必定の兆し
28
お互いの高ぶった感情が鎮まった後、海藤は真琴を寝室に残し、熱くした濡れタオルを持ってきた。
海藤は涙で濡れた真琴の顔も可愛いと思っていたが、真琴自身は気になって仕方が無かったのか、海藤からタオルを受け取る
と直ぐに顔を拭っている。
一緒に持って来たミネラルウォーターで喉を潤した真琴は、ようやく照れたような笑みを向けてくれた。
「ごめんなさい、興奮しちゃって」
「いや、お前は俺より度量が広い」
「え?」
「俺みたいな男を許してくれるくらい、優しい」
真面目に言ったつもりだったが、真琴はものの例えのように思っているのか、笑いながら首を横に振っている。
海藤も、それ以上は言わないつもりだった。真琴に改めて覚悟を促すようなことは言いたくなかったし、それよりも先に伝えなけれ
ばならないことがある。
「真琴」
「はい?」
「俺は、覚悟を決めた」
「え?」
「権力というのは、余計な柵を生んで、動きを制限するだけの無用の長物だと思っていたが・・・・・今回のことで、それは確かに
力があるものだと思い知った」
理事選をどうにかして切り抜けたのは、ある程度の地位に着いた人間のその後というものを考えたからだ。
海藤自身、そんなものに胡坐をかくつもりは無かったし、人間をコマのように動かすつもりも無い。しかし、周りは大きな組織の中
枢にいるということを聞いただけで、見る目が違い、態度も変化してくるだろう。
なにより、普通の生活をしている真琴に煩わしい思いをさせたくないという一心で、何とかあの時は理事になることを避けることが
出来たが、今回の高橋や才川の件で、しみじみ力が欲しいと思った。
今回、動いてくれたのは江坂だが、彼のように歳若くても理事という地位にいれば、その力をある程度自由に行使出来る。今
回はそれが強烈に羨ましいと思った。
「海藤さん?」
「・・・・・次に、理事への昇格の話があれば、受けようと思っている」
「・・・・・それって、前、選挙がどうとかっていう?」
「ああ。今回は多分選挙ではなくて組長の推薦になるだろう。その分、周りからのやっかみも大きいかもしれないが、そのことが結
局お前を守れるということに繋がるしな」
「お、俺・・・・・」
「これまで以上に露出も多くなるし、お前に迷惑を掛けることもあるかもしれない。それでも・・・・・」
離したくない。
ベッドの上で抱き寄せた真琴の肩に顔を埋めながら呟いた海藤は、真琴の返事を聞くのが怖かった。嫌だと言われても今更離す
ことなど出来ないが、出来れば彼に望んで・・・・・。
「俺、一緒にいるって、約束しましたよ?」
「真琴」
海藤は真琴を見つめた。
理事という立場がいったいどんなものなのか、はっきり言って真琴はよく分からなかった。
ただ、真琴の知っている範囲で理事と呼ばれている江坂に対して、海藤や、他にも知っているヤクザの組のトップという男達が頭
を下げ、敬語で話すところを見て、すごく偉い人なんだなと思うくらいだ。
きっと、今以上に忙しくなるだろうし、責任のある立場になるのだろう。こういう世界でどんどん上に上がっていくということがいいこと
かどうかは分からないが、真琴は海藤の選択を自分が止める権利はないと思っているし、その世界のことは何も出来なくても、顔
を合わせたらホッと安堵出来る位置にいたいとも思ってる。
(よく分からないってことが幸せなのかも)
もしかして、この世界のことを良く知っていたら、とても今のような落ち着いた気持ちではいられないかもしれない。
「真琴」
「海藤さんと、周りの人が危なくないなら、俺はいいです」
「・・・・・」
「ね?」
首を傾げると、海藤の顔がゆっくりと近付いてくる。
(キス、だ)
海藤とのキスはとても幸せな気持ちになるので大好きだ。真琴は目を閉じ、重なる唇を素直に受け入れた。
何度抱いても、そのたびに奇跡だと思ってしまう。
自分のように汚れた人間に与えられるには真琴はあまりにも綺麗過ぎて、それなのに、当の本人は少しの躊躇いも無く自分の腕
の中に落ちてきてくれるのだ。
これまでも、何度も泣かせるようなことがあっても、真琴は手を差し伸べてくれた。海藤はその手を、しっかりと掴んで離さないよう
にしなければならない。
「んっ」
クチュ
そっと舐めると、素直に解かれる唇。海藤が舌を差し入れて真琴の舌と絡ませると、教えたとおりに返してくる素直な舌。
口腔を愛撫し、歯列を舐め、唾液を啜りながら、海藤は真琴のパジャマのボタンを外していき、開いた胸元に手を滑り込ませた。
「・・・・・っ」
手が冷たかったのか、真琴の身体がブルッと一瞬震える。それを宥めるようにキスを続けながら、海藤は胸の飾りを指先で摘ん
だ。
「・・・・・!」
敏感な身体が、その瞬間ピクッと揺れて、反射的に真琴の歯が自分の口腔内にいる海藤の舌を噛んだ。
「ごっ、ごめんなさいっ」
「・・・・・」
海藤はペロッと自分の舌を舐める。少しだけ血の味がしたが、これくらい痛みというほどのものではなかった。
「気にするな」
「で、でもっ」
「このまま、受け入れてくれ」
謝るくらいなら素直に感じて欲しい。その思いを込めた言葉を囁くと、海藤はベッドの上に真琴の身体を仰向けに押し倒した。
明かりはつけたままだ。
眼下には、少しだけ日焼けした真琴の肌が余すことなく晒されて、海藤はそのまま首筋に顔を下ろし、ゆっくりと官能を探るように
舐めあげる。
「あっ」
首筋から、鎖骨、そして胸へと、滑らかな肌を味わうように舌を這わしながら、海藤は片手で真琴の髪を撫で、もう片方で細い
腰を撫でさすった。髪を撫でられることで真琴は少し安心したのか、目を閉じて海藤の愛撫を受け入れ始めた。
「・・・・・ふっ・・・・・んっ」
「声は、殺すなよ」
「あっ」
自分の手に、唇に感じているという証拠を隠さないで欲しいと、海藤は立ち上がった乳首を口に含み、高い声が耳に届くのに思
わず笑みを浮かべた。
(む、ムズムズする・・・・・)
セックスは、気持ちがいいものだ。
自分でも知らない身体の隅々まで舐められるのは恥ずかしいし、あられもない格好で身体を重ねることにも慣れたわけではない
が、好きな相手と身体を重ねることが出来るのは本当に幸せなことだと分かっているつもりだ。
「ふ・・・・・っ」
海藤のキスだけで身体が高ぶり、下半身が反応してしまったのは、彼の腹にそれが当たる感触で分かる。
どうしようと戸惑うものの、自分の足に当たる海藤の下半身も、僅かに力を持ってきたことにも気付いて、真琴はうっすらと目を開
け、まだ服を脱いでいない海藤のシャツを引っ張った。
「・・・・・」
乳首を愛撫していた海藤が、顔を上げる。彼の形の良い唇が濡れているのが妙にエッチだと思いながら、これ、と、もう一度シャ
ツを引いた。
「かいど・・・・・さん、だけ、ズルイ」
「真琴」
「これあると、寂しい、から」
たったシャツ一枚といえど、自分達の間を阻むものがあると悲しい。十分に感じる彼の身体の熱さだが、このシャツが無ければ直
接感じることが出来るのだ。
「分かった」
チュッ
海藤は宥めるように真琴の唇にキスをすると、身体を起こして服を脱ぎ始めた。
綺麗に筋肉のついたしなやかな身体。この身体が今から自分を征服してくるのだと思うとドキドキとしてしまう。
(も、もう、何度も見てるのに・・・・・)
こうして海藤の身体を見るたびに、恥ずかしくてたまらなかった。
「・・・・・」
「真琴」
一糸纏わぬ姿になった海藤が、改めて真琴の顔を覗き込んできた。ちらっと視界に入った海藤のペニスは、服越し以上に勃ち
上がっていて、彼も自分に欲情してくれているのだということが分かってホッとする。
(ちゃんと、俺に感じてくれてるんだ・・・・・・)
愛しているという言葉を何度掛けられても、男である真琴には常に消えない負い目がある。男同士でセックスするという関係は、
幾らお互いが納得したものであっても何も生み出せない関係には変わりなかった。
だからこそ、その一瞬一瞬が貴重で、幸せなことだと思う。その一瞬が、これから先もずっと積み重なっていってくれたらと願う。
(大好きだから・・・・・)
この人を手放したくないから、どんな出来事があっても立ち向かっていきたい。真琴はそう思っていた。
滑らかな真琴の肌を撫で、海藤は勃ち上がっていた真琴のペニスを掴んだ。
「あっ」
「・・・・・」
手の中でピクッと震えるペニスを指先で撫で、シュッと竿を擦りあげる。始めの段階ではまず真琴を感じさせることから始める海藤
は、そのまま一度イかせるためにと手を動かし続けた。
「んっ、んっ」
一瞬、口を塞ごうと延ばされた手は、健気にも下ろされてシーツを掴む。海藤に声を殺すなと言われたからだろうが、そこまで自
分の言葉に忠実にならなくてもいいと思っている。
日常生活はもちろん、こんな、人間の欲望が剥き出しになるセックスの時も、真琴はもっと我が儘になって欲しい。声を聞きたいの
はもちろんだったが、それを耐え忍ぶ表情というのも海藤は好きなのだ。
(本当に・・・・・真琴は俺を甘やかす)
真琴は、自分が海藤に甘えていると思っているようだが、それは間違いだ。真琴が海藤の全てを許してくれるからこそ、海藤は大
きな気持ちで真琴を受け入れることが出来る。
「ふっ、あっ、あっ」
クチュ グチュ
先端から滲み出てきた先走りの液のせいで、動かす手も滑らかになる。
剥き出しになった赤みを帯びた先端が放出を願っているが、後もう少し、我慢をさせればその快感は更に深く、大きくなるのだ。
「真琴」
「・・・・・っ!」
耳元で名前を囁いた時、真琴はピクッと腰を動かしたが、海藤が竿の部分をしっかりと握っているので射精が出来ない。
離してと、涙で濡れた瞳を向けられたが、海藤はその目元にキスをしながら、もう少し我慢しろと言った。
「で、でもっ」
「こんなに早くてもいいのか?」
コクコクと、真琴は頷いた。
「お、願・・・・・いっ」
真琴に懇願されて、海藤は嫌とは言えず、そのまま唇を重ねて吐息を奪いながら、ペニスを擦る手を早めて・・・・・間もなく、自分
の手の平に熱い飛沫が絡まるのを感じた。
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