光の国の恋物語
92
「兄上?」
「夜分済まぬ」
夜も更けた時刻、通常ならばもう部屋から出ることは無いであろう真面目な兄洸聖が自分の部屋を訪れたことに洸竣は驚い
た。
「申し訳ありません」
「悠羽殿も?」
(いったい、何があったのだ?)
国に関わる大事ではないだろうということは分かった。それならば先ず、王である父から招集が掛かるはずだからだ。
悠羽との惚気話でも聞かせる気かとも一瞬思ったが、2人の表情からすればとても楽しい話とは思えなかった。
「良いか?」
「どうぞ。もう黎も下がらせたので、私が茶の用意をさせてもらいますが」
「それは私が致します。洸竣様はどうぞお掛けになってください」
就寝時には置いてある酒のビンを取り、悠羽は予備にあったカップを出して洸聖と洸竣の前に置き、それぞれに酒を注いだ。
どうやら悠羽は飲まないらしい。
「兄上、いったい・・・・・」
「他言無用の話をする、良いか?」
「え?」
いきなり切り出した洸聖に洸竣は面食らってしまうが、直ぐに表情を改めて椅子に座り直した。敬愛する兄の言葉をきちんと正
面から受け取る為だ。
「はい」
はっきりと言ったその言葉に、洸聖は深く頷いた後悠羽を振り返った。
「良いな?」
「・・・・・」
大切な秘密が1人1人に知られていく。それがいいことなのか悪いことなのかは分からないが、今のままでは悠羽の大切な兄弟
は不幸なままだというのだけは分かっていた。
(それならば・・・・・)
「はい」
悠羽がしっかりと頷くと、洸聖は洸竣に視線を戻した。
「洸莱のことだが」
「洸莱?」
緊張したように洸聖の言葉を待っていた洸竣は、不意に出てきた洸莱の名前に途惑ったように眉を潜める。
それは予想通りの反応だったのか、洸聖はそのまま言葉を続けた。
「どうやら、あれはサランを好いているらしい」
「え・・・・・えぇっ?」
さすがに予想外の言葉だったのか、洸竣は驚いたように目を見張った。あれだけサランの傍に何時もいた自分が驚いたのだ、洸
莱の兄である洸竣もかなりの衝撃を受けたらしい。
今もって、悠羽は洸莱がサランのことを好きだというのがどうもしっくりと来なかった。洸莱がサランを気遣ってくれているのは感じて
いたし、莉洸を追って蓁羅へ共に旅をした時も、サランと洸莱は共にいることが多かった。
しかし、2人共が感情の起伏があまり無いというか・・・・・どちらもかなり感情や表情を押さえることに長けているので、そこに恋
愛感情が絡んでいたとはとても想像が出来ないのだ。
「洸莱が、サランを?それはまことですか、兄上?」
「悠羽が洸莱本人の口から聞いたらしい」
「しかし・・・・・確かサランは洸莱よりも年上ではありませんか?」
「6つ、上らしい」
「へえ」
どうやら驚きから覚めたらしい洸竣は、にやっと口元に笑みを浮かべた。
「年上の女性に想いを寄せるとは・・・・・あいつも、男だったというわけか」
「・・・・・」
「・・・・・」
悠羽と洸聖は顔を見合わせた。
(歳の差だけだったら良かったものを・・・・・)
この2人には更なる問題がある・・・・・それを、洸聖はきっぱりと言った。
「サランは女とは言い難い身体らしい。・・・・・両性具有だそうだ」
悠羽からその事実を聞かされた時、洸聖は一瞬声も出ないほど驚いた。
あれほどに美しく、優美な容姿のサランの身体が女ではない・・・・・男と女の両方の性を持っていると、どうやったら想像出来ると
いうのだろうか。
世の中には男と女の性を持って生まれる者もいるとは聞いたことはあったものの、知識だけで知っていることとは違い、その身体を
持つ者が実際に自分の目の前に現れた時、洸聖は理解の範疇を超えてしまうということを改めて思い知った。
その洸聖の驚きと同じものを洸竣も感じているらしく、弟はしばらく声も出せないまま自分と悠羽の顔を交互に見つめることしか
出来なかったらしい。
「・・・・・まことで、ございますか?」
「・・・・・はい」
「そうか・・・・・」
はあ〜と、洸竣は深い溜め息をついた。
色々な思いが頭の中を渦巻いているのだろうが、彼はその性格に似合った前向きな答えを弾き出す。
「でも、女でもあるのでしょう?それならば問題は・・・・・」
「問題はあるのだ。どうやら、サランはどちらの性も未熟のようで、子を生すことも出来なければ生むことも出来ないらしい」
「それは・・・・・」
「問題だろう」
「・・・・・ですね」
「私は近々この悠羽と婚儀を挙げる。悠羽以外の者と添い遂げるつもりはないし、他に妾妃を娶るつもりも無い」
何が問題なのか、洸聖は自分にも改めて言い聞かせるようにゆっくりと言葉を継いだ。
「莉洸は既に稀羅王に嫁いでいるようなものだし、洸竣、お前も黎を本気で欲しいと思っているのだろう?」
「・・・・・はい」
「なれば、光華国の次世は、洸莱の肩に掛かっていると言ってもいい。・・・・・サランが女ならば歳など関係なく2人を祝福出来
るのだが、子を産めないとなれば・・・・・」
「サランは、サランはこの光華国を思って、洸莱様の求愛を跳ね除けるつもりなのですっ!」
洸聖が全てを言う前に、悠羽が泣きそうになりながら声を振り絞った。
幼い頃から共に育った、大切な大切な兄弟。
悠羽にとってサランは召使などではなく、本当に肉親と同様の大切な存在だった。
自分の身体のことを卑下し、幸せなど望むことも恐れ多いとしているサランを心配し、悠羽はサランの身体の問題ごと愛してくれ
る存在を待っていた。
自分が洸聖という伴侶に巡り合って幸せだと感じれば感じるほど、サランもと思っていたが・・・・・相手が問題だ。
洸莱は、年齢は若いが男気がある人物で、サランの身体のことを知っても尚想いを打ち明けてくれたということは・・・・・それをサ
ランの主人である悠羽の前でも言ったということは、それだけ固い決意を持ってのことだろう。
(洸莱様が王子でなければ・・・・・っ)
洸莱がただの町人ならば。
せめて貴族ならば、ここまでサランは頑なな拒絶をしなかったかもしれない。
第四王子とはいえ、この大国の王子で、更に世継ぎの期待を一身に背おう身ならば、あれほど遠慮深いサランが頷くことはとて
も考えられなかった。
「私は、サランにも幸せになって欲しくて・・・・・」
「悠羽」
「でも、光華国のことを考えると、ただ背中を押すという無責任なことは出来なくて・・・・・っ」
どうすればいいのか分からなくて、悠羽は洸聖を頼った。
そして洸聖は、その責任の一端を担う洸竣も交えて話そうと、こんな夜更けに彼の私室を訊ねたのだ。
「私の気持ちばかり申しましたが、でも、私の為にサランの幸せが失われるのかと思うとたまらなく悲しくて、悔しいのです」
「・・・・・悠羽殿」
「は、はい」
「サランは本当に子を生すことが出来ないのか?」
「・・・・・幼い頃、サランの母上が町医者に連れて行ったおり、そう言われたと聞きました」
「成長してからは?医者に行ったりしていないのか?」
「サランは、自分の身体を他人に見られるのも触れられるのも厭うので・・・・・些細な風邪をひいた時も、切り傷を負った時も、
医師には行っておりません」
「兄上、ならば、我が王族専任の医師に診せてはいかがでしょうか?いくら幼い時にそう診断されたとはいえ、身体は歳と共に
成長し、変化致します。それに、町医者では詳しい診断や治療はなされぬかもしれませんし、改めてきちんと調べれば、もしやと
いうこともあるかもしれません」
「あ・・・・・」
「なるほど」
世慣れた弟の意見に、洸聖もそれがあったかと直ぐに頷いた。
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