光の国の恋物語





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 洸聖と共に王に挨拶に行ったきりなかなか戻って来ない悠羽を、サランは悠羽の部屋でじっと1人で待っていた。
悠羽が戻ってこない理由には何となく見当がついたが、サランはここで待っていることしか出来なかった。
 「・・・・・」
 かなり、夜が更けた頃、誰かが扉を叩く音がした。
まさかこんな時刻に悠羽が戻ってくるとは思わなかったものの、サランは足早に扉に近付くと大きく開いた。
 「・・・・・っ」
 「夜分にすまぬ」
 そこに立っていたのは洸聖だった。
簡単な夜着を身に纏った姿で、湯を浴びたのか髪が僅かに濡れていた。
何時もは禁欲的なほどに硬い印象の洸聖だが、今はどこか・・・・・サランの気のせいではないだろう色気というものを感じる。それ
がどういった理由からなのか、サランはじっと洸聖を見上げて口が開くのを待った。
 「今宵、悠羽は私の部屋で休む」
 「・・・・・はい」
 「近々、部屋の中も整えて、悠羽の部屋は私と同室にするつもりだ。この部屋はこのままお前が使うといい」
 「このような立派なお部屋を頂くわけにはまいりません。私も他の召使と同等の部屋を・・・・・」
 「お前は、悠羽の大切な友人だ」
 「・・・・・洸聖様」
 「悠羽にとって大切な友人ならば、私にとっても大切な存在だ。お前に居心地良くこの国で暮らしてもらわなければ、いつ何時
悠羽と共に奏禿に帰ってしまうか気が気ではない」
 そう言いながらも、洸聖の顔は笑っていた。
初対面でも、いっそ無表情ともいっていい仏頂面からすれば、これほどに鮮やかに表情が付くとは誰が想像出来ただろうか。
サランは思わず頬に笑みを浮かべてしまった。
 「私がお誘いしても、悠羽様はもう奏禿に勝手にお戻りになることはありませんよ」
 「サラン」
 「悠羽様を・・・・・末永く可愛がってくださいますように・・・・・」
 幼い頃から兄弟のように育ってきた。
だが、不完全な身体の自分とは違い、立派な少年だった悠羽は不本意にも王女として育てられていた。
真っ直ぐで、強く綺麗な心を持っている悠羽には、絶対に幸せになって欲しかった。
(ようやく・・・・・悠羽様は居場所を見付けられたのか・・・・・)



 まんじりとも出来ない夜が明け、サランはようやく空が明るくなりかけた頃に中庭へと出た。
朝露で草は濡れているものの、空気は清浄でとても綺麗だ。
 「・・・・・」
渡り廊下を朝の支度で忙しく行き交う召使の姿はあるものの、まだ王宮の中は完全に目覚めたという雰囲気ではなかった。
 「・・・・・どうするか・・・・・」
 サランは自分の足元に視線を向けたままポツリと呟いた。
悠羽と洸聖が正式に婚儀を挙げれば、悠羽は大国光華国の未来の王妃という立場になる。その悠羽の傍に、自分のような人
間がいてもいいのだろうか。
(私は奏禿に戻って、悠羽様のお世話は別の者に・・・・・いや)
 ずっと傍にいると悠羽と約束をした今、簡単に国に帰るとは言えない。
それでも、洸聖と共にいる悠羽を見れば胸が疼く様な気がして・・・・・。
 「サランさん?」
 「・・・・・」
 サランの思考は、小さな声で破られた。
声がした方を振り返ると、そこには黎が立っている。
 「おはよう、黎」
 「お、おはようございます」
昨日は帰国後慌しくしていて黎ともゆっくり話せなかったと思い、サランは改めてというようにきちんと黎と向き合った。
 「黙って王宮を去って申し訳なかった」
 「い、いいえっ、そんなこと無いです!悠羽様にもご事情があられたのだと思いますしっ」
 「・・・・・黎」
 「は、はい」
 「何か・・・・・あった?」
 「え?」
 「なんだか、以前よりも感情表現が豊かになったような気がする。私が言うのも可笑しいが、黎は思いを心の内に秘める人間の
ように思えたが」
 「・・・・・っ」
なぜか、耳まで赤くなってしまった黎を、サランは首を傾げて見つめてしまった。



 洸竣が兄である洸聖と悠羽の前で自分への思いを口にして、黎はなかなか眠ることが出来なかった。
洸竣がからかっているのだと思いたい反面、それが嘘であってほしくないような・・・・・不思議な思い。自分の心が自分でも全く分
からなくて、ただあれこれと考え悩み続けていたのだ。
(サランさんの目から見ても、僕は変わったんだろうか・・・・・)
 血の繋がらない兄、京の自分への拘りを突きつけられ、そのまま身体を自由にされそうになった。
それを助けてくれた洸竣の、同情ではないと言う言葉。
 「黎」
 「サランさん、あの・・・・・」
 「・・・・・」
 「あの・・・・・」
 「・・・・・言い難いことであれば、今私に告げずともいいのだ、黎。私は人の心の機微を読み取ることが出来ない情けない人間
だが、僅かな時間も待てないほどの性急な性格でもない。悠羽様が洸聖様と正式に結婚すると決まった今、私もしばらくはこの
王宮にお世話になることになるので、お前がいい時に、言いたいことだけを話してくれたらいい」
抑揚無く話すサランだが、その表情は幾分柔らかい。
黎はそう言ってくれるサランの気持ちが嬉しかった。
 「ありがとうございます、サランさん」
 「礼はいらない」
 「でも、それならサランさん、悠羽様と洸聖様は本当に結婚を?」
 「そう。じきに正式に公示されるだろうが」
 「そうなんですかっ!おめでとうございます!」
 「・・・・・ありがとう」
 これは光華国にとってもとてもめでたい事だ。
次期国王となる洸聖が身を固めるということは国民の願い事でもあったし、それが悠羽のように明るく強く、そして誠実な人間な
らば尚更いい。
(では、悠羽様ともサランさんとも、一緒にいることが出来るんだ)
身内のようにと思うのも恐れ多いことだが、黎は自分が心を許せる相手が傍にいてくれることが嬉しくて仕方がなかった。



 弾んだ気持ちのまま、黎は毎朝の日課のように洸竣の部屋に向かっていた。
朝の挨拶を交わし、洗面の手伝いをして、そのまま食堂へと一緒に向かう。
一見、全て人任せで気楽に過ごしているように見える洸竣だが、黎が驚くほどに日常の細々としたことは自身で出来て、実際黎
が手伝うようなことは無いのだ。
(それなのに、僕を召し上げてくださったのか・・・・・)
そんな風に考えるとくすぐったい思いがするものの、それが直接恋とか愛に結びつくことは無い・・・・・と、思う。
 「・・・・・」
 洸竣の部屋の前まで来ると、黎はすうっと大きな深呼吸をする。
そして。

 トントン

軽く扉を叩いたが、中からの反応は返ってこなかった。
 「・・・・・?」
何度か同じ事を繰り返した後、黎は思い切って声を掛けてから扉を開けてみる。
 「洸竣様?」
がらんとした部屋の中には人影は無く、黎は奥に行って寝台の上も見た。
簡単にだが整えられた寝台に残っている気配はかなり薄くて、洸竣がここを出てからしばらく時間が経っている事が分かった。
(どこへ行かれたんだろう・・・・・)
夕べ休む時は何も言わなかった洸竣。いや、突然の洸竣の告白に動揺してしまっていた自分は、洸竣の言葉を何か聞き逃して
しまったのかもしれない。
 「・・・・・」
 少し考えて、黎は足早に部屋から出て行った。
ふらりと色んな所に出掛けてしまう洸竣だが、なぜだか黎はその行くへを追わなければならないと思ってしまったのだ。