽が首を傾げるのと同様に洸聖も怪訝そうに聞き返す。
 「何かあったか?」
 「兄上、悠羽殿、お2人方には言っておきますね。私はこの黎を・・・・・」
 「あ!」
 「洸竣様っ?」
 洸竣は背中から黎を抱きしめた。
ふた周り近くも体格が違うので、まるで洸竣が黎を抱き潰しているように見えて、悠羽は慌てて洸竣の身体を黎から引き離そうと
手を伸ばした。
 「私は、黎を愛おしいと思っています」
 「!」
しかし、悠羽の手は、洸竣のその言葉に動きを止めてしまった。