外持雨 ほまちあめ











  覚悟は、もうしているつもりだった。
ただ、あらかじめの準備というものを何をしていいのか、倉橋は部屋の中にあった露天風呂に浸かりながら考えていた。
(あの人・・・・・何か用意しているんだろうか・・・・・?)
前回身体を重ねようとした時は、お互いが吐き出した精液の滑りを利用していたはずだ。
だが、あの時は倉橋がどうしても怖くなって、綾辻は結局最後まではしなかった。
 今回は・・・・・そうはいかないだろう。綾辻は自分がどんなに痛がっても拒絶しても、絶対に最後までするだろうし、倉橋もそう
したいと思っている。
その為には、少しでも慣らしておかなければならないかと、倉橋は恐る恐る自分の尻の狭間に指を触れさせてみた。
 「・・・・・っ」
指先を少し触れただけでもかなりの衝撃で、倉橋は一瞬で指を離す。
 「む・・・・・無理だ」
(自分で慣らすなんて出来ない・・・・・)
臆病で情けない自分に、倉橋は唇を噛み締めることしか出来なかった。



 少し緊張して風呂から出た倉橋だったが、綾辻はまだ部屋には戻っていなかった。

 「大浴場に行って身体磨いてくるわね〜」

そう言って部屋から出て行ったが、それは倉橋の気持ちを落ち着かせてくれる為であろうということも分かっている。
1歳だけだが年上のあの男は、自分に対してどこまでも優しく、甘い。その優しさに今までは浸りきっていたが・・・・・今日は優し
いだけではないのだろうということも分かる。
 「・・・・・」
 部屋に並べて敷かれた布団を見ると、どうしても意識してしまって思わず視線を逸らしてしまう。
どうせならとっととヤッてしまった方が、この心臓が痛くなるほどの緊張感が消えるのではないか・・・・・倉橋はそこまで考えてしまっ
た。



 「あら、もう布団敷かれてるのね」
 それから、そう時間を置くことなく、綾辻が部屋に戻ってきた。
性格そのままに浴衣まできっちりと着ている自分とは違い、綾辻は胸を肌蹴させて無造作に着ているという感じだ。
しかし、それがだらしなく見えないのは、綾辻の持っている雰囲気と、その着こなしの妙だろう。
(・・・・・ちゃんと着ればいいんだが・・・・・)
 「あ〜、いい湯だった〜。身体中あっつい、あっつい」
 そう言いながら、胸元を更に広げてパタパタと手であおいで見せる。
そうすると、綺麗な鎖骨から意外にたくましい胸元までがさらに見せ付けられて、倉橋は視線をどこに向けて良いのか分からなく
なった。
(わ、私から誘った方がいいんだろうか・・・・・)
 流されたわけではなく、自分も綾辻を求めているのだと伝える為にも、自分から行動を取った方がいいのだろうかと思った。
倉橋も女とセックスをした事はある。
リードされることの方が多かったが、それでも自分から動いて抱いてきたのだ。立場は逆になるとはいえ、始めから終わりまで綾
辻に主導権を握らすのは悔しいと思った。
(・・・・・よし)
 倉橋は思い切って顔を上げる。
 「!」
すると、思い掛けなく近くに、綾辻がいた。
驚いたように目を見張る倉橋を、くっと笑みを噛み殺しながら見つめている。
 「百面相」
 「え?」
 「克己がこんなに色んな表情をするなんて初めて知った」
 「・・・・・私も人間ですから」
 「うん、そうね」
 「・・・・・その話し方、止めてください」
 「どうして?」
 「・・・・・なんだか、普段のあなたの姿を想像して・・・・・」
 「やりにくい?」
もう少し、違う感情のような気もするが、それが一番分かりやすい表現のような気がして倉橋は頷いた。
せっかく、綾辻が日常とは隔離されたこんな別世界に連れてきてくれたのだ、自分も真っ白な気持ちで綾辻と向かい合いたいと
思う。
 「覚悟はついたのか?」
 「・・・・・始めから、していますよ」
 「上出来」
 綾辻が手を差し出した。
 「お前が来い」
腕を引き寄せることも無く、自分の足で傍に来いと綾辻は言う。
もちろん、倉橋だってそのつもりだった。
(欲しいと思っているのは・・・・・あなただけではないんですよ)



 互いに互いの手を取り、片方の布団の上に膝を着いた。
そのまま、綾辻の手のひらが、愛おしそうに自分の頬を撫でるのがくすぐったいし、恥ずかしい。
そんな自分の気持ちを誤魔化すように倉橋はそのまま綾辻を押し倒し、その腰の上に跨るようにして膝立ちになった。
 「積極的だな」
 綾辻の声は笑っている。
倉橋が何をしようとしているのかを楽しんでいるようだ。その余裕がある態度にムッとするが、こういった場面に慣れていない倉橋
は分が悪いだろう。
(少しは、驚かせないと・・・・・)
 倉橋は一瞬考えたが、やがてそろっと綾辻の浴衣の帯に手をやった。
 「脱がしてくれるのか?」
 「・・・・・」
そう言う綾辻の軽口は無視したまま帯を解き、浴衣の前を開くと・・・・・。
 「!」
下着を着けていない綾辻の、既に半勃ちになっているペニスが面前に現れた。
(お・・・・・大きくないか?)
以前見たことがある大きさよりも、更にその大きさが増しているような気がする。
だが、それを口に出して言うと綾辻が喜ぶだけだということも分かるので、倉橋はそのことには触れないまま、自分の帯にゆっくり
と手をやった。
 「引いたか?」
 「・・・・・」
 反応の無い倉橋に、綾辻が少し声を落として聞いてくる。
それにも答えないまま、倉橋は帯を解いて浴衣を脱いだ。
 「・・・・・っ」
綾辻が目を見張る。・・・・・倉橋も、下着を着けていなかった。それが、自分の覚悟だと思ったからだ。
 「克己」
 「綾辻さん、私は、人間としては欠陥品だと思います。今まで何に対しても感情を揺さぶられることは無かったし、執着するも
のも無かった。物に対しても、自分の命に対しても・・・・・」
真上から綾辻の目を真っ直ぐに見つめながら、倉橋はもう一度・・・・・綾辻の決意を探るように言った。
 「社長と会って、少しは感情というものを持つようになったとは思いますが、それでもまだ・・・・・私は怖い。誰かを信じることも、
執着することも、裏切られることを先に考えてしまうから・・・・・怖いんです」
 それでもいいのかと、倉橋は眼差しで訴えた。
綾辻ほどの魅力的な人間だったら、自分よりも遥かに相応しい人間はいるはずだ。
 「・・・・・」
そう言いながらも縋るような目で綾辻を見つめる自分が浅ましいと思う。
しかし。
 「いいんじゃないか」
 「綾辻さん・・・・・」
 「滅多やたらに執着なんかしなくったっていいだろ。俺だって人の事は言えないしな。でも、命なんて惜しくないなんて言うのは
止めてくれ、俺の心臓に悪いから。俺はお前の命を愛おしいと思ってるし・・・・・それに、勿体無いと思わないか?俺みたいない
い男を他の奴に渡すなんて。お前が死んでも、後を追うなんてしおらしい事は言わないぞ?俺にくらいは・・・・・執着してくれよ」
 「綾辻さん・・・・・」
 「ほら、俺を襲ってくれるんじゃないのか?」
薄茶の瞳に自分が映っている。
倉橋はじわじわと身体を支配する歓喜に胸が押しつぶされるような気がしながら、身を屈めて綾辻に口付けをした。