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『』内は外国語です。
香田の言葉に安心したのか、一同はゆっくりと本場イタリア料理のコースを堪能した。
日本のコース料理とは違い、量もたっぷりとあったせいか太朗も満足し、オマケに上杉の分のデザートまで平らげて、ご馳走さま
でしたと手を合わせた。
「美味しかった〜!」
「ほんと、ボリュームあったあ」
「俺、お腹いっぱい」
「ジェラードはやっぱり美味しいよね」
「チーズも美味しかった」
たった今食べたばかりのイタリア料理の感想を言い合いながら、5人は楽しそうに笑いながら店の外に向かって歩く。
やはり、外国人と比べれば華奢な彼らは子供っぽく見え、着ているタキシードで取り合えず男だと認識されている感じだ。
本人達は認めないだろうその見た目を後ろに続く男達は十分分かっていたが、楽しそうな雰囲気に水を差すつもりは無かった。
「あ、そうだ!明日はもう帰らないといけないし、帰ったら俺と楓は直ぐに学校行かなくちゃいけないから分かれるよね?だったら
せっかくだし一緒に寝ようよ!」
「あ!いい!それ!」
「うん、楽しそうっ」
「タロ、寝相悪いだろ〜」
「少しくらい構わないよ」
「ね?決まり!」
(おいおい、いいのか、タロ)
突然の会話の方向に上杉はどうしようかと困ってしまった。
自分は、まだいい。多分、海藤や伊崎も文句は言わないだろう。ただ、江坂やアレッシオは・・・・・特にアレッシオは、今夜が友
春がこのイタリアにいる最後の夜なのだ。
イタリアと日本という遠距離恋愛中(?)にとって、今夜はとても大切な夜のはずで・・・・・さすがに上杉はアレッシオに悪いと太
朗を止めようとした。
「タロ、皆それぞれ事情ってもんがあるだろ?」
「え〜っ?みんないいって!友春さんの部屋って、ベッドルームが3つもあるんだって!皆でゴロゴロ十分出来るよ!」
「いや、だからな」
「ウエスギ、ターロの言うようにしてやればいい。私の部屋はかなり広いからな」
「・・・・・」
意外にもあっさりと他人の侵入を許したアレッシオに、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
しかし、アレッシオは特に何も言わないまま、待たせている車へと向かって歩いた。
ホテルに戻り、いったん各自自分の部屋に行ったものの、シャワーを浴び、寝巻きに着替えた姿でアレッシオと友春の部屋に
やってきた。
「うわーーー!!」
朝は見れなかったこの部屋の中の豪奢さに、太朗は開いた口が塞がらない。
メインのベッドルームのベッドはキングサイズのベッドが2つ並んでいて、片方だけで普通の体格の男なら3人は簡単に横たわれ
そうだった。
「うわ!すご!弾む〜!!」
「おい、早く寝ないと明日起きれないぞ!」
「「「「「は〜い!」」」」」
上杉の声にいっせいに返事をした5人は、それでもしばらく楽しそうに騒いでいた。
学生である彼らがこうして皆揃うことは珍しいし、少しでも会わなかった時の事を電話やメールでは無く、ちゃんと言葉で話そうと
思ったのだろう。
やがて、静かになったベッドルームを誰からとも無く覗いて見ると、そこには片方のベッドに太朗と楓の高校生組が、もう片方の
ベッドには真琴、静、友春の大学生組がそれぞれ分かれて眠っていた。
「寝てるな」
眠ってしまえばそのまま抱いて部屋に連れて帰ろうとも思ったが、こんな風にあどけなく眠る顔を見れば何も出来ない。
苦笑を零す上杉と同じ気持ちなのか、男達は自然とその寝室から静かに踵を返した。
「ドリンクバーがある。勝手に飲んでくれ」
去り難い気持ちが分かるのか、アレッシオはそう言った。
直ぐに香田がツマミ代わりになるチーズや軽食を運んでくる。その絶妙な具合が、アレッシオと香田の息の合った関係を連想さ
せ、思った以上にこの男が優秀な人間なのだなと皆が思った。
「申し分けありませんでした」
言い出したのは真琴ではないものの、海藤はそう言って頭を下げた。
今夜でまたしばらく友春と会うことが出来ないアレッシオの気持ちを考えれば、無理にでも真琴を止めたほうが良かったのかとも
思ったからだ。
しかし。
「謝罪はいい」
「ミスター、カッサーノ」
「あの子供達が来なければ、私はきっとトモを抱き潰していただろう。明日起き上がれないトモから文句を言われても困るし、
帰りのジェットの中で身体がずっと痛むのも可哀想だ」
いったい、友春をどうなるまで抱こうと思っていたのか・・・・・それでも、海藤はそんなアレッシオがみっとも無いとは思えなかった。
きっと自分が真琴としばらく会えない時間と距離が出来たとしたら、その間を全て取り戻すように真琴を抱いただろうということは
想像が出来たからだ。
(かなり、大きな存在なんだな・・・・・)
たかが少年1人とはいえ、アレッシオにとっては無二の相手なのだと、そう思った海藤はもう一度軽く頭を下げた。
これ程のメンバーがプライベートで顔を合わすことなど滅多にないだろう。
伊崎は立場的には若頭だが、組の規模としては一番下である自分が動かなければと思って立ち上がったが、
「何をお飲みになりますか?」
その行動を遮るようにして訊ねてきた香田に、少し躊躇をして言った。
「水割りを、お願いします」
「はい、少々お待ちを」
若頭になってこうして接待をされる機会も増えたとはいえ、基本的に自分が動く方が楽な伊崎は、表面上とは違って途惑って
いる。
そんな伊崎に、不意に隣のソファに腰を下ろした小田切が声を掛けた。
「相変わらず楓君はとても綺麗ですね」
「・・・・・ありがとうございます」
どういった意図で聞いてくるのか分からずに伊崎が少し緊張して答えると、小田切は既に自らが継いだワインで喉を潤しながら
楽しそうに笑った。
「いえ、あんなに綺麗な秘密をお聞かせ願おうと思いましてね。多分、あなたが念入りに可愛がっていらっしゃるせいだと思いま
して」
「お、小田切さん」
「私はするよりされる方が好きなので、聞くのならあなたじゃなくて楓君の方がいいのかな」
「・・・・・やめて下さい」
そんな事をされれば、楓の機嫌が急降下してしまうのは間違いが無い。
伊崎相手にはかなり大胆な言動をぶつけてくる楓も、普段人前でそういった性的なことを聞かれれば直ぐに頭にきて怒り出して
しまうはずだ。
この食えない男の相手は自分でした方がましだと、伊崎は内心溜め息を付きながら思った。
今夜がイタリア最後の夜・・・・・。本当にあっという間で、江坂はよく自分はこんなスケジュールに付いてきたなと思っていた。
気を遣うカッサーノ家の首領のガイドで、イタリアで単に食べ歩きをしたと言ったら、大東組の他の理事は驚いて腰を抜かすか
もしれない。
(・・・・・話すつもりもないが)
出来れば、静とゆっくりと来てみたかったという思いもあるが、反面、滅多に経験出来ない今回のような時間の使い方も悪く
は無いと思えてしまった。
何より、静がとても楽しそうだった。
「江坂理事、どうぞ」
グラスを差し出してきたのは香田だった。
「アレッシオ様が日本で何時もお世話になっております」
「・・・・・いや」
(どこまで知っているんだ?)
一度も顔を見たことが無い日本人だが、この男がアレッシオのかなり重要でプライベートな部分を知っていることは感じ取れた。
だが、反対に自分の事がどれだけ知られているのか見当が付かない。
「日本には優秀な方がたくさんいらっしゃる。どうか、アレッシオ様の為に尽力をつくしていただきたく思います」
「・・・・ええ」
今のところ、大東組とカッサーノ家の関係は良好だ。それは公的なものだけではなく、きっと私的な・・・・・今回のような繋がり
も確かに大きな比重を占めているのだろう。
他の組にこの関係を譲るつもりが無い江坂は、香田に向かってゆっくりと頷き返した。
「ま、とにかく無事最後の日を迎えられるようで良かった。お前の連れのおかげでゆっくり出来たよ」
上杉が笑いながらグラスを差し出すと、海藤は苦笑しながらそれに自分のグラスを合わせた。
「あの子がいると真琴がとても楽しそうです。こちらこそ、急に呼び出した形になってしまいましたが、上杉会長も来て頂いて感
謝していますよ」
「急な形になったのはタロのせいだ。それよりもお前が連絡してくれて助かった」
今回のイタリア旅行の事を上杉に話すことをすっかり忘れていた太朗のせいで、もしかしたら自分はそのまま何も知らずに太朗
だけをこの地に向かわせる羽目になっていたところだ。
海藤や江坂、そして何よりこの地の支配者でもあるアレッシオが側にいれば滅多なことはないだろうというのは分かる。
それでも、自分の目が全く届かない場所に太朗だけを行かせることにならなくて本当に良かったと思った。
「あいつ、本当に恋人がヤクザってことを忘れてるぜ」
「そんな感じですね」
普段の太朗の言動を見れば十分感じ取ることが出来るのだろう、海藤は口元を緩めた。
普段無表情の男が浮かべるその笑顔は、本当に思いがけず柔らかいものだ。
「それでも、上杉会長はそれでいいと思っている」
「そうだな。色々考えているタロはらしくない」
「あら、あれでもタロ君、色々考えてると思いますよ」
急に、楽しそうな声が割り込んできた。
「綾辻」
普段の彼ならばこんな風に上司(?)の会話に簡単に割り込んで来ることは無いのだが、もしかしたら海外ということと、上等な
ワインのせいで少しタカが外れているのかもしれなかった。
「どういうところがだ?」
上杉も、そんな綾辻の行動を咎めるつもりは無かった。
こんな時くらい無礼講でなくてどうすると思うし、綾辻ほどデキる男の話は聞いていて損は無い気がする。
「目」
「目?」
「何時も、最後にはちゃんと上杉会長の姿を捜していて、そこにあなたがいることを確認したらホッとしてる。普通の恋人同士
で、相手の無事を一々確認することなんて無いですよね」
「・・・・・あいつが?」
「タロ君だけじゃないですよ?マコちゃんも、楓君も、静ちゃんもトモ君も。皆多分無意識なんだろうけど相手の姿をちゃんと確
認してる。ふふ、可愛いじゃないですか」
「・・・・・そうだな」
何時も笑ったり怒ったり、忙しいほどの感情表現をする太朗の顔とはまた別に、きちんと上杉の身を案じている恋人の視線に
もなっていたのかと思うと自然に顔が綻んでくる。
(タロを子供のままにしたいのは・・・・・俺の方なのかもしれないな)
(全く、あの人はまた自分の役目も忘れてしまって・・・・・)
綾辻の姿を捜した倉橋は、目的の相手が酒のグラスを片手に海藤や上杉と談笑する姿を見付けて溜め息が漏れそうになっ
た。
こういう時こそ自分達が動かないでどうすると、倉橋は自ら酒を注いで歩こうとボトルを手にしようとする。
「よろしいですよ、ごゆっくりなさってください」
そんな倉橋の手を止めたのは香田だ。
「いえ、あなたお1人では大変でしょうし」
「大丈夫ですよ。私は全てお世話をするわけではありませんし」
「え?」
「今回のお客様はきちんとご自分のことはご自分でなさる方々のようです、地位を振りかざして偉そうに命令をする能無しとは
違いますよ」
「・・・・・」
(こんなにあからさまに言っていいのか?)
それまでの従順な世話係といった香田の違う面を見た気がした倉橋は、どういったリアクションを取っていいのか分からなかった。
(こんな時、あの人なら違うだろうに・・・・・)
見た目は軽い男が、こんな時は思いもよらない切り口で相手に対するということを良く知っている倉橋は、正面からでしか相手
を見ることが出来ない硬い自分を恥ずかしく思う。
視線を揺らしてしまった倉橋が、何と言葉を返そうか必死になって考えていると、
(あ・・・・・)
覚えのあるコロンの香りが直ぐ近くでして、倉橋が無意識にホッと安堵すると同時に、大丈夫だというように肩を抱かれた。
「な〜に、楽しそうに話しているのかしら?私も混ぜてくれない?」
「・・・・・」
視線を綻ばせ、口調も楽しそうに弾ませている綾辻をじっと見つめた香田は、やがて口元に苦笑を浮かべると手元のワインを
引き寄せた。
「苛めているつもりは無いんですが・・・・・これはいかがですか?特別に取り寄せたバローロですが」
「あら、美味しそう!いただきま〜す!」
たった今まであった緊迫した空気を全く感じさせない2人の会話に、倉橋は内心深く安堵の溜め息を付いた。
こうして、イタリアでの最後の夜は静かに更けていった。
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結局、倉橋さんも綾辻さんを無意識に見ていたというオチ(笑)。
次回最終回です。