海上の絶対君主
第一章 支配者の弱点
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(何だよ、何なんだよ、こいつ〜っ!初対面でいきなり顔に触るか〜っ?)
会って間もなく、目の前の男よりもはるかに恥ずかしいことをしたラディスラスの所業を忘れ、珠生は全開の警戒心で男を睨み
つけた。
ただ、やはり自分より大柄の相手に対しての恐怖感というものはあり、情けないが背中に庇ってくれるアズハルの背中越しに睨
むしかなかったが・・・・・。
「少し、黙っていなさいね」
珠生の気が逆立っていることに気付いているらしいアズハルは優しく何かを言って、珠生の代わりに男と対峙している。
ここは黙っていた方がいいのかと、珠生はきゅっと唇を噛み締めた。
「そこの者はどこの国の者だ?黒い瞳の人種など聞いたことがない。それに、どうやら言葉も分からぬようだ。どう見ても・・・・・
この船の乗組員としては異質だな」
「・・・・・確かに、彼についてはあなたのおっしゃりたいことも分からないではありませんが、今はれっきとしたエイバルの乗組員の1
人です。その証拠に、彼はあなたに対して助けを求めないでしょう?」
ここで珠生が暴れたりすればアズハルの言葉に信憑性は無くなってしまうが、今のところ緊迫している空気は感じているのか珠
生はアズハルの背中で大人しくしている。
(とにかく、この男には引いてもらわないと・・・・・)
アズハルの堂々とした態度に眉を顰めたままのイザークは、その視線を珠生に向けたまま更に言葉を続けた。
「では、その者の船での役割は何だ」
「それは、雑用だと・・・・・」
「そのように日にも焼けていない白い肌と、全く鍛えていない身体で何が出来るという?」
「俺の愛人だな」
「!」
突然響いた第三者の声に、アズハルとイザークはパッと入口に視線を向ける。
そこには何時もの不適な笑みを浮かべたラディスラスが、片手に剣を携えたまま立っていた。
甲板に立つ数人の討伐軍の人間の動きを見ながら、ラディスラスは直ぐ隣に立つラシェルに小声で言った。
「時間、稼げるか?」
「無傷で?」
「まさかここでぶつかるわけにはいかないだろう」
正面きって討伐軍を傷つけてしまえば、それこそずっと追われる立場になってしまう。
今のエイバルは、海賊船であってもその証拠は残しておらず、大人しくしていればこのまま解放されるのは間違いはないのだが、
ラディスラスにとって何よりも心配な種は残っている。
(大人しくしているわけがないだろうし・・・・・)
言葉で言い聞かせることが出来ない珠生は、どんな切っ掛けで墓穴を掘るような真似をしでかすとも限らない。
珍しい容姿と、通じない言葉。
海兵大将の地位にあるイザークが、その不自然さに気付かないわけがない。
(あれは俺が見つけた俺のものだ。横から出てきた奴に渡すわけにはいかない)
このままジアーラ国にへなど連れて行かせるわけにはいかなかった。
「・・・・・」
「どこに行くっ」
僅かに身じろいだラディスラスを見咎めた兵士が鋭い声で呼び止めたが、それに答えたのはラシェルの方だった。
「幾ら詮議の途中とはいえ、生理現象を止めることなど出来ないだろう」
「・・・・・」
「用を足せば直ぐに戻ってくる」
「しかしっ」
「それでも心配のようなら、剣を置いていかせよう。ラディッ」
「ほらっ」
既にかなり歩いていたラディスラスは、そのまま腰に携えていた剣を甲板に投げ落とした。
「これでいいか?」
「・・・・・直ぐに戻ってくるようにっ」
罪人ではない限り、当たり前の要求を拒めば後から自分が罪に問われかねない。
海賊征伐という正義を信条としている者達の正義感は、笑えるほどに確固なものなのだ。
「直ぐに戻りますよ」
ラディスラスは足早に船底に下りながら、ズボンの中に隠していたラシェルの剣を取り出してしっかりと手に握りしめる。
珠生の目の前で血は流したくはないが、どんなことをしても他の人間に珠生を渡すことなど出来なかった。
食堂の中はピリピリとした緊張感に包まれていた。
いきなり現われたラディスラスの姿に、当の要因の珠生はアズハルの背中の向こうで目を丸くし。
アズハルはなぜ来たんですかと呆れたような視線を向けてきて。
テッドや料理人達は安堵したようにあからさまに肩の力を抜いていた。
「勝手に動いたのか」
そんな中、自分以外は全て敵だという状況下になっても、イザークの声音や態度は全く変わらなかった。
さすがに若いながら大将にまで上り詰めた男だと内心感心しながら、ラディスラスはゆっくりと中に歩いてきた。
「用をたす為許してくれたんですよ」
「・・・・・剣を持って?」
「これはそこで拾いました」
「・・・・・」
誰が聞いても嘘だろうと分かることを堂々と言い、ラディスラスはわざとイザークの横をすり抜けてアズハルと珠生の傍で足を止め
た。
すれ違う瞬間、互いの指先が痛いほど緊張して強張っていたのを感じる。
「・・・・・愛人と言ったか?そんな子供を?」
「なかなか手ごたえのある可愛い奴ですよ」
「・・・・・虚偽を言うな」
「さあ、どうでしょうか?」
ラディスラスはそう言って笑うと、突然珠生の腕を掴んで引き寄せた。
『え?』
「大人しくしろ、タマ」
素早く耳元で囁いたラディスラスは、そのまま珠生の顎を掴んで上を向かせると、いきなり・・・・・唇を重ねてきた。
『!!』
こんな場面でのいきなりのラディスラスの行動に、何時もなら直ぐに抵抗を始めるだろう珠生の身体も硬直していた。
先ほどまでの緊張感が持続しているだけだろうが、ラディスラスはこの機会にと、誰の視線があるのも構わずに口付けを深いもの
に変えていく。
僅かに開いたままだった唇の隙間から舌をこじ入れ、そのまま音をたてながら珠生の口腔内を思う存分蹂躙して・・・・・その激し
さは、テッドなどは顔を真っ赤にして目を逸らしてしまうほどだった。
「・・・・・んぁっ」
どの位経ったか・・・・・この危機をすっかり忘れて珠生の甘い唇を堪能したラディスラスは、やがてすっかり身体の力が抜けて立
てなくなった珠生の腰をしっかり抱いたまま、強張った表情で立っているイザークを見て言った。
「勃ったか?」
「・・・・・っ」
「悪いが、これは全部俺のもんなんだよ」
下品だと呟くアズハルの声が耳に届く。
しかし、ラディスラスはそれよりも正気に戻った時のタマの反応を想像して、思わず口元に苦笑を浮かべてしまった。
(絶対、拗ねられるだろうな)
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