『』内は外国語です。





 お腹がすいた。

 その太朗の言葉にアレッシオは優雅に頷いた。
 「ワインの美味い店がいいか?」
イタリアでは食事にワインは当然付き物だというようなアレッシオの言葉に、上杉が内心おいおいと突っ込みを入れながら断りを
言った。
 「申し訳ないが、タロ達はまだ未成年なんで、ワインは夜に俺達だけで」
 「え〜!」
興味津々だったのか、太朗と楓はブーブーと文句は言ったが、そこは上杉と伊崎が絶対にうんとは言わなかった。
 「それでは、パスタは?」
 「あ!それさんせー!!」
 「本場だもんね、きっと美味しいよ」
元気良く手を上げた太朗と、楽しそうに頷いた真琴を見て、アレッシオは隣の友春に視線を移した。
 「トモは?」
 「あ、僕もパスタでいいです」
 「それでは移動しようか」



 空港前に横付けされていたベンツに、海藤は苦笑が洩れた。
本来はイタリアに住むアレッシオならばイタリアのメーカーの車に乗っているのが当然のように思っていたが、安全で丈夫な高級
車というのならばこのベンツが相応しいだろうというのも分かる。
これも、名より実を取るアレッシオらしい選択だろう。
 「適当に乗って来てくれ」
 そう言うと、アレッシオは友春の肩を抱いてさっさと先頭の車に乗った。
残った海藤は上杉と江坂、そして伊崎を振り返る。
 「どう分かれますか?」
 「俺とタロと小田切と・・・・・伊崎、お前達が一緒でいいな?」
 「では、江坂理事は私達と一緒でいいですか?」
 「ああ」
 さすがにアレッシオほどの男が用意した車だけに、中も最高級な皮が使われていてゆったりとした座席だ。
大幅な改装をしているのか、運転席と助手席は隔離したまま、その後ろは全てフラットにして全員が顔を突き合わせて乗れるよ
うになっていた。
 「すっげー!!」
 「凄い!」
 「・・・・・成金趣味」
 「話がしやすくていいよね」
こういう車に乗るのが初めての年少者達が物珍しそうに車内を見回している最中、車はゆっくりと目的地に向けて走り始めた。



 「よく来てくれた、トモ」
 「い、いいえ、あの、本当にみんなも一緒に招待してくれて・・・・・あり・・・・・んっ」
 2人きりの空間になった車内でアレッシオは友春の肩を抱き寄せると、友春の言葉を最後まで聞く前にその唇を奪った。
甘やかな唇を味わうのは久しぶりで、自分がこんなにも友春に飢えていたのかと今更ながら思ってしまう。
(トモ・・・・・)
文章を交わすよりも、声を聞くよりも、この肉体に触れる方が何倍もの愛情を感じるのは当然で、友春も同じように思っていて
くれたらと思う。
少し時間は短いが、アレッシオは十分飢えていた自分の心に友春を補充しようと思っていた。



 「・・・・・」
 広い大きなテーブルに着いた一同の目の前に置かれた皿を見て、太朗が代表したようにポツンと口を開いた。
 「な・・・・・んか、思ったより・・・・・安っぽい?」
 「タロ」
 「だって、これ、何のパスタ?チーズと黒い粒々・・・・・これってコショウ?」
 「・・・・・」
(太朗君の味方じゃないけど・・・・・確かに、シンプル過ぎっていうか・・・・・あの人だったらもっと豪華なもの出しそうなイメージが
したんだけど・・・・・)
真琴も、太朗のように口に出さないがそう思う。
すると、もう1人の高校生である楓が呆れたように言った。
 「タロ、奢りなんだから黙って食えよ」
 「あ、そうか」
 たったその一言で納得する太朗も太朗だが・・・・・いや、真琴も楓の言葉に妙に納得してしまい、せっかくだから味わって食べ
ようとフォークを手に取る。
すると、そんな太朗と楓の会話に笑いを押し殺していた静が楽しそうに言った。
 「太朗君、これは〈カチョエぺぺ〉って言って、黒胡椒とチーズのパスタなんだよ。ローマの名物だから一度は食べた方が話のネ
タにはなると思うけどな」
 「え?これが名物?」
 意外にもイタリア通な静の言葉に、太朗と楓は驚いたような声を出し、真琴もへえっと感心したように皿を見つめた。
(チーズのパスタって、ローマの名物なんだ)
当たり前のように話す静を見ると、彼が自分達とは少し違う世界の人間のように思えたが、ふと視線を合わせた時ににっこりと
笑ってくれるその笑顔の中に、何も知らない相手への呆れた風はない。
 「俺も本場のを食べるの初めてなんだ。わざわざカッサーノさんが連れてきてくれるお店なんだからきっと美味しいだろうね」
 「うん」
 その言葉に素直に頷いた真琴は、いただきますと言いながら湯気が出ているパスタを口にする。
 「・・・・・!チーズ、美味しい!」
 「黒胡椒も効いてる」
始めは在り来たりなものかと思って口にしたそれは、チーズの旨みが効いたシンプルながら美味しいパスタだった。
真琴は静と顔を合わせてその感想を言い合っていたが、お腹がペコペコのお子様にはそれだけではとても足りなかったらしく、太
朗は一番に皿を空にすると、じろっと上杉の皿に視線をやった。
 「なんだ、足りないのか?」
 「だって、お腹空いてたし・・・・・」
 「じゃあ」
 上杉が自分の皿と太朗の皿を交換しようとした時、それを見越していたかのようにアレッシオが声を掛けた。
すると、殺風景だったテーブルの上に、次々と食べ物が運ばれてくる。
チーズとハムだけのシンプルなサンドイッチや、サラダ、そして・・・・・。
 「これは?」
何かを包んで焼き上げたような、春巻きか餃子のような感じの料理を指差した太朗に、アレッシオが説明をしてくれた。
 「ラビオリだ。袋状のパスタの中に野菜や肉やチーズが入っている。これもイタリアではよく食すものだ、食べなさい」
 「うん!美味そー!」
朝からたっぷりのチーズを使った朝食を一番喜んで食べた太朗は、一番最後までフォークを離さなかった。



 「美味しかったけど・・・・・絶対太る」
 車に再び乗り込んだ楓は、自分の腹を撫でながら形の良い眉を潜めた。
アレッシオが自分達に(主に友春だという事は分かっているが)出す食事が不味いはずは無いと思うし、チーズの味だけでもかな
り高級なんだろうなという雰囲気は分かるものの、朝っぱらからカロリーの高いものを太朗につられてバクバクと食べてしまったこと
に少し後悔してしまった。
 「お前のせいだ」
 チロッと太朗を見ると、お腹が一杯になって満足した太朗はえーっと言い返した。
 「そんなの、俺のせいじゃないだろ!」
 「いーや、お前のせい」
 「あのなあ!」
 「・・・・・お前ら煩い」
言い合う2人に上杉が割って入る。
 「男が多少太ってもいいだろ」
 「あんたみたいな中年太りの人間と、俺みたいな美少年は違うんだよ」
 「・・・・・お前」
 中年という言葉に引っ掛かった上杉はじろっと楓を横目で睨むものの、日頃から強面の組員達と暮らしている楓にとってはそ
んな睨みなど怖くはない。
 「まあまあ」
 「・・・・・何がまあまあだ、小田切」
 「大人気ないですよ、会長。楓君も、多少肉付きがあった方が抱き心地がいいと思いますがね。どうだ、伊崎」
 「・・・・・小田切さん」
 どうだと言われて、直ぐに答えられるような簡単な問題ではない。
上杉や小田切だけならともかく、ここには楓の遊び友達である太朗(しかも高校生)がいるのだ。あまり突っ込んだ話をしてほし
く無いというのが本当のところだった。
幸いに、太朗はその意味を深く取ることはない様子できょとんとしているが、楓の眉間にはジワジワと深い皺が刻まれ始める。
 「恭祐、俺がガリガリだと思ってるのか?」
 「楓さん、私は何も言っていないでしょう?」
食べ過ぎの話が何時しか抱き心地の話にすり替わっていて、伊崎は内心小田切を非難しながらも楓を宥めることに時間を費
やした。



 「美味しかった〜。やっぱりチーズの味が違うな〜。店長に食べさせてあげたかったぁ」
 「真琴のバイト先のピザも美味しいよ?ちゃんと材料を吟味してるなって思う」
 「本当?」
 嬉しそうに笑う真琴に、静は力強く頷いた。
(いいなあ・・・・・真琴はバイトしてて)
 容姿や家柄のせいで幼い頃から誘拐紛いのことを常に心配されていた静は、高校生になっても当然バイトをすることなど許さ
れなかった。
大学生になってからはしばらくして江坂と同居するようになったが、江坂は当然というように静にバイトをさせない。
いや、短期のものなら何回か許してはくれたのだが、それも助っ人のような一、二週間くらいの短いもので、静はバイト仲間とい
うものがどういった存在なのか想像が出来なかった。
 ただ、真琴のバイト先を訪ねた時に、真琴がとても楽しそうに働いていたのがとても印象的で、その時静は羨ましいと素直に
思ったものだった。



 静の表情の変化を見逃さなかった江坂は、そのまま視線を海藤に向けた。
静の前で真琴のことを諌める言葉は言えなかったからだ。
 「真琴、次はトレビの泉に行くらしい。今回はあまり観光地は回らない予定だったんだが、せっかくだから有名所は行っておいた
方がいいだろう?」
 「えっと、それってコインを投げるやつですよね?」
 「ああ」
 「きっと、太朗君が喜ぶだろうな」
 「あ、分かる。何回も投げそうだよね」
 「でしょう?」
 話題が変わり、真琴と静はローマの観光地について楽しそうに話している。
真琴も今回の旅が決まるとガイドブックを買ってきて調べていたので、名前だけは出て来るようだ。
 「・・・・・」
静が楽しそうに話し始めたのを確認し、江坂は安心したように窓の外を見つめている。
しかし、それは窓ガラスに映る静の顔を飽くことも無く見つめているのだという事に海藤は気付いていた。



(過保護〜)
 綾辻は一連の様子を見つめながら内心溜め息をついていた。
江坂が静にベタ惚れなのは良く知っているつもりだったが、人前でこれほど隠さないものかと少し呆れてもしまう。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
(ほら、克己も困ってるじゃない)
 真面目な倉橋は一連の江坂の言動を全て見なかったようにしようとしているようだが、時折ヒクつくこめかみを見ていると無視
出来ないのだなと分かる。
 「克己はどこ見たい?」
 「・・・・・え?」
 「観光地よ。時間が無いから早い者勝ちじゃない?ねえ、会長」
江坂の前なので会長と言う呼び方をした綾辻に、海藤は真琴から視線を離した。
 「そうだな。せっかくだから言った方がいいかもしれないぞ」
 「ほら」
 「・・・・・私は特にありませんから」
何を言い出すのだというような険しい表情をした倉橋が自分を睨みつけてくるが、綾辻にその睨みは全く通用しない。
それよりも、倉橋の意識がそれによって自分の方に向けられたことに、内心ほくそ笑みながらも表情だけはとぼけたように綾辻は
言った。
 「なあに〜、少しも楽しみな場所が無いの〜?ねえ、マコちゃん、しーちゃん、どう思う?」
 「し・・・・・っ?」
綾辻の言葉に倉橋は慌てるが、静はそう呼ばれたことに何の違和感も抱いていないらしい。
 「そうですよ、倉橋さんもリクエストがあったら言った方がいいですよ?ねえ、真琴」
 「ええ、そうですよ、倉橋さん」
 「は、はい」
 江坂の反応が気になって仕方がないのか、自分が何をしたわけでもないのに慌てたように答える倉橋を、綾辻は可愛いなと
暢気に見つめていた。






                                 






今回はローマの名物を出してみました。

次回も何か美味しい物を食べさせてあげたいです。