必定の兆し













 キスをした時、真琴は一瞬身を引いて、そろそろと上目遣いで海藤を見た。
 「あ、あの、匂い、しないですか?」
 「匂い?」
 「餃子、食べたし」
少し恥ずかしそうに言う真琴に、海藤は目を細めた。もう数え切れないほどにキスをしてきたというのに、未だにこんな些細なことが
気になるのかと、真琴の気持ちに自分の気持ちまで優しくなってしまう。
 「お前は気になるか?」
 「え?」
 「俺も、お前と同じものを食べているぞ」
 「ぜ、全然っ!そんなのっ、全然気にならないです!」
 「じゃあ、俺も同じだ」
 真琴はどうして分からないのだろうか。
海藤は真琴の涙も、汗も、精液も、全てが甘く感じてしまうのを。愛しい相手だからこそ、その全てを受け入れることが出来るとい
うことを。
そして、それはきっと、真琴も同じ思いなのではないだろうか。




 合わせた唇から、海藤の笑みが伝わってきた。
風呂に入った時、ちゃんと歯磨きを何度もしたので大丈夫だろうとは思ったものの、やはり少し気になってしまったのだ。好きな相手
には、少しでも綺麗な自分を見せたい・・・・・それは、男同士でも同じではないかと思う。
 「ふ・・・・・っ」
 激しくはなく、じわじわと真琴の官能を高めるような、柔らかで優しいキス。絡める舌も奪い合うものではなく、どちらかといえば真
琴の緊張を解してくれるもので、その優しい愛撫に、真琴は羞恥と共に欲望が強まってきた。
 「真琴」
 「・・・・・」
 自分の名前を呼ぶ海藤の声が好きだ。
そして・・・・・。
 「・・・・・貴士さん」
この時だけは、海藤を名前で呼ぶことを許している自分の声も、きっと海藤は気に入ってくれているのではないかと思う。
目の前の瞳が嬉しそうに笑み、直ぐに応えるように頬に、首筋にキスをしてくれる海藤の首に真琴も手を回し、大好きと耳元で囁
いた。
 「愛してる」
 「・・・・・っ」
 自分の伝えた以上の言葉を返してくれる海藤に、真琴の心が振るえ、それに連動するかのように身体の熱が上がってくるような
気がする。海藤の言葉一つで自分の身体が変化する・・・・・そう思えば思うほどに、真琴は走り出す欲望を抑えきることが出来な
かった。




 「あっ、ふぅんっ」
 立ち上がったペニスを手の平に包み、擦りながら唇を重ねた。
ただ肌を合わせるだけでも海藤の欲望は高まり、既に真琴の足を突き上げるほどに勃ち上がっているが、愛しいという気持ちに限
度などなく、共にいる年月が長くなったとしても、愛情が薄れることなどない。
 海藤はそのまま胸元の飾りに手を止めた。
既に何度も口で愛撫したそれは硬く、ぷっくりと立ち上がっていて、親指の腹で押しただけでも真琴は甘い声を上げた。
 「そ、それ・・・・・っ」
 「ん?」
 「そこ・・・・・やだ・・・・・っ」
 「こんなに可愛くなっているのに?」
 真琴が胸の愛撫に羞恥を激しく感じるのは、男だからという先入観が先にあるからだろう。男である自分が女のように胸を愛撫
され、快感を得ることなどあってはならないと思っているようだが、大きさなどは関係なく、ここには快感が隠れているのだということを
海藤は何度も教えた。
 自分が抱いているのは女ではなく、真琴だ。身代わりなどではなく、もちろん一時の興味でもなく、愛しい相手だからこそその身
体の隅々まで味わいたいし、見ていたいし、快感を高めてやりたいと思う。
(何度伝えても、納得はしてくれていないようだが・・・・・)
 真琴は自分が経験がないだけに女の身体に幻想を抱いているのかもしれないが、全ての女が良い身体をしているとは言えない
し、なにより、海藤はその誰をも愛しいと思ってはいなかった。
好きな相手を抱く・・・・・それは、真琴と知り合い、想いを通わせて初めて経験したことだ。
 「分かってる」
 「・・・・・んっ」
 「お前は、女じゃない」
 「・・・・・!」
 「お前の胸だから、愛しくて可愛がっているだけだ。別にここが大きかったらと思っているわけじゃないぞ」
 笑みを含んだ声でそう言いながらペニスを弄ると、細い腰がむずかるように動き始める。ピクピクと手の中で暴れるそれに限界が
近いのかとさらに動きを早めれば、真琴は声を押し殺しながら精を吐き出してしまった。
 「はぁ、はぁ、はぁ」
 顔を紅潮させ、真琴は海藤に視線を向ける。
海藤はそんな真琴に見せ付けるように、精液で濡れた自分の指先を舐めてみせた。
 「・・・・・」
 その仕草に、自分の身体の下にある真琴の身体がピクッと震えるのが分かり、真琴の欲望がまだ納まっていないことを海藤に知
らせてくれた。




 「お、俺も」
 「真琴、いいから」
 「俺が、したいからっ」

 自分の吐き出したものを海藤が舐めるといった行為は恥ずかしくて、申し訳ない。
真琴も、何度も海藤のペニスを手や口で愛撫をしてきたが、吐き出された精液を全て飲み込むことはなかなか出来ないでいた。
 もちろん、それが汚いとは思っていないし、自分自身がそうしたいと思っているのに、出来ないことがもどかしく・・・・・それでも、海
藤は一度も責めることはなく、無理はするなと言ってくれる。
 「ぐふ・・・・・っ」
 唇の端から零れる白い液を指先で拭ってくれながら、嬉しそうに笑ってくれる海藤を見ると、そこでごめんなさいと謝るのもおかし
な気がした。
 「よく頑張ったな」
 「か・・・・・」
 「違うだろう?」
 「・・・・・貴士さん・・・・・」
 多分、自分のぎこちない口淫でイクことさえもやっとだったと思うのに、それでも気持ちがいいと言ってくれ、嬉しいと微笑み掛けて
くれるのが心苦しい。
 「ふむっ」
 そのうえ、海藤は直ぐにキスをしてきて、口腔内に残っている精液を舐め取ってくれるかのように隅々まで舌を動かしてくれ、真琴
はそれだけで息が上がってしまった。
 「た、貴士さ・・・・・っ」
 再びもたげてくる自分のペニス。このままではまた自分だけがイッてしまいそうだと思った真琴は、自分の唾液と精液で濡れた海
藤のペニスに手を触れながら、お願いと呟いた。
(1人でイクの、やだ・・・・・)




 グチュッ

 「ひ・・・・・っ!」
 解した蕾にペニスの先端を宛がい、体重を乗せてじわじわと狭いそこに沈めた。指1本でさえきついはずのそこは、海藤のペニスを
柔軟に受け入れてくれる。
狭い肛孔内は侵入してきたペニスに直ぐに絡みつき、きつく絞り込んできた。
 「・・・・・っ」
 何処までも奥に引き入れようと蠢く柔らかな襞は心地良くペニスを包んでくれるが、そのきつさと熱さは容赦なく海藤のペニスを刺
激してくる。それは更なる快感をもたらして、突き入れたペニスをさらに大きく鍛える結果になるのだ。
 「ふぁっ、あっ、んあっ」
 「・・・・・っ」
 「たっ、たかっ、貴士さ・・・・・っ」
 組み敷いた細い身体は自分の動きに呼応するように揺れ、持ち上げた白い足が力なく揺れるのが目の端に映る。
眼下にある愛らしい顔は汗ばみ、目元のホクロが涙で濡れているのが艶っぽい。普段の温和な真琴からは想像出来ない、セック
スという快楽に溺れている者の顔。
喘ぎ続ける唇の端からは飲み込むことの出来ない唾液が零れて、海藤は身を屈め、それを舌で舐めとった。
 「ふ・・・・・っ」
 角度が変わってしまった挿入に真琴は呻くものの、海藤は動きを止めなかった。いや、止めることが出来ないのだ。

 グリュッ グチュ

粘膜と液体が擦りあう淫らな水音と、身体がぶつかり合う音。
深く深く、繋がり合うことが出来るこの行為に、真琴だけでなく海藤自身も没頭し、深みに嵌っていく。
 「・・・・・っ」
 海藤は自分の腹筋で擦れていた真琴のペニスを手で掴み、肛孔への突き入れと同時に擦り、再度の射精を促してやった。
すると、さらに内壁の伸縮が激しくなり、海藤はキリキリと締め付けてくるそこを切り裂くように腰を動かし続ける。
 「もっ、もっ、だ・・・・・めっ」
 「いいぞっ」
 泣き声を含んだその声に答え、先端部分を爪で引っ掻いてやると、真琴はそのまま精を吐き出してしまう。その刺激で、さらに絞
まってくる内壁に、海藤も最奥を突いて射精をした。
 「う・・・・・ぁ・・・・・」
 ピクピクと震える身体の中に、自分の全てを注ぎ込むように海藤は動きを止めず、内壁は多分自分の精液で濡れそぼっている
だろうと音だけで想像出来た。
 「真琴・・・・・」
 「・・・・・」
 まだペニスを挿入したまま名前を呼ぶと、真琴の唇が自分の名前の形に動くのが見える。
 「無理をさせたな」
 「・・・・・」
首を振る代わりには、瞬きが一つ。
これがお互い同意の上の行為だということを真琴は十分理解しているのだろうし、それを自分にも伝えてくれているのだろう。
 「・・・・・」
 淫らなセックスの後、まだお互いの身体が繋がっている状態だというのに、こんなにも心が温かく、優しい気持ちになれるのは、お
互いがお互いの気持ちをよく分かっているからだ。
 「愛してる」
 「・・・・・も」
 「・・・・・分かってる」
 「・・・・・てる」
 言葉にならないことがもどかしいかのように、真琴は何度もそう伝えてくれ・・・・・何度目になるだろうか、ようやく、
 「あい、して・・・・・る」
そう言葉に出来たことが嬉しいのか、真琴は涙で濡れた顔を綻ばせ、海藤はそれを褒めるために、幾つもの軽い口付けをその顔
にふらせた。