光の国の恋物語
83
「洸竣様・・・・・」
「洸竣様!」
呆然と呟く悠羽の言葉を覆い隠すように黎が叫んだ。
普段大人しい彼がこんな声を出すこと自体初めて見た悠羽は、かえって洸竣の言ったことが事実なのだと分かった。
(洸竣様が・・・・・黎を・・・・・)
洸竣が黎を気に入っていることは悠羽も知っていた。街中であんな酷い扱いを受けていた黎を見過ごすことなど出来なくて王宮
に引き取ることにしたと聞いた時から、その思いの種類ははっきりとは分からなかったが洸竣が何らかの感情を黎に抱いているのだ
ろうと。
しかし、召使達から遊び慣れていると言う洸竣の噂を聞いていた悠羽は、その洸竣の態度を黎への同情なのだと思い込んでい
た。
「初めから・・・・・ですか?」
「いや、初めは、確かに可哀想な子供だと思ったからだ」
悠羽の言葉に、洸竣は誤魔化すことなく答える。
洸竣の腕の中の黎の身体が目に見えて大きく揺れたようだが、洸竣はその身体を離すことは無かった。
「気持ちが変わったのは突然だ。黎を欲しがる他の人間を見て、取られたくないと痛烈に思ったんだ」
「それは・・・・・」
愛情とは違うような気がして悠羽は眉を潜めたが、洸竣はにっこりと魅力的な笑みを浮かべた。
「黎の全てを欲しいと思ったんだよ、悠羽殿」
「・・・・・」
「王子である私が、男の黎を欲しいと思った・・・・・その覚悟は分かってくれないかな?」
「洸竣様・・・・・」
恋愛ごとに不慣れな悠羽は、洸竣のその気持ちが正しいのかどうかは全く予想がつかない。
それでも、違うとは言い切れない悠羽は、思わず洸聖を振り返ってしまった。
(洸竣が、黎を・・・・・)
洸聖も内心は驚いたものの、直ぐにそんな不思議もありえるかと思ってしまった。
人が人を好きになるのに理由など無いと、洸聖自身自分の身をもって知ったばかりだ。男とか女とか、そんなものは真実愛する
存在ならば関係ないのだ。
ただ、自分が男である悠羽を正式な妃に迎えてしまうと、世継ぎの問題も必ずや出てくる。洸聖とすれば、第二王子である洸
竣の子供を養子にと勝手に考えていたが、その考えは少し改めて考えなければならないかも知れない。
兄である自分に堂々と告白したくらいなので、洸竣が黎のことをたかが戯れの相手だと考えているとは思えない。
そうなると、自分と洸竣、そして蓁羅へ嫁いでしまう莉洸を除けば、王家の血筋は洸莱の子へと託すしかないだろう。
まだ十代半ばの洸莱にそんな重責を負わせることは本意ではないが、こうなればそのことも考えなければならなかった。
「兄上」
少し、洸竣が声を落として洸聖の名を呼ぶ。
滅多に見せない弟の気弱な姿に、洸聖は呆れたような笑みを浮かべた。
「私は反対はしない」
「兄上っ」
「ただし、一言言ってはおくが、黎の気持ちを考えずに手を出すことは許さない。そうでなくとも、お前の今までの所業は褒められ
たものではないからな」
「・・・・・兄上、ご自分はどうなのです」
洸聖が無理矢理悠羽を抱いたことに気付いていた洸竣は、どうして自分だけというように口を尖らせた。こんな表情はもう随分見
ていないなと洸聖は思った。
「お前と私は違う」
「・・・・・」
「私はお前ほど遊んではいない」
「あ、そんなことを言うんですか」
「どこが違う?」
まるで幼い男兄弟の口喧嘩のような2人の様子に、悠羽は思わず笑みを誘われてしまった。
言い合いを続ける洸竣と洸聖を見つめながら、黎は自分の頬がどんどん熱くなっていくのを止める事が出来なかった。
(洸竣様が、僕を・・・・・?)
「私は、黎を愛おしいと思っています」
あんなにもはっきりと言われたのは初めてだ。
可愛いとか、大事だとか、とても恋愛感情と想像出来ないような言い回しのことは言われてきたが、兄王子である洸聖の目の前
ではっきりとそう言った洸竣に迷いやからかいの色は全く無かった。
(僕は、僕、は・・・・・)
洸竣には、義兄である京に押し倒されているという無様な姿を見られた。
助けに来てくれた洸竣のおかげで取りあえずは何事も無かったが・・・・・あれは、洸竣の注意を全く聞かなかった自分の自業自
得だった。
京が自分になど手を出すはずが無い。そう思い込んでいた自分は洸竣の注意がとても滑稽なものだと思ったのだが、真実は洸
竣の予感通りで、直前に洸竣が自分を見つけ出してくれたのは奇跡といっても良かった。
そんな、人の言葉にも耳を貸さない子供の自分を、洸竣は本当に愛してくれているのだろうか?
(どうしよう・・・・・)
不思議と、嫌だとか、困ったなどとは思わない。
それよりも、嬉しいと思ってしまう自分の心を、黎は必死に抑えていなければならなかった。
「驚きました、洸竣様のお気持ち」
自然の流れのままに洸聖と共に彼の部屋にやってきた悠羽は、はあと深い溜め息をつきながら言った。
驚きはしたものの、反対する気持ちはもちろん無い。光華国としては困った事態なのかもしれないが、少し遊び慣れている、だか
らこそ気持ちに余裕がある洸竣と、ずっと虐げられた生活をしてきた黎は似合いのような気がするからだ。
「王には話されるのでしょうか?」
「多分。私が婚儀を挙げれば、次に結婚の話が出てくるのは洸竣だからな」
「洸竣様は、そこまで黎を思ってくださるでしょうか」
「世慣れている男だからこそ、一度心を決めたら揺ぎ無い」
「・・・・・」
(それならばいいけど・・・・・)
黎には幸せになって欲しい。あんなにも優しい心の持ち主なのだ。
洸聖の言葉に悠羽が安堵の吐息を吐くと、不意に洸聖が悠羽の方を振り返った。
「悠羽、人のことばかり気にしていてどうする」
「え?」
「お前が考えなければならないのは、私のことじゃないのか?」
「洸聖様?」
「お前は、私が奏禿で言った言葉をもう忘れてしまったのか?」
「こと、ば?」
洸聖は少し面白くなかった。
確かに洸竣と黎のことは気にはなるものの、2人の気持ちは自分達が想像しても始まらないと思った。それよりも、悠羽には自分
のことを考えて欲しい。
「父上には結婚の許可を頂いた。直ぐに準備をして、出来るだけ早く式を挙げるつもりだ」
「洸聖様」
「だが、その前に、私にやり直させて欲しい」
「え?」
「力だけでお前を征服したあの夜を・・・・・お前を愛しいと思っている今の私で、やり直させて欲しい」
「・・・・・」
「一日も早く、そなたを正式な伴侶としたい。情けないが、少し・・・・・焦っているのだ」
奏禿で伝えたあの気持ちは嘘ではない。あんなに酷い行為をしてしまった自分を許し、そして愛してくれた悠羽を、もう二度と離
さなくてもいいように早く我がものとしたかった。
光華国まで帰ってきて、ここは自分の私室だ。誰も邪魔に入る者もいない。
「悠羽」
思いを込めてその名を呼ぶ。
肩に触れた時、悠羽はさすがにビクッと身体を震わせたが、それでもしっかりと足を踏ん張ってそこから逃げることは無かった。
「愛しい・・・・・」
「・・・・・私も・・・・・」
小さな声で答えて背中に手を回してくる悠羽を、洸聖は更に強く抱きしめた。
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