光の国の恋物語





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 傷付けたくないと思うと同時に、自分の気持ちを分かってくれない黎を泣かせたくも思う。
それこそが自分の独りよがりだと分かっている洸竣は、今にも乱暴に黎の身体を引き裂きそうな自分の行動を押し留めていた。
強引にしても、傷付けたくは無い。洸竣は散り散りに乱れる自分の心から強引に目を背けると、組み敷いた黎の頬にそっと手を
触れさせた。
 「黎・・・・・」
 「・・・・・」
 まだ荒い息の下、それでも黎は微かな声ではいと返事をしてくる。洸竣は自分の心の中がどんなにどす黒い欲情で渦巻いてい
るのかを微塵も見せないように、口元に笑みを浮かべて優しく言った。
 「感じてはいるね?」
 「・・・・・」
洸竣に嘘を付くことは出来ないのか、黎は小さく頷き返した。
洸竣は自分のやり方が間違ってはいないのだと確信すると、不意に黎の片足を掴んで大きく広げる。
 「なっ?」
 いくらこの場には洸竣しかいないとはいえ、明々と付いた明かりの下で取るには恥ずかし過ぎる恰好なのだろう。今まで全く身体
から力が抜けた様子の黎だったが、開かれた足を閉じる為にかなり強く抵抗を始めた。
もちろん、洸竣はその黎の行動を許さず、開いた足の間に自分の身体を滑り込ませる。足を閉じることが出来なくなった黎は、ど
うしてという眼差しを向けてきた。
 「嫌か?」
 「こ・・・・・しゅさ・・・・・ま」
 「嫌だと感じたらそう言ったらいい。黎が嫌がることはしたくない」
 「・・・・・」
 「どうした?嫌なのではないのか?」
黎が嫌だと言えないことを分かった上で、洸竣は唆すように囁いた。
 「ぼ・・・・・く・・・・・」
 「どうなのだ、黎」



 「どうした?嫌なのではないのか?」」
 「・・・・・っ」
 まるで黎の気持ちを確かめるかのように言う洸竣に、黎は一瞬声が出なかった。
 「どうなのだ、黎」
 黎はゆっくり・・・・・本当にゆっくりと首を横に振った。
嫌なはずがなかった。
 「洸竣、様は、僕をあの家から、連れ出して、下さった・・・・・。それに、京様からも、助けでくださって・・・・・僕は、本当に洸竣
様に、感謝して、いるのです」
 「黎」
 「こんな、価値の無い僕の、身体を、欲しいと思ってくださる、なら、僕は・・・・・」
 洸竣は試しにと言ったが、黎にとってはこれは試しなどではなかった。
自分が生まれ育った国の王子で、ただ一日を過ごすしかなかった自分を息苦しい生活から救い出してくれた人。そんな恩人が
一時の戯れかもしれないが自分のような人間の身体を欲してくれるなら喜んで受け入れてもいいと思った。
もちろん、男の身体で男を受け入れることが本当に出来るのかと思うと不安だったし、自分の貧弱な裸体を見れば洸竣の欲望
も萎えるのではないかとも思うが、それでもいいと言ってくれるのなら・・・・・。
(痛みなど、我慢出来ないはずが無い)
 「・・・・・嫌では、ありません」
 「・・・・・」
 自分に言い聞かせるように言った黎は、強張った身体から出来るだけ力を抜く努力をする。
全く面白みの無い身体をその手にさせるのだ、手間だけは掛けないように、ただそれだけを考えた黎はギュッと目を閉じて、次に何
が自分の身に起こるのかを待った。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
(・・・・・洸竣様・・・・・?)
 何時、洸竣の動きが再開するのか息をのんで待っていたが一向に動く気配が無い。黎は恐々と目を開いてみた。
 「・・・・・」
見下ろしてくる洸竣の顔は眉を潜め、その目は苦しげな色を帯びている。
 「洸竣・・・・・様?」
(どうなさったのか・・・・・?)



(そんな風に・・・・・っ)
 今の黎の告白は、洸竣にとってはかなりの衝撃だった。
自分のことを好きか嫌いか、受け入れることが出来るかどうかを確かめて欲しい・・・・・その中には、自分の方が立場が上だという
卑怯な思いが無かったとはいわないが、それでも洸竣は黎にも選択肢の一端はあると思っていた。
だが。

 「こんな、価値の無い僕の、身体を、欲しいと思ってくださる、なら、僕は・・・・・」

 黎は自分の身を投げ出す覚悟をしていた。
しかしそれは、愛情からなどでは到底無く、まるで自己犠牲そのままの思いからに他ならない。
 「・・・・・っ」
 洸竣は黎の身体から手を離し、自分も寝台から降りると、大きく目を見開いて自分を見つめる黎の身体に、足元に落ちていた
掛け布を掛けてやった。
 「こ、洸竣様?」
 「・・・・・すまぬ、黎。私は間違ったようだ」
 「え・・・・・?」
 「このままお前の身体を手に入れれば、お前の心も私の手の中に落ちると思っていた。だが・・・・・違うのだな。このままお前の身
体を手に入れたとしても、お前は私のことを愛することは無い」
 「そ、そんなこと・・・・・」
 「無体をした。このまま休んでくれ・・・・・明日は休養日にしよう」
 「洸竣様っ」
 これ以上黎の顔を見るのは耐え切れなくて、洸竣は身支度も整えないまま黎の部屋を出た。
 「・・・・・っ」
(どこで失敗したのだっ、私は!)
敬愛というものが悪いとは言わないが、それではこの先黎から本物の愛情を向けてもらうことを望めなくなるだろう。
力で身体を奪えば恨みもされるし、泣きもされるだろうが、その激しい感情は黎にとって本物の心の声だというのが分かる。
だが、それが自己犠牲からだとすれば、いずれその気持ちが愛情に変化したとしても、洸竣はずっとその気持ちを疑ってしまうしか
なくなるのだ。

 「愛している」
(それは私の気持ちを思いやっているだけではないか)

 「そばにいたい」
(自己犠牲ではないのだろうか)

そんな疑ってばかりの気持ちでは、愛し合うということなど考えられない。
まだ自分の権力を振りかざして、無理矢理押し倒せばよかった。それならばこれほどの後味の悪さを感じなかっただろうと、洸竣
は酷い後悔に唇を噛み締めるしか出来なかった。



 「洸竣・・・・・様・・・・・」
 取り残された黎は、ただその名を呼ぶしか出来ない。
自分の言った言葉の何が洸竣の手を止めたのか全く分からないままで、それでも洸竣の気持ちが途切れてしまったのは確かで、
黎はどうしたらいいのか分からなかった。
 「・・・・・僕の、せいだ」
(僕が何か、洸竣様のお気に障ることを言ったから・・・・・)
 「・・・・・っ」
 こんな自分を大切にしてくれる洸竣に何とか恩返しをしたかったのに、結局はあんなに辛い表情をさせることしか出来なかった。
 「・・・・・」
ゆっくりと、黎は脱がされた夜着を手に取った。
何時までもこんな恰好をしていても、洸竣は戻ってきてくれないであろうし、風邪を引いてしまったら洸竣の世話をすることも出来
ない。
 「お世話・・・・・お世話をちゃんとしないと・・・・・」
洸竣を受け入れることが出来なかった自分が出来ることは限られてしまっている。黎は何度も口の中でその言葉を繰り返しなが
ら寝台の上に座り込んでいた。