必定の兆し













 車の中から何度か電話をし、ようやく待ち合わせの場所を決めた真琴は、安徳と共に東京駅丸の内北口のみどりの窓口の前
へと急いだ。
 「真琴さん、出来るだけ私の側に」
 「は、はい」
城内は駅前で車に乗ったまま待機をしている。真琴はどちらかといえば気さくそうな城内と一緒の方がいいなと思ったが、もちろん
それを安徳に言うことは出来ずに、少し緊張したまま足を動かた。
 「あっ」
 「マコ!」
 夏休みの東京駅には、昼前でもかなりの人間がいる。それでも、真琴は直ぐに弟が分かったし、真哉も真琴の姿を見付けて手
を振ってきた。
突然の訪問を叱ろうと思ったものの、懐かしい面影を見れば怒りの言葉は直ぐに出てはこない。思わず頬を綻ばせた真琴は近付
くにつれて以前とは違うということに気がついた。
 「わ・・・・・どうしたんだよ?背、伸びた?」
 「うん。もうマコを追い抜かすな」
 「や、やめてよっ、弟に抜かされるなんてショックだよ〜」
 真琴の身長は171センチだ。いや、もしかしたらもう1、2センチは伸びたかもしれないが、それでもこの歳の平均より少し低いか
もしれない。
それに比べて真哉は、今年中学2年生になったばかりだというのに、もう自分と目線が同じくらいだ。この歳でこの身長はきっと高い
方だろう。上の2人の兄は共に190センチ近くで、父親もあの年代にすれば身長が高い方なので、きっと遺伝的には身長が高い
家族なのだとは思うが、なんだかこのままでは自分1人だけ見下ろされてしまう恐れも出てきた。
 「この間会った時は、まだ俺の方が全然高かったのに〜」
 「この間って、マコ、正月から一度も帰ってないじゃないか。半年以上会ってなかったら、俺だって育ち盛りなんだからでかくなって
るよ」
 そう言って笑う顔も、なんだか大人っぽくなった。
真琴は可愛い弟の変化を身近で見ることが出来なかったことを残念に思ったが、それでも、小さな頃から一緒に遊んできた弟が
順調に成長している様を見ると、嬉しさの方が大きかった。
 「じゃあ、今日いきなり来たのは・・・・・」
 「もちろん、マコに会うため。兄貴達も煩いし」
 「そっかあ。ごめんね、なかなか帰らなくて」
 「いいよ。俺もこうして来れるんだし、東京なんて近いもんだろ」
なかなか帰郷しないことを後悔する真琴を返って慰めた真哉は、その真琴の背後に視線を向けた。
 「・・・・・あの人の部下?」
 「え?あ、うん、安徳さんっていうんだ」
 「せっかくのご兄弟の対面に割り込む形になりまして、申し訳ありません」
 「いいえ、俺が急に来たんだし、それだけあの人がマコを大切に思ってくれているっていう形なんでしょうから。でも、買い物に付き
合ってくれるだろ?こっちの服や靴が見たいし」
 「もちろん・・・・・」
 真琴がチラッと安徳に視線を向けると、許可を与えるかのように頷いてくれる。
 「うん、欲しい物言っていいよ、今日は俺が買ってあげる」
 「そんなこと言っていいのかな〜」
ほとんど身長の変わらない弟と、真琴は肩を並べて歩く。久し振りの再会では話すことはたくさんありすぎて、今夜帰すことが出来
るのだろうかと真琴の方が心配になってしまった。




 「へえ〜、あの真君がね〜」
 倉橋から海藤のスケジュール変更の理由を聞いた綾辻は、懐かしそうにそう呟いた。
綾辻自身も何度か会ったことのある真琴の弟、真哉。どこかのんびりとしている真琴とは違い、歳の割にはしっかりとしている印象
が強かった。
しばらく会っていないのでどんな少年になったのか、純粋に見たいなと思ってしまう。
 「私も行きたいな〜」
 「あなたにはすることが溜まっているでしょう?それを片付けない限り暇は無いはずですよ」
 ペーパーナイフで手紙の封を開いている倉橋は、ばっさりとそう言いきる。せっかく2人で話しているのに視線も向けてくれないの
かと、綾辻は少しからかうように言ってみた。
 「克己を可愛がること?」
 「・・・・・」
 「冗談よ」
 鋭いペーパーナイフの切っ先が頬に当てられ、綾辻は降参だと両手を上げた。それにチラッとだけ視線を向けた倉橋は、再び作
業を再開する。
 「・・・・・仕事を片付けたら、いいですよ」
 「え?」
 「・・・・・」
 「やった!今の言葉、忘れないでよっ?」
 たとえそれが単に口から滑り出た言葉でも、この耳はきちんと聞き取ってしまった。綾辻はウインクをしてそう念押しするように言う
と、溜まっている仕事をさっさと片付けるために自分の仕事部屋へと急いで戻った。




 堅実な性格の真哉は無茶な買い物はせず、気に入った物の中から出来るだけ安くていい物を選んでいた。
 「え、足、28センチッ?」
 「うん。あっちじゃ、このサイズは入荷待ちだって言われてさ」
 「・・・・・」
(凄い、後2センチで30センチ・・・・・)
 真琴はまじまじと真哉を見るが、一方の弟は少しも不思議な話だとは思っていないらしく、目当てのシューズを履いて嬉しそうに
笑っている。
 「あ、あっちの色もいいなあ」
 「せっかくだからよく考えたらいいよ」
 「うん」
 身体は大きくなっても素直な物言いはそのままで、真琴は内心ホッとしながら、自ら動いて色違いのシューズを取って渡してやっ
た。
この店に入ってからもう30分近く。買うものは決めてあったようだが、実際に見ると目移りがしてしまうのは分からないわけではない。
自分達兄弟2人だけならばどんなに時間が掛かってもいいのだが・・・・・。
 「・・・・・」
 店の外と、中。見るからにヤクザというような風体ではないものの、それでも少し浮いた形の男達が自分を守る為に付いていてく
れる。申し訳ないなと思うが、それを真哉に言えば余計な心配を掛けてしまうかもしれないと思い、真琴は内心時間を気にしなが
らも真哉との時間を楽しんでいた。
 「あ」
 その時、真琴の携帯が鳴った。
 「ごめん」
多分、海藤からだろう。真哉と会ったという報告は、きっと安徳からされているだろうと思っていたので、真琴は自分から連絡をする
のを忘れていた。それを心配しているのだと思った真琴は、相手を確かめずに電話に出た。
 「もしもし」
 海藤さんと言い掛けた真琴の耳に、低い機械的な声が聞こえる。
 「メールの写真を見ろ」
 「え?」
(誰?)
声を変えているようなので、それが男か女かも分からない。聞き返そうとすると、いきなり電話は切れてしまった。
 「・・・・・」
(今の、何?)
 「・・・・・っ」
 何が何だか分からないうちに、今度はメールの着信音が響く。真琴は直ぐにそれを見たが、文章は無く、画像の添付のみのメー
ルだった。中の写真は・・・・・。
(宇佐見、さん?)
それは、昨日宇佐見と会った時の写真だ。自分と宇佐見の服からもそれは確かであるし、背景には大学の塀が映っている。
映っている者も場所も分かるものの、それがどうして自分に送られてきたのか、いや、そもそも撮ったのは、送ってきた相手は誰なの
かと思っている間もなく、またメールが届く。
 一瞬、それを開くのが怖いと思ってしまったが、このままでは何が何だか一向に分からないままなので、真琴は思い切ってメールを
開いてみた。




 よく似た兄弟だなと思う。
外見は弟の方が精悍だが、笑みや話し方は男兄弟にしては優しく穏やかで、ごく普通の日常がそこにあるように思えた。

 「いい?絶対にマコちゃんを怖がらせないのよ?」

 いきなり掛かってきた招集の電話に、細かな指示は全く無かった。
言われたことは、真琴のガード。しかし、開成会の人間にとってはそれは一番大きく、責任のある仕事だと皆納得していた。
 ほとんど綾辻の下について情報収集を主にしていた安徳も、海藤と真琴の結びつきの強さは聞いていたし、出しゃばらず、寵愛
をひけらかさない真琴に好感は持っていた。男の力を自分の力だと勘違いしている愛人達というのは、思ったよりも多いのだ。
 信頼されているからこそ任された任務。どうして自分がとか、もう1人の城内の存在は関係なく、その期待に応えるつもりの安徳
は、真琴の様子がおかしくなったことに気付いた。
 「・・・・・」
 弟の方は店員と話している。
安徳はそっと真琴の側に近付くと、携帯を見ていたらしい真琴に声を掛けた。
 「どうしました?」
 「!」
 ビクッと震える真琴の肩が、何か異変を示している。
多分、それが持っている携帯によってのことだと思ったものの、強引に奪うことはせずに、見てもいいですかと予め断った。
 「・・・・・」
 少し、迷った様子を見せた真琴だが、それでも安徳に携帯を差し出してくる。それを受け取った安徳は、そこに書かれてある文
句に目を落として、僅かに眉根を寄せた。

 【お前と、海藤と、宇佐見の関係】

 それだけしか書かれていないが、見るものにはその裏の意味が透けるように分かる。
ヤクザである海藤と、その愛人の真琴。この2人が警察内部でもキャリアと呼ばれる位置にいる男と関係しているということを匂わ
せているのだ。
 「あ、あの、写真も」
 「・・・・・」
 その言葉に操作をすれば、真琴と宇佐見のツーショットが出てきた。
(意図は、なんだ?)
海藤と宇佐見の関係は、あらかた綾辻から聞いている。他言無用と言われなくても、その情報がシークレット扱いだというのは十
分分かるし、もちろん安徳にとって大切なのは自分の親としての海藤なので、それ以外のことを気にすることも無かった。
 ただ、真琴に送られてきたこれには、深い意味がありそうな気がする。
 「マコ?」
深刻な顔をして向き合っている自分達を不審に思ったのか、それでも周りに気付かれないように弟が少し声を落として名前を呼
んでくる。その気遣いに内心感心しながら、安徳は素早く真琴に言った。
 「これ、お借りしてもいいですか?直ぐに戻しますので」
 「はい」
 真琴自身、どうしていいのか分からないのだろう、素直に頷いて弟の方へと向かう。
その姿を見送りながら、安徳は真琴の携帯から自分の携帯へと画像を送り、直ぐに綾辻にそれを転送してから電話を掛ける。
 『アンちゃん、私にラブメール送ってくれたあ?』
賑やかな声が聞こえ、安徳はええと直ぐに頷いた。