『』内は外国語です。





(わ・・・・・朝からワイン飲んでる)
 ホテルのレストランで朝食を取る事になった一同だが、上座に座ったアレッシオの前に当然のように置かれるワイングラスを見て
真琴は思わず目を見張った。
日本の常識では、まあ例外もあるとは思うが、朝から酒を飲む人は少ないと思う。もちろん休日なので何をするのも個人の自
由だろうが、真琴はあまり感心しない。
ただ、イタリアでは食事をする時に一緒にワインを飲む習慣があるらしく、種類も豊富なのだということはあらかじめの知識として
知っていた。アレッシオも特に意識している様子など無く、平然と水のように口にしている。
(きっと、強いんだろうな)
 「マコ」
 「あ、はいっ」
 真琴はじっと見ていたアレッシオと視線が合って、驚いたように目が瞬いた。あまり見過ぎて怒っているのかとも思ったが、アレッ
シオは全然別のことを口にした。
 「お前が味わいたいピザというのはどんなものだ?」
 「ピ、ピザですか?」
少し発音が違うのは本物のイタリア人なんだなと全く方向の違うことを考えながら、真琴はアレッシオに向かって言った。
 「あの、ナポリは港町だし、魚介類なんか食べてみたいなって思ってるんですけど。有名なえーっと、ア、アク・・・・・」
 「アクア・パッツァ?」
 「そう、それも食べてみたいし!」
 「それ、何ですか?」
初めて聞く響きに太朗が興味津々に身を乗り出して聞く。
 「白身魚の蒸し焼きだよ。ガイドブックにも書いてあるんだけど、カッサーノさんだったら隠れた名店知ってるかなって思って」



 マフィアの首領であるアレッシオをガイド代わりにしようと言う豪傑などなかなかいないだろう。
何時も穏やかに笑っている真琴の意外な胆の太さに、綾辻は内心で喝采を送っていた。
(さすがマコちゃん。海藤貴士の極妻は伊達じゃないわね〜)
この先の食べ歩きを考えてか、オムレツに焼きたてのパンという軽めの朝食を食べながら、綾辻は次々と真琴の要望を聞きだし
ている香田という日本人にも視線を向けた。
アレッシオの側近の中に日本人がいるという噂は聞いたことが無いので、彼は多分アレッシオのごく私的な部分で関わっている
人物なのだろう。そんな秘蔵っ子を自分達の前に出すだけ、アレッシオにとってこのメンバーは既に身内に近いのだろうか。
(・・・・・いや、そんな簡単な男じゃないわよね)
 アレッシオがそんな御しやすい男ではないということは知っている。
そう思うと、友春という存在はとても大きいものなんだなと、綾辻は倉橋に止められる前にこっそりとワインを口にした。



 「後1日くらいだな」
 「え?」
 朝食が終わり、いったん部屋に戻って外出の準備をしていた友春は、突然後ろからアレッシオに抱きしめられて動揺してしまっ
た。
それでなくても、夕べ一方的に自分だけが啼かされてしまい、本当のことをいえば恥ずかしくてみんなと顔を合わせることさえ躊
躇ってしまったくらいなのだ。
それでも、滞在時間が短いということと、誰も気付かないというアレッシオの言葉を信じて、何とか朝食の席に着いたのだが。
 「ケイ?」
 「明日の昼前には、お前はもうイタリアにいない」
 「あ・・・・・」
(そうだ・・・・・俺、帰らないと・・・・・)
大学生である自分と静、そして真琴はまだいいが、高校生である太朗と楓を遊びの為に学校を休ませるわけにはいかない。
少なくとも、午前6時には日本に着いていないと駄目で、そこから逆算して考えると、イタリアを出立するのは明日の昼前、午
前10時か11時になってしまう。
 「ケイ、あの・・・・・」
 「このまま、時が止まってしまえばいい」
 更に抱きしめる腕に力を入れたアレッシオが、細い首筋に唇を寄せてくる。
敏感に身体を震わせた友春は、何と言っていいのか分からないままだった。



 
 「すっげ〜!!こんなでっかいエビ初めて見た!」
 「なんだ、俺があんまりいいもん食わせてないみたいだろーが」
 呆れたような上杉の言葉も太朗には全く届かなかった。
目の前のテーブルに広げられた様々な料理を見ているだけで夢中だったからだ。
港町と言うだけあって、シーフードのマリネから、大ぶりのアサリを使ったパスタや、手長エビの乗ったパスタも並べられた。
期待していたピザも、本場のマルゲリータを始め、それに色々な具・・・・・ピーマンやナス、トマト、照り焼きチキンや、貝類、イカ
やタコ、カニにエビなど、シーフードをトッピングした様々な種類がずらりと並んでいる。
それに加えて、アクア・パッツァにパエリアだ。昼食と言うにはかなりのボリュームだった。
 「イタリアでは、普通はあまり余計なトッピングはしないんですよ。トマトとチーズの味を楽しむことが多いんですが、せっかくここま
で来られたんですから、美味しい魚介類も一緒に食べていただこうかなと」
丁寧な香田の説明に、太朗はもう頂きますと手を伸ばしていた。
 「美味しそう!」
 「ええ、きっとお口に合うと思います。ナポリの物は日本のピザ生地に似ていますし」
 「夜はコースを手配している。今のうちにピザは食べておけ」
再びワインを口にしながらアレッシオが言うと、太朗は何が出るのかなと今から顔を綻ばせていた。
 「コースかあ」
 「ワイン、飲むか?」
 「飲む!」
 「駄目!」
上杉の言葉に嬉々として頷いた太朗に、保護者代わりの4人の友人達が即座に却下してしまった。



 昼少し前、アレッシオが一同を連れて行ったのは意外なほどこじんまりとした店だった。
既に話はつけていたらしく、店主らしい太った初老の男はアレッシオに深々と頭を下げた後、次々に店に入ってきた子供のような
日本人を笑って出迎えてくれた。

 「あ、あちっ、お、おいしっ」
 「おい、あんまり慌てて食うな」
 「これ、何のチーズだろ?色もすっごく綺麗だし・・・・・」
 「真琴、観察する前に食べろ」
 「うわっ、何だよ、これ〜っ、まだ殻がついてんじゃん!」
 「楓さん、こっちにやって、私が剥きますから」
 「あれ?江坂さん、これ食べないの?このタコとモッツァレラチーズの和え物、美味しいですよ?」
 「・・・・・ええ、ちょっと」
 「ケ、ケイ、自分で取れるからっ」
 「可愛いトモの指が火傷をしたら大変だろう?」

 それぞれのカップルの微笑ましい(ばかばかしいというか)様子を横目で見ながら、小田切は静かにグラスを傾けていた。
さすがに本場ということもあり、口当たりの良いワインは悪酔いはしない感じがする。
(・・・・・あまり、1人で来るようなとこじゃないな)
 基本的に1人でいることに苦痛は感じないし、何でも出来る方なのだが、こうも周りで人目もはばからずにイチャイチャされると
少しだけ波風を立てたくなってしまう。
(まあ、今回は我慢しないと)
 さすがにイタリアマフィアに手を出したら少しやっかいかなと思い、小田切はこちらも全くプライベートモードの2人へと呆れた視
線を向けた。



 綾辻は鼻歌を歌いそうなほどの上機嫌で、倉橋の皿にピザを取ってくれる。
 「自分でしますから」
 「いいからいいから」
 「・・・・・」
(何なんだ、この人は・・・・・)
どうしてこれほどに綾辻が上機嫌なのか・・・・・倉橋は考えるまでも無くその理由が分かって、思わず洩れそうになる溜め息を口
の中で押し殺した。
 怒っても、諭しても、なぜかずっとプライベートモードの綾辻を、倉橋は今朝もう一度と思って諭した。
いくらアレッシオ側がガードを手配してくれているとはいえ、彼らが最初に守るのは当然アレッシオの方であるだろうし、そうなれば
海藤を身体を張って守るのは自分達しかいないだろうと思っていたからだ。
 自分が生真面目過ぎることは十分に承知している倉橋だが、それでもこれは譲れないというように綾辻に言うと、綾辻は笑い
ながらこう言った。

 「キスしてくれたら、お前の言う通りにする」

・・・・・その言葉自体どうもずれていると今なら分かるが、その時はそれをしたならいいのかと思うだけで・・・・・。
(海外という事で、私も少し・・・・・気持ちが浮ついているのか?)
触れるだけだったキスは、思い掛けなく深いものになった。
あの時太朗が部屋を訪れなければ、もっと先まで進んだかもしれない。
 「・・・・・」
 「ほら、克己はもっと食べなくちゃ。ガリガリじゃ私が面白くないじゃない」
 「・・・・・」
(ガリガリ・・・・・)
その言葉の意味を考えるのも怖い気がして、倉橋は取り分けられたピザにゆっくりと口をつけた。



 ゆっくりと時間を掛けた昼食を済ませると、一同はブラブラと町を歩く。
どこか特別な観光地に行くよりも、こうして異国の町を歩く方が楽しそうだと太朗が言い出し、他の年少者達もその方が楽しそ
うだと直ぐに賛成をした。
 気軽にそう思う年少者達とは違い、保護者である男達は一瞬視線を交し合った。自分達は多分大丈夫だろうが、アレッシ
オのような男が無防備に町を歩いてもいいのかどうか分からなかったからだ。
 「トモも、歩くだけでいいのか?」
 「はい。・・・・・前、イタリアにいた時は、普通に町を歩けなかったし・・・・・美術館とか、教会とか、有名な所を見てみたい気は
するけど、今回はゆっくり出来る時間もないし」
 「・・・・・では、今度?」
 「ゆっくり出来る時間があったら、見てみたいです」
 「分かった」
 友春の言葉に十分満足したらしいアレッシオは、香田に何かを命令し、直ぐに自らが先頭になって街中を歩き始めた。
その、全く危害を受けることを恐れない態度に、男達も自分の想い人を守るように隣に付いて、ゆっくりと歩を進めた。



 「あ!アイス!」
 少し歩いて、太朗が真っ先に何かを見つけて走り出した。どうやら屋台のアイスクリーム屋を見付けたらしい。
とても腹に入りそうにも無い保護者達を置いて、年少者の5人は張り切って並べられている種類に目を向けていた。
 「これ幾らだろ?」
 「え〜っと・・・・・ハウマッチ?」
 「あ、太朗君、僕が聞いてみるよ」
全くイタリア語が話せない4人とは違い、ほんの少しだが実用的なイタリア語を覚えている友春が、屋台の主人と話をしている。
もしかしたら童顔に見えるこの5人だけなら、金額もかなり吹っかけられたかもしれないが、その後ろに並び立つ男達の姿を見て
までも高い金額を言える者はいないだろう。
 主人はアレッシオが聞いても妥当な(それよりもかなり安いだろう)値段で、5人が望むジェラードを渡してくれた。
 「わ〜っ、フルーツパフェみたい!」
 「思ったよりフルーツ盛りだくさんだね」
見た目豪華なジェラードに大満足らしい5人は、それぞれの味を味見して感想を言い合っている。
 「・・・・・甘い物は別腹か」
 「若いからでしょう」
 「何だ、俺が年寄りみたいじぇねえか」
 「では、何か食べますか?」
 「・・・・・遠慮する」
 顔を顰めて断った上杉に海藤は苦笑した。これは歳云々ではなく、単に嗜好の問題もあるだろうか、海藤も今アレを食べた
いとは思わなかった。
 「あ、海藤さん、はい」
 「・・・・・」
そんな海藤の視線に気付いたのか、真琴が駆け寄ってきて手に持っていたそれを差し出してきた。
食べて食べてという期待に満ちた目で見られればさすがに嫌と言うことは出来ず、海藤はそのまま一口だけ口にしてみた。
甘さと冷たさが一気に口の中に広がるが、果物のほのかな酸味が甘さを抑えてくれている。
 「どうです?」
 「思ったよりも、美味い」
 「そうでしょう?」
 真琴が嬉しそうに笑ったので、海藤もそれに釣られるように笑みを浮かべた。
すると、それを見ていた4人が、それぞれの相手へと視線を向けてくる。
 「ジローさん!一口だけ分けてやる!」
 「恭祐、ちょっと食べたいだろう?」
 「江坂さんは甘い物大丈夫ですよね?」
 「えっと・・・・・ケイも、食べてみる?」

 「「「「・・・・・」」」」

引き攣った男達の顔を見て、傍観している立場の小田切はくっと笑みを漏らしてしまった。






                                 






全く観光しませんね〜、この子達。

次はコース料理を頂きます。