海上の絶対君主
第一章 支配者の弱点
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「・・・・・これ程強気の態度を取るという事は、見られても尻尾を捕まえられるとは思っていないのだろう。詮議するだけ時間の
無駄ということか」
しばらくの沈黙の後、淡々と言ったイザークの言葉にラディスラスは内心深く安堵した。
船長としてどんなことをしてでも乗組員達を守らなければならない立場で、言葉だけで引き下がってくれるのならば御の字だ。
「しかし」
だが、続いて言ったイザークの言葉は、ラディスラスを再び緊張させるのに十分だった。
「船内を見回ることが出来る程には、私達には権限があると思うが、どうだ?」
「・・・・・では、私が案内を・・・・・」
「いや、船長自ら手を煩わすことは無い。・・・・・この船には船医はいるのか?」
「・・・・・はい、私です」
それまで乗組員達の後ろにいたアズハルが一歩前に出た。
イザークはアズハルに視線を向けて軽く頷く。
「では、船医殿に案内して頂こう。他の者はこの場を動かぬように。ロイシェ、後を頼むぞ」
「はっ」
部下らしい男にそう言うと、イザークは目線でアズハルを促す。
一瞬、ラディスラスに視線を向けたアズハルは、直ぐに強張った表情のまま先導して歩き始めた。
(アズハル、頼む・・・・・っ)
食堂には珠生がいる。
明らかにこの海賊船の中では異質な存在だけに、ラディスラスはどうかイザークの目に留まらぬようにとアズハルに思いを託すしか
なかった。
珠生はキョロキョロと視線を彷徨わせて、顔を突き合わせて話している料理人とテッドに視線を向けた。
先ほどから難しい顔をして話しているが、その内容は当然のごとく分からない。
(さっき、海の向こうを見ながら叫んでたけど・・・・・なんか、敵でも来たのか?)
敵・・・・・と、いっても、具体的に何と思い浮かぶわけではないが、確実に何か良くないことが起ったといのは分かる。
(俺・・・・・大丈夫なのか?)
人のことを考える余裕など無く、自分の事の方が心配で、珠生は無意識の内に自分の両肩を抱きしめた。
「タマ様」
その時、珠生の肩をテッドが揺すった。
「顔、顔隠して下さい、顔を伏せて」
『?』
「その黒い瞳を見られてしまうと、色々問題があると思うんです。寝たふりでいいですから、こう、こうしてください」
何かを必死で言いながら、テッドは両腕を枕に机に顔を伏せた。
『眠たい・・・・・わけじゃないよな?』
テッドは顔を上げ、何度か同じ動作を繰り返す。
珠生はようやく、同じ事をしろと言ってるのかと見当をつけた。
『こう?』
見よう見まねでテッドがしたのと同じようにテーブルに顔を伏せた時、いきなりドアが開く音がした。
慌てて顔を上げようとした珠生は、ぎゅっと誰かに頭を押さえつけられる。
(なんなんだよ〜!)
見回ると言った通り、イザークは船の中の隅々まで案内させて、その都度鋭い視線で観察をした。
アズハルは多くを話すことなく、ただ一つ一つの部屋を案内していたが、船底に下りて食堂の前に立った時、ちらりとイザークの
方を向いて問い掛けた。
「こちらはただの食堂ですが・・・・・ご覧になりますか?」
「むろんだ」
ここには珠生がいることは分かっている。
どういった状況になっているのか・・・・・アズハルは祈るような気持ちで扉を開けた。
「・・・・・料理人と・・・・・子供か?」
中にいたのは前掛けをしたままの5人の料理人と、テーブルに伏せて眠っている(ように見える)2人の子供の姿で、アズハルは
どうやら珠生の顔を見られることはなさそうだと安堵した。
「この船には子供を乗せているのか?」
「街で保護した孤児です。簡単な仕事はさせていますが、あなたが心配されているような行為はこの子達には一切させてお
りません」
「・・・・・」
暗に、海賊行為とは無関係だと言うアズハルの言葉を聞きながら、イザークはゆっくりとテーブルの方へと歩み寄る。
アズハルは反射的に動きそうになるのを必死で耐えた。今、疑惑を呼ぶような行動は絶対出来ない。
「・・・・・料理人も、立派な戦力になりそうだな」
「・・・・・」
「この子供達は、いっそ船を下りさせた方がいいだろうに・・・・・」
「・・・・・」
(この男・・・・・)
多分、本気で心配しているだろう言葉に、アズハルはイザークが高圧的で傲慢な役人ではないのかもしれないと思った。
それでも、敵対する立場の相手というのは覆しようも無い事実だ。
「こんなところで寝ていれば風邪をひく」
不意に、イザークが珠生の髪をさらっと撫でた後、軽く肩を揺すった。
「!」
(タマッ、顔を上げないで!)
中にいた一同の思いもむなしく、珠生はガバッと顔を上げてしまった。
優しく髪を撫でられて、肩を揺すられた。
それを、珠生は顔を上げてもいいのだという合図だと思った。
慌てて顔を上げて振り向くと、そこには見たこともない男が立っている。
『・・・・・誰?』
この国の人間の特徴なのか、その男もかなりの長身だった。
船の乗組員達とは違い、かっちりとした制服のようなものを着ていたが、その体格の良さは服の上からでも十分見て取れた。
(ラシェルと同じ目の色・・・・・)
珠生が新しい男の出現に驚いていたように、男・・・・・イザークも珠生の容姿に思わずというように目を見張っていた。
「お前は・・・・・」
眩しいほどの白い肌も珍しいが、なによりその黒い瞳・・・・・この世界ではありえない色に、イザークの心臓がドクッと鳴った。
「どこの国の者だ?」
『・・・・・』
「名は?」
『・・・・・』
「話せないのか?それとも、言葉が分からないのか?」
意味不明なことを何か言いながらイザークの手が珠生の顎に掛かって、もっとその顔を見るように顔を近づけてきた。
『何するんだよ!』
いきなり、見も知らない男に触られ、まるでキスするかのように顔を近づけられた珠生は、反射的に叫びながら、グイッと男の顔
を掌で押し返す。
「タマッ」
そんな珠生の暴挙に内心喝采を浴びせながら、アズハルは足早に近付いてきて2人の間に立ちふさがった。
「この子が怯えますので、これ以上の接触はご遠慮下さい」
「・・・・・怯える?とてもそうは思えないが」
「怯えていますよ」
にっこり笑って言い切るアズハルに、イザークも一瞬言葉が出なかった。
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