光の国の恋物語





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(試すなんて・・・・・僕が、洸竣様、と?)
 洸竣の言葉は黎には衝撃的だった。黎の常識からすれば、誰かと身体を重ねるということは愛しているからこそで、けして軽い
気持ちで肌を重ねることなど出来なかった。
しかし・・・・・こんな風に迷っている自分の心を見定めるには、経験豊富な洸竣の言葉を聞き入れた方がいいのだろうか。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 恐る恐る黎が洸竣の顔を見つめると、洸竣はニッと笑んで片手で黎の足をそっと撫でた。
 「ひゃっ」
服の上からだったが、確かに背中がゾワッとするような感覚に襲われる。
 「ぼ、僕・・・・・」
(いったい、今何が・・・・・)
 義兄である京に襲われた時も唇を奪われ、身体に触れられたが、今みたいな感覚など感じず、ただ恐怖と悲しみと絶望だけを
感じていた。
誰かを恋することも今まで無く、想われるという事も無かった。
そんな何も知らない自分に想いを寄せていると言ってくれた洸竣を、自分はいったい何時まで待たせるつもりなのだろうか。
 「・・・・・洸竣様」
 「ん?」
 「僕は、あなたを恋しいと想っているかどうか、よく・・・・・分かりません」
 「うん」
 「ですが、今動かなければ、僕はもっともっと、洸竣様の時間を奪ってしまうような気がします。ですから・・・・・だから、教えてくだ
さい、僕は何をしたらいいのでしょうか」
 「・・・・・いいのか?」
 「・・・・・はい」



 真っ直ぐな視線を向けてくる黎に、洸竣は苦笑を零さずにはいられなかった。
黎に答えを促したものの、まさか本当に試しで身を投げ出すとは思わなかった。
(愛されていないのに・・・・・これは少し辛いな)
遊びならばともかく、本気の相手に恋愛感情があるかどうか分からないと言われればかなりの痛手だが、それでもこのまま何時変
わるかも分からない黎の気持ちを待つよりはずっと早道かもしれない。
 「何もしなくていい」
 もちろん、黎が嫌だと言えば最後まではするつもりは無かったが、その身体や気持ちがどこまで成熟しているかの指針にはなるだ
ろう。
 「ただ、本当に嫌だと思うのならばそう言う様に。私は力でお前を奪いたいとは思っていないから」
 「はい」
素直に頷いた黎の頭を撫でた洸竣は、そのまま手を頬に滑らせた。
身体は可哀想なほどに痩せているのに、頬には子供のような丸みが残っている。
(だから、子供のように思えるのか・・・・・?)
 「目を閉じて、そのまま」
 「はい」
黎の視界から自分の姿が消えたのを見て、洸竣は唇を重ねた。
 「・・・・・っ」
 目を開けたままの洸竣の視界には、その瞬間ピクッと震えた華奢な肩の動きが見えた。それでも、黎は洸竣の胸を突き飛ばす
ことはせず、身体の横に置いた手は椅子を握り締めている。
合わせるだけの口付けを解くと、洸竣は黎の濡れた唇を親指でなぞった。
 「・・・・・!」
 「口を開きなさい」
 「は・・・・・い」
 何をされるのか、口付けは何度かしたことがあるし、義兄にも強引に奪われたせいか予想は出来るだろう。
それでも黎は素直に(それでも本当に僅かだけだが)口を開いて見せた。



 自分の口の中に入ってきたものが何か、黎は分からないと自分に言い聞かせながらも予想は付いていた。
口付けとは、ただ唇同士を重ねるだけではなく、互いの舌を絡め合う口付けもある・・・・・身を持ってそのことを知っている黎だった
が、今自分の口の中を思う様に犯している洸竣の舌に自分がどうすればいいのか分からなかった。
 「ん・・・・・っ、んんっ」
 「・・・・・」
 「ふぅ・・・・・んっ」
 どう、息継ぎをしたらいいのかさえも分からない。
息苦しさから黎は洸竣の身体を突き放したかったが、手を伸ばしてその肩に触れようと思っても・・・・・それが出来なかった。
もしかしてこのまま洸竣の肩を突いてしまえば、自分がここまでで止めて欲しいと思っているのだと思われてしまうことが嫌だった。
(僕は・・・・・まだ、嫌だって、思ってない・・・・・っ)

 クチュッ


生々しい水音をさせて口の中から何かが遠のく。
次の瞬間、黎の耳が軽く噛まれた。
 「・・・・・やっ」
 「口付けの最中の息継ぎは鼻でするものだよ」
 「は・・・・・な?」
 「もう一度、今度は上手に息をしなさい」
 低く甘い声がそう言うと、再び口の中に何かが・・・・・洸竣の舌が入ってくる。縮こまった黎の舌に少し強引に絡み付いてきたそ
れに、黎は抵抗出来ないまま今度は言われた通り鼻で息をした。
(く、苦し・・・・・っ)
口付けというものは心地良いだけではないのだと、黎は必死で洸竣に応えた。



 口付けを解いた瞬間、黎はゼイゼイと荒い息をついていた。
開いたままの小さな唇の端からは飲み込めなかった唾液が伝っていて、淫靡な姿に洸竣は目を細めながら、つっとその唾液を舌
で舐め取ってやった。
 「苦しかったか?」
 「い、いいえ」
 「嫌だったということは?」
 「あ、ありませ、ん」
 本心からか、それとも洸竣を気遣っての言葉か。それだけでは判断がつきかねたが、嫌だと言わなかったのは黎だ。
洸竣は立ち上がると、そのまま黎の背中と膝裏に手を差し入れて抱き上げた。
 「あっ」
小柄だからというだけではない、細くて軽い身体。
王宮に召し上げてからは不自由無い食事を与えていたし、無理な仕事も与えてはいなかったが、それ以前の屋敷にいた時の苦
労は今だ消えてはいないようだ。
(可哀想に・・・・・)
 「このまま大人しくしていなさい」
 「は・・・・・い」
 そう言いながら、椅子からそれほど離れていない寝台の上に黎の身体を横たわらせる。
強く握り締められた拳には血管が浮き出ていた。
 「黎、衣を脱がせるぞ」
 「・・・・・っ」
 「嫌なら私の手を止めなさい」
多分、これはずるい言い方だとは思う。いくら洸竣の方が先に愛を自覚していたとしても、自分達は主従関係であることは消せな
い事実なのだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 手を伸ばし、黎の夜着を剥いでいく。紐を解き、重ねた布を捲れば、下穿き姿の心許ない白い身体が現れた。
京が押し倒していた時に垣間見えていた白い肌が、今は自分の眼下にある。
 「気負うことは無い、黎。これは試しだ」
 「た・・・・・めし・・・・・」
 「お前が快感を感じたとしても、それはお前の身体が喜んでいるだけだ」
 「で、でも・・・・・」
 「触れられれば人は快感を感じる。黎、感じることを怖がることは無いよ」
(ああ、本当に・・・・・私は汚れているな)
素直に頷く黎を見ると、色事に長けている自分がどれだけ卑怯なのか、洸竣は自嘲するしか出来なかった。様々な逃げ道を言
葉で遮り、誘導していく。
それが出来るのは今まで数々の遊びの中の経験からだ。
(だが、黎・・・・・私は本当にお前を愛しいと思っているんだよ)