光の国の恋物語
91
洸莱の言葉に唖然としたのは悠羽だけではなかった。
恋しいと言われたサラン自身、いったい洸莱は何を言っているのかと、珍しく目を見張ってしまったくらいだ。
(何をおっしゃっているのだ、この人は・・・・・)
それまで、僅かながらでも愛とか恋という感情を感じたり、実際伝えられたりしていたらまだ分かるものの、今までの洸莱の言動
からは自分に対する恋愛感情など欠片も感じられなかった。
確かに、気遣ってもらっているとは思っていたが、まさかそれが愛情からだとは・・・・・。
「サ、サラン」
突然に洸莱からサランへの恋心を伝えられた悠羽は、動揺したようにサランの腕を掴んできた。
「お前達、もしかして・・・・・」
「いいえ、洸莱様は少し思い違いをなさっておいでだと」
「思い違い?」
サランは首を傾げる悠羽に、そうですと強く頷いてみせた。
「王子である洸莱様とただの召使である私とでは、あまりにも身分が違い過ぎます」
「で、でも」
それはサランと洸莱だけではなく、洸竣と黎にも言えることではないかと思った。いや、どちらかといえば、第二王子である洸竣が
男の黎と恋をするという方が問題ではないかと思う。
(洸莱様は第四王子、王位とは関係ない地位にいらっしゃるし・・・・・)
「それに、洸莱様は私が半陰陽の身体という事をご存知なはず。そして、たとえ女性と同じ器官を持っていたとしても、私には
子を産む力も無いという事を説明させて頂いています」
「サランッ?」
誰にも知られたくなかったであろう身体の秘密を洸莱には言っていたのかと、悠羽は別の意味で驚いて声を上げた。
(そんな大切なことを洸莱様に言ってしまったのかっ?)
身体のことは、サランにとっては生きる意味ということに直結するほどの大きな秘密だった。
悠羽や、その家族達、そして、サランを知る周りの人間は気にすることは無いと何度も伝えたが、身体のせいで親に捨てられたと
思っているサランにとっては、永遠に負い目として背負っていくという思いのようだった。
普通の人間とは違うと、サランは身体のことは簡単に他人に話すことは無く、当然この光華国の中にはその秘密を知っている
者はいない・・・・・悠羽はそう思っていたのだが、まさかサラン自身が洸莱にそのことを告げたとは思わなかった。
何時、どんな状況で。それが知りたくて仕方が無いが、今はそれをサランに聞いている時ではないだろう。
「サラン、それはまことか?」
「はい。以前、莉洸様をお助けする為に、蓁羅へと参ったおりに」
「あの時?」
悠羽は更に驚いてしまった。
自分達が蓁羅から戻ってかなり時間が経ったというのに、洸莱には全く変わった様子など見られなかったからだ。
まさかサランの身体の秘密を知った上で、あれほど変わらぬ態度を取るとは・・・・・とても16歳という歳若い青年だとは思えなかっ
た。
「悠羽殿、私は確かにサランの身体のことは聞かせられたが、興味本位でこの人が気になっているわけではありません。私は、サ
ラン本人の・・・・・」
「洸莱様、それはあなた様の気の迷いです」
「サラン」
「あなたは私などを気にすることは無いのです」
「ま、待って、サラン、洸莱様のお気持ちもちゃんとお聞きして・・・・・」
「それが無駄なのです」
頑なに拒絶するサランに悠羽が言葉を継ごうとした時、サランは悠羽を真っ直ぐに見つめながら言い切った。
「サラン!」
「皇太子洸聖様は、悠羽様、あなたと近々婚儀を挙げられます。第三王子莉洸様も、稀羅王のもとに嫁がれるのはもう決定
していることでしょう」
「そ、そうだけど・・・・・」
「洸竣様は、どうやら黎を本気で欲していらっしゃるご様子。なれば、光華国の次世は誰の肩に掛かってくるでしょうか?」
「あ・・・・・」
(ああっ、そうなのか・・・・・!)
悠羽はようやく気が付いた。
洸聖は自分と。
洸竣は黎と。
そして、莉洸は・・・・・稀羅と。
そう、光華国の4王子のうち、3人の王子達の伴侶もしくは、そうなるかもしれない相手は全て男性なのだ。
各国では、少数とはいえ同性同士の結婚は認められているし、王族の中でも僅かながら同性を伴侶としている者はいる。
それはけして違法ではないが・・・・・男同士では、子供は生まれないのだ。
(サランは光華国の未来を考えて、だから、だから・・・・・っ?)
「サラン!」
「洸莱様、私は一生涯誰かを愛することはないと思いますし、もちろん、結婚もするつもりはありません」
「サラン・・・・・」
「熱というものは一過性です。洸莱様には、可愛らしい、優しい姫様がお似合いだと思います」
サランははっきりそう言い切ると、悠羽を目線で促した。
悠羽が物言いたげに自分を見つめているのは分かっていたが、サランは先程洸莱の前で言った以上のことを言うつもりはなかっ
た。
いや、どちらかといえば、少し言い過ぎたかもしれないとも思っている。
(世継ぎのことなど言うつもりはなかったが・・・・・)
子供のことを言えば悠羽の心にも暗い点を落としてしまうのは分かっていたが、一番明瞭な理由をはっきり告げた方がいいと思っ
たのだ。
「この人が、とても気になっているのです。多分、恋しいと・・・・・思っています」
真っ直ぐな洸莱の言葉に、心が揺れなかったといえば嘘になる。
悠羽や奏禿の皆以外に、サランの身体のことを知ってもなお、そう言ってくれたことは嬉しい。
それでも、サランは洸莱の想いを受け入れることは絶対に無いと思った。
「悠羽様、そろそろ洸聖様の執務が終わられるお時間です」
「・・・・・うん」
「きちんとお部屋でお迎えなさらないと」
そう言うと、サランは悠羽の背中を押すようにして見送る。何度も何度も振り返る悠羽に、そっと小さな微笑を向けた。
(私などが幸せになることなど恐れ多い・・・・・)
願わくば、自分の周りの優しい人々が皆幸せになって欲しかった。
「どうした、難しい顔をして」
「・・・・・」
「悠羽」
執務を終えた洸聖が私室に戻ると、部屋の中には約束通り悠羽がちょこんと椅子に座って待っていた。
その姿に思わず笑みを浮かべた洸聖だったが、俯き加減の悠羽の表情が冴えないことに直ぐに気が付く。昼前に別れた時までは
こんな表情ではなかったはずだ。
「悠羽、何があった?」
「・・・・・洸聖様」
「何だ」
「・・・・・私は、人の噂話というものは好きではありません。実際に見ていないものを信じることは出来ないし、反対に自分を信
頼して話してくれた人の秘密を、誰かに話すということもしたくはありません」
「ああ、それはお前の性格ではそうだろうな」
どこまでも真っ直ぐな悠羽は、きっとそう思うだろうということは想像出来た。
「でも・・・・・相手に幸せになって欲しければ、自分が悪者になることも必要ではないかとも思うのです」
「悠羽?」
「洸聖様、私が今から話すことは、その誰かにとってはけして知られたくない大きな秘密です。でも・・・・・」
「悠羽」
口篭った悠羽の後ろに立った洸聖は、そっとその身体を抱き寄せた。
華奢な身体が小さく震えているのが分かり、両腕でその身体を抱きしめる。
「婚儀を挙げずとも、もう私達は夫婦も同然だ。そなたが悪者になるのならば、私も同じように悪者になろう」
「・・・・・洸聖様・・・・・」
「そなたの罪は私の罪だ。悠羽、楽になれ」
「・・・・・」
悠羽はギュウッと唇を噛み締めた。
しばらく、いや、かなり長い時間洸聖は悠羽の身体を抱きしめたままだったが、やがて悠羽は小さな声である人物の秘密を話し
始める。
それは、洸聖にとっても思い掛けない話だった。
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