光の国の恋物語





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 「悠羽、いい加減に諦めたらどうだ?お前が私の部屋に泊まったことはもう皆知っている」
 「み、皆とは、いったい誰ですかっ?」
 「サランには夕べ私が自ら伝えに行った。お前が戻らぬのを心配していると思ってな」
 「そ、それは・・・・・ありがとうございます」
 掛け布で身体をすっぽりと隠した悠羽は小さな声でそう言ったが、どうしてここで自分が礼を言うのだとも思っていた。
(サランに知られるのは仕方がないかもしれないけれど・・・・・っ)
夕べ、洸聖と身体を合わせたことは後悔はしていないし、それは悠羽の希望でもあったと洸聖だけに責任を押し付けるつもりはな
かった。
それでも、誰彼構わずに自分達が既にこういった関係なのだと吹聴することはとても出来ないことだ。いくら許婚同士であったとし
ても、まだ婚儀を上げていない内からと・・・・・意外に古臭い考え方の悠羽だった。
 「身体は痛まぬのか?」
 そんな悠羽の気持ちを理解しているのかどうか・・・・・洸聖は全く違うことを聞いてきた。
その気遣いの理由を考えると更に恥ずかしくなってしまうが、黙っていても洸聖に申し訳ないと悠羽は辛うじて頷いて言った。
 「お気遣い、ありがとうございます。い、痛みは、ありません。ただ、身体が重いだけで・・・・・」
 「それでは、夕べの私が施した方法は間違いではないということか?」
 「・・・・・は、はい」
からかっているわけではなく、洸聖が本当に自分を心配して言ってくれているのが分かるので、悠羽も恥ずかしさを押し殺して頷
いた。
すると、

 トントン

小さく、扉を叩く音がする。
掛け布から顔を出した悠羽と洸聖は一瞬視線を合わせた。
 「サ、サランかも・・・・・」
 「あの者がそんな無粋な真似をするとは思わぬが」
 「・・・・・そう、かも」
確かに、サランならば悠羽が自ら部屋に戻っていかない限り、洸聖の部屋まで来るということは考えられなかった。
(じゃあ、いったい・・・・・?)
誰だろうと思っている悠羽は置いて、洸聖が扉を開けた。
 「お、おはようございます」
 「・・・・・どうした」
 「・・・・・」
(黎?)
 聞こえてきた声は黎のものだった。
洸竣付の黎が朝から洸聖の部屋にやって来るのはとても不思議なことで、悠羽も思わず寝台の上で頭をもたげた。
 「あの、洸竣様はいらしてないでしょうか?」
 「洸竣?いや、夕べ会って以来だが・・・・・どうした、部屋におらぬのか?」
 「はい、あの、先程お部屋に伺ったらいらっしゃらなくて・・・・・。夕べは特にどこかへ出掛けるともおっしゃってられなかったので、も
しかしたらこちらにと・・・・・」
 「黎、洸竣様は・・・・・あっ!」
黎に詳しい事情を聞こうと起き上がろうとした悠羽は、ズキンと痛む腰とふらつく足のせいで寝台から足を滑らせてそのまま下に落
ちてしまった。



 「黎、洸竣様は・・・・・あっ!」

 ドスンッ

 なぜか、洸聖の部屋の奥から悠羽の声が聞こえてきたかと思うと、続けて何かが落ちるような大きな音が響いた。
黎が目を見張るのと同時に部屋の中へと踵を返した洸聖の後ろ姿を見た黎は、気になってしまって不調法だとは思いながらも部
屋の中を覗いてしまう。
すると、丁度床に蹲る悠羽の身体を抱き上げている洸聖の姿があった。
 「・・・・・あっ」
 そこでようやく、黎は事情を察した。
今悠羽が洸聖の部屋にいる理由。
チラッと見た悠羽の夜着が、ただ羽織っているだけの状態な理由。
(悠羽様、夕べ洸聖様のところに・・・・・)
 思うところがあって祖国に帰った悠羽を自ら迎えに行き、そしてちゃんと連れ帰った洸聖。2人の間に確かな約束が出来たのは
確かなのだろう。
(ぼ、僕ったら、何て失礼なことを・・・・・っ)
せっかく2人で迎えた朝を邪魔するなど、これ以上もないほどの失礼なことだろう。
黎は顔を真っ赤にして慌てて頭を下げた。
 「も、申し訳ありませんでした!失礼します・・・・・っ」
 「待って、黎っ」
 直ぐにその場を辞そうとした黎だったが、悠羽の呼び止める声に反射的に足を止めてしまった。
 「こんな恰好で、悪い」
悠羽は洸聖に抱かれた恰好のまま、少し恥ずかしそうに笑っていた。その顔はとても綺麗で、黎は真っ直ぐな視線を向けることが
出来なくて俯いた。
 「い、いいえ、僕の方こそ、とても失礼を・・・・・すみません」
 「いいよ。それより、洸竣様がおられないと聞こえたけれど、どちらに行かれたのか本当に見当はつかない?」
 「は、はい。何もお聞きして無いと・・・・・思います」
 少し自信がなくて小さな声になってしまうと、悠羽は自分を抱き上げてくれる洸聖を見て言った。
 「洸聖様、何かお分かりになりませんか?」
 「・・・・・いや、最近は夜遊びもしておらぬようだし、これほど早朝から剣の稽古というのも考えられぬ」
 「どちらに行かれたのでしょうか」
 「う・・・・・む」
 「・・・・・」
3人は顔を見合わせたが、誰も答えを出すことは出来なかった。



 「あ、洸竣様」
 「ん?ああ、おはよう、サラン」
 「・・・・・おはようという時間ではないですけれど」
 軽い口調で挨拶をしてきた洸竣に、サランは少し呆れの混じった笑みを浮かべた。
既に陽は高く昇り、昼になろうかというような時刻になっている。
早朝に出会った後、再びやってきた黎に洸竣の不在を聞いていたサランは、それとは分からないように用心深く洸竣の様子を探っ
てみた。
特に酒の匂いがするわけでもなく、女の匂いをさせているわけでもなく、洸竣の顔はさっぱりと清々しい。
(まさか、朝から鍛錬でもされていたと?)
洸聖とはまるで正反対だと聞かされていた洸竣のその姿はとても想像出来なかった。
 「サラン?」
 自分の顔を黙ったまま見つめるサランに、さすがに洸竣が声を掛ける。
 「私の顔に何かついているかい?」
 「・・・・・洸竣様」
言葉遊びの苦手なサランは、率直に疑問をぶつけてみた。
 「早朝から・・・・・いえ、もしかしたら夕べからかもしれませんが、どちらに行かれていたのですか?」
 「え?」
 「黎があなたの姿が見えないと捜しています」
 「・・・・・ああ、そうか、黎には伝えていなかったか」
 「・・・・・」
その声の調子からはとても後ろめたい事情があるようには思えなかった。
黎が思い悩むことではなさそうだと少し安心したサランは、目線を王宮の奥へと向ける。
 「今もまだ捜しているはずです。早く会って安心させてやってください」
 「分かった、ありがとう、サラン」
 「・・・・・何がでしょう」
 「黎を気遣ってくれて・・・・・感謝する」
 「いいえ」
 「じゃあ、直ぐに私も黎を捜すとするか」
 そう言いながら王宮の中へと入っていく洸竣の後ろ姿を見送りながら、サランは洸竣も初めてあった頃とはかなり変わってきたと
感じた。以前はもっと、言葉も行動も軽かったように思える。
この国に来てまだ間もない気もしていたが・・・・・人の内面が変わってくるほどには時間が経ったのであろうし、色んな事件もあっ
た。
(私も・・・・・少しは変わったのだろうか・・・・・)
サランは自嘲するように微笑んだ。