光の国の恋物語





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(そういえば、黎には何も言わなかったな)
 自分の部屋へと向かいながら、洸竣は自分らしくも無く根回し不足だったことに苦笑を零した。
色々な事を早く解決したくて焦っていたのかと思うものの、それがそれほど深刻な事態だとは思っていなかった。
 「あっ、洸竣様!」
そんな洸竣の前に、向かいからやってきた悠羽が声を上げた。
その後ろに当然のように立っている兄洸聖の姿を見て、洸竣の口元に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
 「お揃いで結構ですね、兄上」
 「・・・・・」
 「洸竣様っ、どちらに行かれていたんですか!」
 「え?」
 「黎が心配して捜し回っていますよ!」
 「ああ、黎のことか」
(どうやら本当にかなり捜しているようだな)
サランだけではなく、悠羽や洸聖のもとにも行ったのかと、洸竣は申し訳ないと思うと同時に、なぜか嬉しいと思っている自分がい
た。
黎の中で自分の存在はそれなりに大きいようだと確信が持てたからだ。
 「直ぐに黎を捜しますよ」
 「早くしてあげてくださいっ」
 「ええ、分かりました。・・・・・それと、悠羽殿」
 「な、何ですか」
 いきなり洸竣の声の調子が変わったので、悠羽は警戒したように身構えている。
そんな悠羽を上から見下ろしながら、洸竣は不意に身を屈めて悠羽の耳元に口を寄せた。
 「細い首筋に、愛された印が残っておられますよ」
 「・・・・・っ」
襟元の緩やかな悠羽の服の隙間から覗く華奢な首筋。そこに鮮やかに残っている淡い赤い痕を揶揄すると、思い当たることがあ
るのか悠羽の顔は一瞬で真っ赤になった。
 「洸竣」
そんな悠羽を庇うように洸聖が小さな身体を抱きこむのを、洸竣は少し羨ましく思った。お互いがお互いを思い合っているというこ
とがよく分かるからだ。
(私が黎とこうなるのには・・・・・まだ時間が掛かるのかもしれないな)
 「洸竣」
 「はいはい、もう義姉上と言った方がいいのかもしれないな、悠羽殿」
 「ま、まだ早いです!」



(洸竣様、いったいどこに・・・・・)
 朝から王宮の中をくまなく捜しているというのに、洸竣の姿はどこにも見当たらなかった。
黎もこの王宮内を全て知っているというわけではないが、朝からずっと洸竣を捜している姿を見ていた他の召使達も手分けして捜
してくれた。
それでも、いないのだ。
昼近くのこんな時間になってもいないということは、洸竣は王宮の外に行っているのではないだろうか。
(でも、だったらどうして僕に何も伝えずに・・・・・)
 「僕には、何も言わなくてもいいと・・・・・思ってらっしゃるのかな」
 そう考えると悲しくなって、黎は歩いていた足を止めてしまった。
このまま捜していていいのだろうか・・・・・そう、思った時、
 「黎っ」
 「・・・・・!」
名前を呼ばれ、黎はパッと振り向いた。
 「こ、洸竣様っ」
 「すまなかった、ずっと捜し回っていたと聞いたが」
 「あ、あの、いえ、僕は・・・・・」
 「一刻も早くと思って、夜が明けぬ内から歩き回ってしまった。その方が都合がいいこともあったし」
 「え?」
 「今いる遊び相手と、全て手を切ってきた。ああ、お金で解決したわけじゃなく、ちゃんと話して分かってもらったんだ」
 「・・・・・」
 黎は、洸竣が何を言っているのか全く分からなかった。
(遊び相手?手を切ったって・・・・・どういう、こと?)
 「綺麗なお前とちゃんと向き合う為には、私自身も綺麗な身体にならないといけないと思ってな」
思い掛けないその言葉に、黎は更に目を丸く見開いてしまった。



 今まで特定の相手はいなかった洸竣だが、男の性というか・・・・・元々楽しいこと、気持ちが良いことも好きな性格からか、遊ぶ
相手はかなりの数いた。
それは単に楽しく酒を飲む相手という意味だけではなく、もちろん男と女という関係を結んでいる相手もいた。ほとんどは商売女
で、洸竣が王子だということも知っていて割り切った上での関係だ。
洸竣も、王子という自分の身分のことは全て切り離して気軽に遊んできたのだが・・・・・兄の許婚という相手がこの国に来た時か
ら、洸竣の気持ちは徐々に変わっていった。
 自分の為に存在するたった1人の相手。
誰かを欲するという強い欲望。
兄を見ていると、そういった自分の知らなかった感情がじわじわと溢れ出して来た。
そして、その感情が黎という存在に向けられた時、洸竣は自分が変わらなければならないと痛烈に感じたのだ。

 その手始めと言うわけではないが、洸竣は今まで自分が遊んできた女達と綺麗に手を切ることにした。
ずっと関係を持っていた者も、一度だけしか関係を持たなかった者も。その関わりの深さに関係なく、洸竣は自ら頭を下げて自分
の浮ついた行動を詫びた。
ほとんどの者は笑って許してくれたが、中には金を要求する者、泣く者もいた。
自分は遊びだと思っても相手によっては違うのだと、洸竣はこの晩しみじみと自分の浅慮な行動を恥ずかしく思った。
 だが、これで少しは自分も変われたのではないかと思う。
綺麗な黎の前に立てるほどには、少しは・・・・・変わったと思いたかった。

 「・・・・・洸竣、様・・・・・」
 黎の途惑いがその声の震えからも分かる。
とても恋愛感情には疎そうな・・・・・そもそも、人との僅かな触れ合いにさえも臆病な黎が、洸竣の求愛にどうしたらいいのか分か
らずに混乱するのは当たり前だろう。
それでも、洸竣は自分の覚悟の程を黎に伝えておきたかった。
 「これで、私にとっての愛を向ける対象はお前だけになった」
 「・・・・・」
 「直ぐに返事が出来ないのは分かるが、私のことを少し・・・・・考えてはくれないか?お前が愛を注ぐのに相応しいかそうではな
いか」
 「そ、そんなこと・・・・・」
 「決定権はお前にある。黎、私の愛を受け入れてくれ」
真っ直ぐな視線を向けたまま、洸竣は艶やかに微笑みながら言った。



(ぼ、僕は・・・・・)
 「急に、そんな・・・・・」
 洸竣はずるい人だと思う。
急がないと言いながら、こんなにも強く求愛してくる。
黎は考える前に洸竣の愛に溺れてしまいそうだった。
 「・・・・・さてと、昼食は食べたか?」
 「い、いいえ」
 「では、私と一緒に行こうか。朝から何も食べていないから空腹なんだ」
 「あ、はい」
 洸竣はふっと笑うと、そのまま強引に黎の手を掴んで歩き始めた。
 「こ、洸竣様っ、手、手をっ」
 「ん?気にしなくていい」
 「そんなこと、言っても・・・・・」
黎が途惑っているのが分かっているだろうに、洸竣はそのまま手を離さずに廊下を歩く。
行き交う召使達はそんな2人の姿に一度は驚いたように目を見張るものの、直ぐに微笑ましそうに笑いながら優しい視線を向け
てきた。
(は、恥ずかしいっ)
黎はとても顔を上げていられなくて俯いてしまうが、洸竣は反対にとても嬉しそうに笑いながら歩いている。
 「こ、洸竣様・・・・・」
(まだ、まだもう少し・・・・・待って下さい・・・・・)
あまり急がせないで欲しいと、黎は何度も口の中で呟いていた。