海上の絶対君主
第一章 支配者の弱点
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※ここでの『』の言葉は日本語です
アズハルと共に夕食を済ませた珠生は、部屋に戻ってはあ〜っと大きな溜め息を付いた。
部屋といっても、ここはラディスラスの部屋であるが、船長でもある男はかなり忙しいらしく、この部屋には寝に帰ってくるくらいだっ
た。
同じベットに男と一緒に寝るのはあまりいい気分ではないが、この船の中に余っている部屋など無く、それにこの部屋以上に居
心地のいい部屋はない。
『でも、今日はびびったあ〜。何なんだよ、あの変な男。いい奴か悪い奴か分かんなかった・・・・・あれ?でも、ここもどうなんだ
ろ・・・・・?』
改めて考えれば、珠生はラディスラス以下この船の乗組員達の正体を知っているわけではない。
もちろん漁師ではないのは分かるが、何の為に船にのっているのかは謎だ。
(アズハルやラシェル達が感じがいいからいい人達かなって思ってたけど・・・・・)
『ホントはどうなんだろ?もしかしてこっちの方が悪かったりして・・・・・』
話す相手がいないとどうしても独り言が多くなってしまう。
珠生は食堂で楽しそうに笑いあっていた乗組員達の様子を思い出し、なんだか自分だけが仲間外れにされているような気分
になってしまった。
『だって・・・・・言葉全然分かんないし・・・・・。何語なんだよ、いったい』
ラディスラスのベットに大きく大の字に寝転がると、珠生はう〜っと大きく背伸びをした。
『今日はあいつ追い出して、1人で寝ちゃおうかな』
(そうだよ、あんなキスしたんだし)
『もし、あれ以上のことなんてされたら・・・・・怖いじゃないか』
「今日は大変だったな」
「・・・・・船にのっていれば覚悟しないといけなかったことですよ」
「でも、向こうが討伐軍に入っていたことは知らなかったんだろ?」
「・・・・・」
乗組員達の食事が終わった食堂には、ラディスラスとラシェル、そしてアズハルが酒を酌み交わしていた。
とにかく、今日の討伐軍の詮議を無事やり過ごしたということを祝う為だ。
本当はどんな小さな理由をつけても飲むということが本来の目的だったが、今日だけは本当に祝いたい気分だった。
「とにかく、何事も無くて良かった」
調理場の仕事を大体終えたジェイも加わり、男4人の酒宴は更に続く。
「それにしても、討伐軍の数、増えたんじゃないか?」
「それ以上に海賊が増えてますからね」
「やり方も残忍なものも少なくないようだし」
始めは飢えを凌ぐ為に、やむ終えず始める者が多いはずだろうが、その行いに慣れてくると金品や女を必要以上に欲してくる者
達も多くなってくるらしい。
そのやり方も雑なものが多くなって、これでは討伐しなければと思われても仕方がないと思える程だった。
「まあ、俺達も同じようなものだけどな」
「ラディ」
「あなたは違いますよ。あなたには信念がある」
「・・・・・嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、ジェイ」
「それに、最近のあなたは楽しそうで、雰囲気も柔らかくなった。多分、タマのおかげでしょうが」
「・・・・・タマか」
ジェイの言う通り、確かにタマの影響で自分が変わってきていることはラディスラスも自覚している。
誰かの為に変わるという自分はそれまで想像もしていなかったが、実際に変化していく様を実感しているのは意外と楽しいもの
だった。
あれで、珠生がもっと懐いてくれればとも思うが・・・・・。
(反抗するから可愛いのかもな)
珠生の反抗はラディスラスからすれば可愛いもので、むしろ次はどんな行動をとるのかワクワクして見てしまうぐらいだった。
しかし。
「あの男・・・・・イザークですか。彼もタマに興味を持ったようですね」
「・・・・・」
「今回はなんとか誤魔化しましたが、次の時はもっと他の手を考えないといけないでしょう」
アズハルの言う通り、イザークはかなり珠生のことを気にしていた。
それが単に、正義感の為に子供のような珠生の将来を気にしているからなのか、それとも珍しい容姿の珠生自身を気にしてい
るのか、イザークの心のうちまでは分からない。
(それでも・・・・・タマは渡さないけどな)
ラディスラスは視線を上に向けた。
この上の自分の部屋には珠生がいる。まだ眠る時間には少し早いのできっと起きているだろうが、先ほどあんなキスをしてしまっ
た自分を素直に部屋に入れてくれるだろうか。
席を立ったラディスラスに、3人の視線が向けられた。
「ラディ」
「休む」
「・・・・・今日はタマも疲れているはずです。眠らせてやってくださいよ」
「分かってるって」
(たっぷり疲れさせて眠らせてやるよ)
ベットの上でうとうとしていた珠生は、ガタッという音に僅かに眉を顰めた。
(なに・・・・・もう戻ってきた・・・・・?)
まだそんなに夜が更けてないのにと思いながら、珠生は睡魔のせいでなかなか目を開けることが出来ない。
(・・・・・いいや、このまま寝ちゃお・・・・・)
慣れない船の上での生活は、ただ時間を過ごすだけでもかなりの労力だった。
体力に自信のない珠生の身体にはもう疲れがたまりきっていたのだ。
『・・・・・』
(な・・・・・に?)
何かが、頬に触れている。少し冷たいそれは、きっとラディスラスの手なのだろう。
珠生はううんと唸りながらその手を振り払ったが、次には首筋から鎖骨に掛けてゆっくりと感触がある。
(やめろ・・・・・よ・・・・・)
それも振り払おうと手を上げた珠生だったが、不意にその手を掴まれてグッと強く押さえられた。
(・・・・・?)
『な・・・・・んぐっ』
いきなり、息が出来なくなった。
パッと反射的に目を開いた珠生の視界いっぱいには、ラディスラスの顔がある。
(な・・・・・っ?)
それが、キスをされているのだと分かった時、珠生は覆い被さってくるラディスラスの身体を突き飛ばそうと身を捩ったが、自分より
もはるかに重いラディスラスの身体はビクともしない。
(うわっ、わっ、し、舌が〜!)
自分の口の中に入り込んでくるラディスラスの舌は、強張って縮んでいる珠生の舌に強引に絡み、口腔内を自由に犯していっ
た。
噛んでやる・・・・・そう思って歯を当てたものの、実際に舌の感触が当たると怖くてそれも出来なかった。
『ふ・・・・・』
悔しいが、怖さで涙が滲んでくる。眠気はすっかり覚めてしまった。
すると、ラディスラスはゆっくりと唇を離し、上からじっと珠生を見つめてきた。
「タマ、俺のものになれ」
『な・・・・・に、言ってん・・・・・だよ・・・・・っ』
「お前を誰にも渡したくないんだ。大人しく俺に抱かれろ」
『・・・・・っからっ、分かんないんだって!』
「キャンキャン騒ぐな。お前の保護者達が来るだろう」
ラディスラスが何を言っているのか分からないまま、珠生は簡素なシャツを強引に開かれてしまった。
『!』
肌寒さと恐怖で、自分の肌がざわついているのが分かる。
しかし、ラディスラスの方は、目を細めて楽しそうに笑って言った。
「綺麗な肌だ。指が吸い付くようだな」
思いもかけないことを褒められていることなど、珠生には全く分からないことだった。
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