海上の絶対君主
第一章 支配者の弱点
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「お頭っ、討伐軍です!!」
「なにっ?」
ジェイと話していたラディスラスは反射的にイスから立ち上がると、直ぐに甲板に駆け上がって船首に向かった。
「ラシェルッ!」
途中、珠生を腕に抱き上げたラシェルを見つけて声を掛けると、ラシェルは厳しい目線で彼方を見ながら言った。
「東に旗を掲げた船が見えるっ。白地に金の剣と盾の文様はジアーラ国の討伐軍ですっ」
「・・・・・そっ、こんな時にっ」
大きな戦が無くなった後、近年増えてきた海賊を取り締まる為に、領土が海に面した国々がそれぞれの先鋭部隊を討伐軍
として借り出していた。
中でも、四大大国、ジアーラ国、カノイ帝国、エルナン国、ベニート共和国の討伐軍はかなり強大であった。
「逃げられるか?」
「今急な進路方向をすればかえって攻撃の理由を作ってしまいます。今この船には襲った船の金品はないし、ここは危険な
賭けかもしれませんが詮議を受けた方がいいかもしれません」
「・・・・・」
(どうする・・・・・っ)
珠生のことで浮かれていたとは思わないが、討伐軍の船がここまで接近するまで気付かなかったのは船長である自分の責任
だ。
逃げ切ることは出来るかも知れない。しかし、向こうの船の装備の方がエイバルよりも勝っていたとしたら・・・・・。
逃げればそれだけ、追いつかれた時は最悪の結果となってしまう。
「ラディ!」
何より、困惑しているのはラシェルかもしれない。
祖国の、それも自分が所属していた軍隊なのだ。
「・・・・・っ」
ラディスラスは顔を上げ、臨戦態勢の乗組員達に向かって叫んだ。
「船を止めろ!」
「お頭!」
「今、この船の中には奪った品も人間もいない!武器は全て食堂の貯蔵庫の下に隠して、無抵抗で詮議を受けるんだ!」
圧倒的な武力と権力を持っている討伐軍にもジレンマがあった。
それは、昨今の平和な世情のせいで、海賊のような犯罪者になるものも多いが、用心棒のような自分の腕を売る者達も増え
たことだ。
海賊船から自分の船を守る為に、貴族や豊かな商人は用心棒を雇う。彼らは船に乗り込んでいる場合と、別の船で付いて
いく場合があり、海上で契約することも多かった。
その場合、見た目では彼らと海賊の違いははっきりとは分からない。
違うのは数多くの武器と、略奪した金品や人間がいるかどうかで、それが無ければ討伐軍も迂闊に手を出すことは出来ないの
だ。
とにかく、体勢が整っていない今、抵抗することは敗北を意味する。
ラディスラスは急いで船底に戻った。
(な、なんなんだよ・・・・・)
乗組員達の間に緊迫感が漂っているのは分かるが、珠生にはその意味さえ分からなかった。
「タマ様、ずっと俺と一緒にいてくださいね?」
ただ、隣にいるテッドが何度も珠生を振り返ってその存在を確かめていることが妙に不安で・・・・・。
(あいつも、ラシェルやアズハルもいないし・・・・・)
珠生は食堂に連れて来られ、テッドの他に難しい顔をした数人の料理人と共にイスに座っている。
ジェイはラシェルが呼びに来て出て行った。
(なんだろ・・・・・大丈夫なのか・・・・・?)
ほとんど横付けになった船から木の板が渡された。
「・・・・・」
一番最初にその板の上に立ったのは、黒い軍服に身を包み、マントをたなびかせた背の高い男だった。
黒髪に碧の瞳という、ラシェルと同じ容姿ながら、長い間海賊船に乗って粗削りで男らしい容貌になったラシェルとは違い、男は
いかにも軍隊の上官らしく怜悧で秀麗な顔立ちだった。
しかし、その身体付きや腕は、服越しからもしっかりと鍛えているのが分かる。
(・・・・・大将か?それにしては若いが・・・・・)
ジアーラ国の軍での位は、剣の柄の材質と埋め込まれている宝石の色で分かる。
金に赤い宝飾は将軍。
銀に蒼い宝飾は大将。
銀に碧の宝飾はそれ以下の親衛隊長や司令官、補佐役などが携帯していた。
目の前の男が携えているのは銀に蒼い宝飾で、随分若くは見えるがそれなりの地位にいるらしい。
「・・・・・エイバルのラディスラス・アーディンか」
いきなり、男はラディスラスの名を呼んだ。
どうやら自分の顔は知っているらしいと腹を決めたラディスラスは、大げさに腰を折って深く頭を下げた。
「いかにも、私がラディスラス・アーディンです」
「・・・・・義賊を気取っているらしいが、所詮お前がしていることは他の盗賊達と変わらない。ここで会ったのは好都合と言いた
いところだが・・・・・大人しく詮議を受ける気になったということは、その証拠は既に処分済ということか」
「さて、何をおっしゃっているのか分かりかねますね。我らはただ、誰のものでもないこの大海をのんびりと遊船しているだけです
ので」
「・・・・・」
「御詮議、つつがなくお受けしますよ。ただ、何も無かった場合の責めは・・・・・貴殿がとって頂けるのか?」
少しでも、躊躇いや気弱さが出れば負けだった。
ラディスラスはとにかく不遜に、堂々と乗組員達の前に立ちふさがる。
「・・・・・」
男はしばらくラディスラスを見つめ、その後後ろにいる乗組員達にも目を走らせる。
そして・・・・・。
「ラシェル」
「・・・・・」
(知り合いか?)
自分達とは同世代のようなので懸念していたが、やはりというか男はラシェルのことを知っていたらしい。
「ラシェル・リムザンだな?」
もう一度、姓まで呼ばれたラシェルは、溜め息をつきながら一歩前に出た。
「・・・・・海賊にまで落ちぶれたか」
「ここは俺が選んでいる場所だ。落ちたとは思わない」
「・・・・・」
「ラシェル、知り合いか?」
「・・・・・昔の、知り合いです」
言葉を濁そうとするラシェルに眉を顰めた男は、ラディスラスに視線を戻して言った。
「私はジアーラ国海兵大将、イザーク・ライド。そこの男とは・・・・・恥ずかしながら同じ親衛隊に所属していた」
「ラシェル」
「・・・・・ええ、そうです。昔、同じ隊にいました」
「・・・・・そうか」
(皮肉だな・・・・・)
2人が守っていただろう王子の失脚の後、1人は除隊して海賊に、1人は海兵大将にまで出世した。
同じ隊にいた頃は、ラシェルの方が位は上だったろうが、今は追う者と追われる者だ。
しかし、ラシェルは卑屈な様子など欠片も無く、今でもまるでイザークの上官のように堂々と胸を張って言った。
「証拠もなく俺達を征伐することなど職権の乱用だろう。イザーク、どうする気だ?」
「・・・・・」
口を挟まない方がいいだろうと、ラディスラスは用心深く2人を交互に見つめていた。
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