光の国の恋物語





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 悠羽が何も言わないというのはホッとしたものの、時間を置くに連れてサランは返って気になってしまった。
悠羽の性格からすれば、洸莱との事をきちんと考えるようにと言いそうなのだが・・・・・悠羽はあれ以降全くその件に関しては触れ
ることは無い。
(悠羽様・・・・・諦めてくださったのだろうか・・・・・)
所詮、大国の王子と両性具有の召使とではあまりにも不似合いだとでも思ってくれたのかと思いながら、そう思う自分の心が淋
しく感じてしまった。
 「サランさん!」
 「・・・・・黎」
 「そろそろ仕立て屋が参ります。お供してよろしいですか?」
 「ああ、頼む」
 サランは意識を切り替えた。
今は近々と迫る悠羽と洸聖の婚儀に意識を集中させなければならない。
皇太子妃として相応しい衣装をと、本来は華美なことを嫌う悠羽も渋々と皆の意見を取り入れてはいるが、それでも納得をし
きっていない気持ちを宥めるのはサランの役割だった。
 「楽しみですね、悠羽様と洸聖様の婚儀」
 「・・・・・黎」
 「はい」
 「お前は・・・・・疑問に思わないのか?男である悠羽様が皇太子妃になられることを」
 「サランさん」
 黎は立ち止まってサランを見上げた。
信じられない・・・・・そんな不思議そうな目が自分を見ている。
 「そんなこと、考えたこともありません。悠羽様と洸聖様はとてもお似合いだと思いますし、悠羽様なら立派な皇太子妃になられ
ると思います」
 「・・・・・そうではない、黎。私が言うのは・・・・・」
 「御子のこと、でしょうか?」
 「・・・・・そうだ」
いくら想い合っているとしても皇太子妃になる人物が男ならば絶対に御子の誕生は期待出来ない。光華国の国民として黎はど
う思っているのか、サランはきちんと聞いてみたかった。
 「確かに、悠羽様は御子をお産みにはなられませんが、その代わりといっても余りあるほどの大きな幸をこの光華に呼び寄せてく
れると信じています。サランさん、サランさんはお嫌なんですか?今回のこと・・・・・」
 「嫌なはずがない。私は誰よりも悠羽様の幸せを願っている」
 「それならば心配いらないと思います。洸聖様は本当に悠羽様がお好きなようですし、悠羽様も」
 「分かっている」
(分かっているんだが・・・・・)
ここにいる誰よりも悠羽の幸せを願っているのは自分なのに、この心の中の憂えは何なのか・・・・・サランはそれ以上何も言わずに
ただ黙って歩いていた。



 サランの様子が変だ・・・・・黎は風呂上りの髪を拭いながら考えていた。
本来は婚儀の準備をする今が一番楽しい時のはずなのに、サランはずっと浮かない顔をしていた。それは黎の気のせいではなく、
時折サランを振り返る悠羽の視線からも、サランの様子がおかしいということは確かだと思った。
(悠羽様と洸聖様のご結婚・・・・・反対なのかな)
以前はともかく、今の2人はどう見てもお似合いなのだが・・・・・。

 トントン

 「?」
 不意に扉が叩かれた。
こんな夜更けに訪ねてくるのは誰なのか・・・・・何気なく立ち上がって扉に手を掛けた黎は、ふとその動きを止めた。
(まさか・・・・・)
ポンッと頭の中に出てきた人物の名前。黎は一瞬躊躇ったが、それでも結局は恐る恐る扉を開けた。
 「・・・・・どうなさったのですか?」
 「ちょっと、いい?」
 立っていたのは洸竣だった。
予想通りの人物の姿に、それでも黎は内心ドキドキとしていた。想いをぶつけられた相手がこんな夜更けに部屋を訪ねてくるわけ
を曲解してしまいそうになる。
(き、きっと、何でもないことだろうけど・・・・・)
 「ど、どうぞ」
 黎は身体を避けて洸竣を部屋の中に招き入れると、どうしようかと周りを見回した。
茶か酒でもあればいいのだが、夜寝る前は何も口にしないので部屋には何もない。
(何か取りに行った方がいいのかも・・・・・)
 「洸竣様、あの」
 「構わないでいい。少し、話をしたいだけだから」
 「は、はい」
 「座って」
 「・・・・・」
 自分の部屋だというのに落ち着かない気分のまま、黎は椅子に腰掛けた。
小奇麗に整頓されている部屋は、他の召使達の部屋よりも随分広くいいものだというのは黎ももう知っている。洸竣が自分の側
にと言った通りに用意されたこの部屋は、自分には身分不相応だということも自覚していた。
それでも今更部屋を変えてくれとは言えなかったし、言おうとも・・・・・思わなかった。
 「洸竣様、あの、何か?」
 自分は椅子に座っているのに、洸竣はその椅子の背に手を置いて立ったままだ。その体勢がどうにも居心地が悪かった。
 「ねえ、黎、もう直ぐ兄上と悠羽殿の婚儀が行われるな」
 「は、はい」
改めて聞かれるようなことでもないとは思ったものの、黎は素直に頷く。
洸聖と悠羽の婚儀は丁度30日後に執り行われると正式に公示されたばかりだった。
 「あの堅物な兄上が結婚する相手が、想い合った相手であって本当に良かったと思っているんだ」
 「・・・・・」
 「ただ、色事に関しては私よりも奥手の兄上に、色事のことでからかわれるのはどうも、ね」
 「え?・・・・・あっ」
 黎は、いきなり自分の面前に回ってきた洸竣がその場に跪いてしまった姿を呆然と見つめる。王子が召使などに膝を着いて見
せるなど、とても信じることが出来なかった。



 黎の目が丸く大きく見開かれているのを見て、洸竣は少し笑った。
今までも恋遊びの中でこんな風に相手に対して膝を折ったことはあったが、洸竣としても本当に真剣な思いで相手に対するのは
これが初めてかもしれなかった。
 「こ、洸竣様っ?」
 「後どの位、時間が必要か?」
 「え?」
 「お前は少し待ってくれと言ったが、私は何時まで待てばいいのだ?」
 「あ・・・・・」
 幸せそうな兄と悠羽の姿を見ていると、洸竣は柄にも無く自分の隣が淋しいと思ってしまった。遊び相手なら誰でもいるが、今
は本当に欲しい相手しか要らない。
そして、その相手はもう目の前にいるのだ。
 「黎」
 「ぼ、僕は・・・・・」
 「気持ちがついていかないと言うのなら、先ずはその身体から私に預けてみないか?」
 「か、身体?」
 「そう。お前が答えを出せないならば、代わりに私が答えを導いてやろう。本当に私のことを受け入れられないか、それとも受け
入れるか・・・・・どうだ、黎」
 どうだと言われても直ぐには答えの出せないことだろうというのは分かっている。
それでも恋を自覚した自分の心は、恋愛に慣れていると思っていた自身を根底から覆すくらいに激しく揺れ動いて、少しでも早
く相手が自分のものだという証をつけたくて仕方が無かった。
 「黎」
再度名前を呼んでも、黎はなかなか声を出すことが出来ないようだ。
身体を任せろと言われて容易に頷けないのだろうし、もしも嫌だと思っていても、どう断ったらいいのか考える時間がいるのだろう。
その全てを予想した上で、洸竣は更に言葉を続けた。
 「ねえ、黎。先ずは試してみるのもいいんじゃないかな?」
 「で、でも・・・・・」
 「幸いにして私は何も知らない初心な男ではないし、黎に痛みだけを感じさせることは無いと思うよ?」
 「・・・・・」
(さあ、どうする?)
ここまで言った洸竣に黎は何と言うだろうか。
答えももちろんだがその反応も楽しみな洸竣は、じっと黎から視線を逸らさずに見つめ続けた。