必定の兆し




30








 ギシギシと、まるで軋むように自分のペニスが真琴の狭い肛孔に突き刺さっていく。
まだ前準備が十分足りなかったのはそれだけでも分かり、海藤は自分の身体の下で痛みに硬直する真琴の頬に、宥めるように
何度もキスをした。
 自分でさえ、こんな痛みを感じているのだ、受け入れる側の真琴の衝撃はそれ以上だと分かってたが、海藤は更にペニスを奥
へと進める。
ここで止められなかったし、真琴もきっとそれを望んでくれている・・・・・自分勝手だが、そう思った。
 「真琴・・・・・」
 「・・・・・う・・・・・ぐぅ・・・・・」
 「真琴」
 「・・・・・はっ、はっ」
 何度も身体を交えたことで、真琴もどうすれば早く苦痛が消え去るのかを感覚で覚えているようで、何度も浅く息をしながら身
体から力を抜こうとしている。
 それに合わせるように、海藤はペニスを深く沈めていき、
 「・・・・・ぐっ」
 「全部、入ったぞ」
真琴の尻に自分の下半身がピッタリと重なってそう言えば、汗ばみ、涙ぐんだ真琴が、ホッとしたような笑みを向けてくれた。
まだ痛みはあるようで、顔色も青白かったが、それでも、嬉しいと言ってくれる。
 「は、はずか、し、けどっ、一番・・・・・っ、貴士さ、ん、感じる・・・・・っ」
 「ああ、俺も、こうしていると、お前を一番近くに感じる」
 抱いているのは自分だが、海藤は真琴とセックスする時は何時も自分の方が抱かれているような気持ちになっていた。
一番最初の時の、あの強姦紛いのセックスでさえ、今思えば世間から遠く離れ、全てを無機質なものとして見ていた自分に、人
間らしい欲望や執着を植えつけるものだったように思う。
 自分のような男に目を付けられてしまった真琴には可哀想に思うが、もう手放すことなど考えられない。真琴に背を向けられてし
まえば、今度こそ海藤は人間らしい感情を一切捨てた、機械になってしまうだろう。
 「・・・・・っ」
 強く、その身体を抱きしめれば、震える手が自分の背中に回り、力なくだが・・・・・抱きしめ返してくれる。
 「真琴・・・・・っ」
 「・・・・・き、す、き・・・・・っ」
言葉と同時に、内壁が海藤のペニスに熱く絡み付いてくる。
嬉しくて、意味も無く泣きたくなって、海藤は何度もうわ言のように好きと繰り返す真琴の唇を衝動的に奪った。




 腹を突き破るほどに、海藤は律動を繰り返す。
まだ苦しくて、ズキズキとした痛みも感じるのに、それでも真琴は海藤に必死にしがみ付き、更に深く交わることを求めた。
(好き、好き、す・・・・・きっ)
 好きという気持ちが胸の中に渦巻く。
 「はっ、あっ、あっ」
 「・・・・・っ」
 「い・・・・・ぱ・・・・・っ」
 「真琴・・・・・っ」
 「す、き、すき・・・・・き・・・・・っ」
こんな風に組み敷かれ、同じ男に身体を支配されても、嬉しさしか感じない。もちろん、それは相手が海藤だからで、海藤以外
の誰かとこんなことは絶対に出来ない。
(それが、たとえ・・・・・女の子、でもっ)
 男でなくなったとは思わないが、女の子を抱く自分というものを真琴は想像出来なかった。
誰かを可愛いと思うことはあるが、それが欲情には直結しない。そう、真琴が発情するのは海藤だけだ。
 「あっ・・・・・ふっ、う・・・・・っ」
 だから、真琴は海藤を抱く。
ペニスを入れるという行為はしなくても、自分を抱く海藤をこうして抱きしめていようと思う。
 「・・・・・っ」
 意識しないまま、真琴は自分の身体の中に深く入り込んでいる海藤のペニスを締め付けた。もっと、もっと、奥に入り込んでくれ
たら、真琴も、もっと深く、強く、海藤を抱きしめることが出来る。
 「・・・・・!っ」
 そうして、硬い海藤の腹に何度も擦れた真琴のペニスは、我慢出来ずに再度精を吐いた。
 「・・・・・っ」
次の瞬間、海藤は眉根を寄せ、何度も深く内壁を抉り、やがてその最奥で精液を迸らせる。
熱いもので、自分の身体の中を満たされていく・・・・・真琴は、汗ばんだ海藤の顔を見上げた。きっと、自分も同じような・・・・・い
や、海藤とは比べ物にならないほどみっともない顔をしていると思うが、それでも幸せで嬉しくて、思わず笑みを浮かべると、海藤も
目を細めて笑いかけてくれた。




 「・・・・・ん・・・・・」
 目覚めが近いのか、真琴は小さく呻く。
すると、やんわりと温かいものに包まれて・・・・・真琴はゆっくりと目を開けた。
 「あ・・・・・」
 「おはよう」
 「お・・・・・はよ・・・・・ござい、ます」
 目の前に、海藤の顔があった。
夕べ、半分気を失うようにして眠りに落ちたのだが、目が覚めて海藤がまだベッドにいるとは思わなかったのだ。
 何時も朝食の用意をしてくれる海藤は、自分よりも先に起きて、真琴は後から起こされるか、慌てて自分も起きて手伝うという
パターンがほとんどだった。
 だからではないが、今日も当然のように海藤はいないと思っていた(そう思うこと自体申し訳ない)のだが、海藤は真琴を抱きこむ
ようにして、まだ同じベッドに横たわっていた。
 何時もと違うその様子に一瞬驚いたものの、次に感じたのは嬉しさだ。目が覚めて、大好きな人の顔を一番最初に見ることが
出来るのは嬉しい。
 「・・・・・海藤さん」
 「ん?」
 「・・・・・」
 何でもなく名前を呼んで、答えてくれる海藤に思わず笑ってしまう。
そんな自分に怒ることも無く、海藤は朝一番のキスをしてくれた。




 深く身体を合わせて、真琴の身体を清めてやった後は、そのまま同じベッドに眠って。
海藤は幸せな気分で眠りに落ちた。
 実際に、真琴の中に精を吐き出したのは二回で、本当はもっとと身体が求めていたのも確かだが、それ以上に心が満たされて
いたこともあり、色々あって疲れているだろう真琴の身体のことを気遣った。

 「あ・・・・・」
 「おはよう」
 次の朝、目覚めた真琴は自分が隣にいたのに驚いたようだが、今まで側にいなければならない時、自分のことを優先して真琴
の傍にいられなかったことを後悔していた海藤は、今日だけは真琴が目覚めるまで傍にいたいと思っていたのだ。
 予想通り、真琴は驚きが過ぎ去ると、とても嬉しそうに自分を見つめてくれた。海藤もその表情を見て幸せな気持ちになり、昨
日までの出来事は全て終わったのだと実感出来た。

 ゆっくり休んでいるようにと言ったが、真琴は傍にいたいからと可愛いことを言ってくれ、今朝は2人で朝食の準備をした。
夕べのセックスのせいで身体が重そうに見えたが、それでも表情は見違えるほど明るい。
 「海藤さん」
 「ん?」
 ただ、呼び方がまた元に戻ってしまったのには苦笑を漏らしてしまうが、真琴が海藤を名前で呼んでくれるのは2人きりの特別な
時だと諦めるしかない。
きっとこの先、何時でもそう呼んでくれる日が来るだろうと、海藤は真琴の次の言葉を待った。
 「あの・・・・・」
 「・・・・・」
 「えっと・・・・・」
 言い難いことなのか、珍しく真琴は口ごもっている。それでも海藤が黙って次の言葉を待っていると、真琴は思い切ったようにサラ
ダ用の野菜を洗っていた手を止めて言った。
 「宇佐見さんに、電話してもいいですか?」
 「・・・・・宇佐見?」
 「凄く、心配してくれていたから、あのっ、俺のことだけじゃなくって、海藤さんのことも心配していたと思いますよっ?」
 「・・・・・」
(それは、無いだろうがな)
 あの男が自分を心配してくれるということは考えられない。それよりも、真琴に影響があるのではないかと思って、その身辺に目を
光らせているという方が合っているだろう。
 真琴に特別な感情を抱いているらしい宇佐見と、宇佐見を憎からず思っている真琴と、例え電話越しでも接触することを歓迎
はしないが、今回のことで世話になったことも事実だ。
 「ああ、してやれ」
 「・・・・・いいんですか?」
 「あれも、お前の口から全てが終わったと聞く方がいいだろう」
 相容れない、半分だけ血の繋がった兄弟。お互いにお互いの存在を真正面から認めているということは無いが、それでも切り離
せないのならば・・・・・。
(それなりに、付き合っていくしかないだろう)
もちろん、これ以上真琴に近づけるつもりは無いがなと、海藤は真琴の好きなスクランブルエッグを作りながら思っていた。




 食事が終わり、出掛ける用意をしている海藤の傍で、真琴は携帯電話を取り出した。
海藤のいない時に電話をするのはなんだか悪いと思ったので、彼がまだマンションにいるうちに電話を掛けようと思ったのだ。
 『・・・・・どうした』
 新しく教えてもらった電話に掛けると、数コールの後相手が出た。
液晶に出た電話番号で、それが真琴からかと分かったのだろう、宇佐見は直ぐにそう言ってきた。真琴の名前を出さないのはこちら
を気遣ってくれているのだなと、真琴は素直に考えた。
 「朝からすみません、今、いいですか?」
 『車の中だから構わない』
 どうやら、警視庁の建物の中にはいないようだ。それを聞いた真琴は少し緊張を解いて言葉を続けた。
 「あの、どうしてもお礼を言っておきたくて。今回のこと、ありがとうございました」
 『・・・・・何のことだ?』
 「宇佐見さんが心配して連絡をくれたから、海藤さんも、俺も、こうして無事でいられます。本当に、ありがとうございます」
 『・・・・・』
 「昨日、全部解決しました」
 『・・・・・終わったのか』
顔が見えないが、宇佐見の言葉の中には明らかな安堵の響きが感じ取れた。表面上はあまり感情を見せない人だが、本当はと
ても優しい人なのだと思う。
(そんなところ、海藤さんに似てるかも・・・・・)
そう言ったとしたら、海藤はともかく、宇佐見はきっと嫌な顔をするだろうが。
 『多分、その男は知っていると思うが、こちらの方も片付いた。あくまでも、警察内部の力で、だが』
 「はい」
 例え、海藤が何らかの働きかけをしたとしても、その事実を認められないという宇佐見の立場は理解出来るので、真琴は素直
に頷いた。
 『真琴』
 「はい」
 『・・・・・その男から逃げたくなったら何時でも連絡をして来い。俺はお前の味方だ』
 「・・・・・ありがとうございます。でも、俺の方が海藤さんを捕まえてるから、逃げるなんて考えられません」
 『・・・・・』
 電話の向こうではしばらく沈黙が続き、それでも、何時でも連絡をしろと言ってから宇佐見は電話を切った。
短い電話の間、宇佐見が一言も海藤を卑下するようなことを言わなかったことが嬉しくて、電話を切った真琴は顔を上げて海藤
を見る。
 じっとこちらを見ていたらしい海藤は、真琴の視線に柔らかく笑んだ。
 「俺も、逃げるなんて考えられないな」
相手の声は聞こえなくても、真琴の言葉でどんなことを話していたのか予想はついたのだろう。そう言う海藤に、真琴も同じですね
と言って笑った。