『』内は外国語です。





 昼間に移動する時間が勿体無いということで、夜のうちに車を飛ばして(わざわざ飛行機を飛ばすよりも、観光がてら外の景
色が見える車移動にしてくれたようだ)ナポリに着いた。
その夜はホテル(もちろん、1番の最高級ホテルらしい)に着くなり直ぐに眠ってしまったお子様達だが・・・・・。



 「ふっか〜つ!!」
 翌朝、まだ9時にもならない時間から、太朗は早速他の部屋を訪ねて回った。
上杉は眠る前のワインが効いたから起きれないなどとおじさん臭いことを言っていたが、太朗は豪奢な造りのホテルの中を見たく
て仕方がなかったのだ。
自分達の泊まっている部屋も十分広くて凄いと思ったが、部屋によっては違うんではないか・・・・・それが気になる。
 「・・・・・ああ、おはようございます」
 先ずは隣の部屋に行ってドアをドンドン叩くと、それほど待たないうちに伊崎が出てきた。
伊崎はクシャクシャの髪のままの太朗を見て思わず笑みを漏らしたが、太朗はうずうずとしたように伊崎に聞いた。
 「あの、部屋見ていいですか?」
 「ええ。楓さんはまだ眠っていますが・・・・・」
 「あ〜、いいです、俺、部屋がどんなか見たいだけだから」
 広さから言えばほとんど変わらないようだが、やはり中の装飾品は違うようだ。
生憎美術品にそれほど関心が無い太朗は、へえ〜とは思ったものの、そのまま満足して伊崎を振り返った。
 「ありがとうございます!」
 「起こしましょうか?」
誰をと言われないまでにも、太朗は慌てて首を横に振った。
 「いいですっ、楓、寝起き悪いし」
 「そうですか?」
笑いを含んでそう言った伊崎にもう一度礼を言うと、太朗はまた次の部屋をドンドンと叩いた。

 「あ、おはよう、早いね、太朗君」
 ドアを開けてくれたのは真琴だった。
寝起きのまま飛び出してきた太朗とは違い、既に服を着替えていつでも出掛けられる恰好になっている。
にこやかな真琴の笑顔につられるように笑いながら、太朗は部屋の中を指差した。
 「真琴さん、部屋の中見ていい?」
 「うん、いいよ」
太朗が何をしに来たのか直ぐに分かったらしい真琴は、笑いながら太朗を招き入れてくれた。
 「こんなにいい部屋を取ってもらってすごく申し訳なくて・・・・・俺なんかオタオタしちゃってるけど、海藤さんは慣れているみたい
なんだ」
真琴の言葉の中には、聞いているだけでこちらも幸せになれるようなあったかい海藤への想いが見える。
だからなのか、太朗は上杉とはまるで違う寡黙な海藤のことをそれほど苦手には思っていなかった。
 「あ」
広いリビングに入ると、そこには海藤も既に起きて携帯で何かを話している。
(うわ〜・・・・・ジローさんと違って、ちゃんと働く大人の男って感じ)
 海藤は太朗の姿を見ると、目を細めて軽く手を上げてくれた。それにペコッと頭を下げることで返事をした太朗は、真琴の案
内で部屋の中を見て回る。
 「太朗君の部屋はどんな感じ?」
 「ん〜、やっぱり似たような感じかなあ。変なライオンみたいな置物とか、えらく派手な柄の大きな花瓶とかがデンと置いてあっ
て・・・・・俺には似合わない感じ?」
子供っぽい説明でも十分その気持ちは分かったようで、真琴もクスクス笑いながら実は自分もそう思っていたと言ってくれた。
 「さすがヨーロッパってとこかな」
 「他の国もそうだと思います?」
 「どうかなあ〜」
真琴と少し話をした後、太朗は次に行ってきますと元気に手を上げた。



 「・・・・・」
 「おはよーございます!」
 「・・・・・おはよう」
 さすがに挨拶を無視するのも大人気ないと思い、江坂は渋々ながらもそう言いはしたが・・・・・その視線が険しいだろうという
自覚は無かった。
早朝という時間帯ではないものの、わざわざ人の部屋を訪ねるような時間ではないだろう。それも、男同士とはいえ恋人同士
が宿泊している部屋に、だ。
 「何の用だ?」
 「部屋の中を見せてもらおうと思って!」
 「・・・・・」
 ここで、駄目だと言ったら、この少年はどうするだろうか?
江坂は一瞬そんなことを考えてしまったが、その間に静が姿を現してしまった。
 「太朗君、おはよう、どうしたの?」
 「部屋の中を見せてもらいたくって・・・・・駄目ですか?」
 「駄目なんかじゃないよ、ね、江坂さん」
 「・・・・・もちろんです」
静の前で大人気ないことなど言うことはとても出来ず、江坂は張り付いた笑みを太朗に向けた。
もちろんそんな笑みの種類など見破ることなど出来ない太朗は、静に案内されて部屋の中を楽しそうに見て回っている。
 「やっぱり、ゴチャゴチャした飾りがあるんだなあ〜」
 「みんなのとこも?」
 「部屋の中でプロレスしたら絶対足で蹴って壊しちゃいそう」
 「何それ〜」
 「・・・・・」
(海外のホテルまで来てプロレスなんかする人間はいないだろう)
 冷静にそう言い聞かせてやりたいが、ピッタリと静に付いているのでその隙など見つけることも出来ない。
異国の地で迎える2人の朝(夕べ何をしたわけでもないが)を満喫したいと思っていた江坂は、突然の悪戯小僧の来襲で思
惑が全て崩れ去っていくのを感じていた。



 「あら、タロ君、おはよ」
 朝からハイテンションの声に出迎えられ、太朗は多少面食らいながらもおはようございますと言って頭を下げた。
 「どうしたの?」
 「あの〜、他の部屋を見てみたいなって思って・・・・・」
 「は、入りなさいっ」
 「・・・・・あれ?」
玄関先で綾辻と話していた太朗は、慌てたように駆け寄ってきた倉橋を見て少し不思議に感じた。
何時もきっちりとしたイメージの倉橋が、なぜか少し・・・・・着ている服が乱れていた。既に普通の服に着替えているのだが、シャ
ツのボタンが1つずれてはめられているのだ。
 「倉橋さん、ボタンずれてるけど」
 「・・・・・っ」
 「やだ〜、克己は低血圧で朝はぼんやりしてるのよ。ほら、入って入って、隅々まで見て頂戴」
 「はい!」
綾辻に肩を抱かれるように中に入った太朗は、顔を背けた倉橋の耳元が赤く染まっていることに気付かないままだった。



 「・・・・・で、今度は私の部屋ですか」
 「そうなんです」
 小田切はドアの前に立っていた太朗を見て思わず笑った。
髪は梳いていないグシャグシャのまま、服もまだパジャマ代わりのスウェット姿のままの太朗。少しだけ前髪が濡れているので、辛
うじて顔は洗ったようだが。
 「本来は、ホテルの廊下をそんな恰好で歩いていたら問題ですよ?」
 「え?あ、怒られちゃいますか?」
 「どこかの部屋に連れ込まれて悪戯されます」
 「悪戯?」
 「まあ、今回はここと下の階は全て貸切みたいなので大丈夫でしょうけど」
 「え〜っ、貸切っ?勿体無い〜っ」
 「仕方ないですよ、カッサーノ家の首領が宿泊しているんですから」
 普通に考えれば、誰も泊まらない幾つもの部屋の分まで金を払うのは無駄遣いだと思うだろうが、警備面から考えればこれぐ
らいして丁度いいのかもしれない。
日本人の、それもまだ学生の太朗達は分からないだろうが、それほどにイタリアでのアレッシオの立場は重要で、なおかつ危険に
も晒されているのだ。
 「残りは、カッサーノ氏の部屋だけですか」
 「行ってもいいと思います?」
 「せっかくだから行かれてもいいんじゃないですか?」
突然現れる太朗を見てアレッシオがどんな表情をするのか、直に見れないのが残念だと小田切は思った。



 よほど疲れているのだろうか、ベッドの直ぐ端に腰を下ろしても友春は目を覚ますことは無かった。
今回は友春だけではなく、その友人達も同行しているので、その身体を味わうつもりは初めからなかった。恥ずかしがった友春
が更に頑なになっても困るからだ。
ただ、少しは現実の友春を味わいたいという気持ちも確かにあって、夕べは少々濃厚なスキンシップをしてしまったので、友春は
まだ起きることが出来ないのだろう。
 「・・・・・トモ」
 アレッシオは、小さく友春の名前を呼んだ。
何の応えも無いが、あどけなく眠るその寝顔を見ているだけでも幸せな気分になった。
そのまま、アレッシオは身を屈めて、小さく口を開いている友春の唇を奪おうとしたが・・・・・。

 ドンドン

 「・・・・・」
 不意にドアを叩く音が聞こえ、アレッシオは無言のまま眉を潜めて身を起こした。
自らが呼びもしないのに部屋を訪ねてくる者がいるなどとても信じられないが、もしかしたら何事かあったのかもしれない場合も
ある。
アレッシオは枕元に隠していた小型の拳銃を隠し持ったまま、そっとドアの傍に歩み寄った。



 「おはようございます!」
 「・・・・・」
 僅かにドアが開いた瞬間にそう挨拶をすると、直ぐにドアが開かれた。
自分と同じ黒髪ながら、綺麗な碧色の瞳は明らかに日本人ではないと思えるものの、既に太朗的にはアレッシオは知り合いだ
という括りに入っていた。
なにより、友達の恋人(?)なのだ、仲間と言ってもいいだろう。
 「ターロ?」
 「あの、部屋を見せてもらいたくって」
 「部屋?」
 「俺、海外旅行なんか初めてだし、こんなすごいホテルに泊まるのも初めてだから、色んな部屋を見て回りたいなって思ってて。
他の部屋は全部回って、後はここだけなんですけど・・・・・見てもいいですか?」

 駄目だ。

 そう言ったら、この少年はどんな顔をするのかとアレッシオはふと思った。
友春との貴重な時間を邪魔した人間に気遣うことなどしなくてもいいかもしれない。
 「アレッシオ、さん?」
 ただ、大人気なく誰かを傷付けることに快感を覚えるような性格ではないので、アレッシオは溜め息をつきながらも大きくドアを
開けようとした。
その時、
 「・・・・・」
気配を感じたアレッシオが視線を向けるのと同時に、
 「タロッ」
呆れたような声がして、太朗の身体が軽々と宙に浮いた。
 「うわあ!」
 「お前、どこまで行っているのかと思ったら・・・・・」
 上杉は太朗の身体を肩に担いだ恰好で、ドアの前に立つアレッシオに軽く頭を下げた。
 「すまなかった、これが迷惑を掛けて」
 「・・・・・」
(少しはすまなさそうにしていればいいものを・・・・・)
たかが島国の、小さなマフィアのボスでしかない上杉。しかし、彼はアレッシオに特別に媚びることも無く、かといって虚勢を張るこ
とも無く、ただ自然体でアレッシオに接していた。
これは上杉にだけ言えることではなく、江坂、海藤、伊崎、そしてその部下達も同様だった。
(たかが島国とは言えないのかもしれないな)
 「目を離すな。ここは平和な日本とは違う」
 「分かった」
 「・・・・・」
 まるで太朗の身を心配するようなことを言ってしまったことを少し後悔しながら、アレッシオはそのまま踵を返した。
ドアが閉まる瞬間、
 「後ここだけなんだってばー!!」
 「あ〜、うるせー」
 「・・・・・」
そんな、太朗の叫び声が聞こえ、アレッシオは背中を向けたままクッと笑みを漏らしてしまった。






                                 






朝の話だけで終わってしまいました(笑)。

次回はナポリの食べ歩きです。