海上の絶対君主
第一章 支配者の弱点
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※ここでの『』の言葉は日本語です
ラディスラスは舌打ちを打ったものの、今日はもう諦めるしかないと思った。とにかく、今は早く珠生を乗組員達の目から隠して
しまわなければならない。
今はラシェルの上着で腿辺りまで隠れてはいるものの、その先のすんなりと伸びた細く白い足は剥き出しのままで、無防備なま
ま周りにいる男達の目に晒されていた。
普段は子供っぽく見える珠生の、内に潜む色っぽさに惹かれる人間が出るとは限らない。
(・・・・・ったく、思った以上に暴れ馬だ)
見掛けは猫のように可愛らしいのにと思いながら、ラディスラスはじっと自分を睨みつけているラシェルに顎で促した。
「俺の部屋に」
「いいえ、出来ませんね」
「なに?」
眉を顰め、声を落とすラディスラスに、他の乗組員達ならば震えただろうが、ラシェルはまるで引く事はなかった。
「この状態のタマを今のあなたの傍に置くわけにはいきません」
それは正論だったが、自分のもののはずの珠生の所有権を否定されると面白くない。
「ラシェル、タマは俺のものだ。今日はもうこれ以上何もするつもりはないし、そのまま寝かせてやる」
「・・・・・信用出来ませんね」
「ラシェルッ」
「女癖が悪いとまでは言いませんが、遊び慣れたあなたが子供を言いくるめることなど簡単でしょう。明日の朝、自分からは手
を出さなかったが、タマの方から求めてきたと言われてしまいかねませんから」
「・・・・・バカをいえ」
(その手もあったか・・・・・)
自分でも思わなかった方法に感心もしたが、それ程信頼されていないのかとも思い気落ちしてしまった。
しかし、そんな情けない表情は乗組員達には見せられない。
「・・・・・分かった。とりあえず・・・・・アズハル、お前の部屋に行っていいか?」
「ええ。このままでは風邪をひいてしまいます」
自分に向かってきたラシェルの部屋よりは、アズハルの部屋の方が諦めもつく気がした。
とにかく、3人に共通したのは早く珠生を温かい場所に連れて行かなければという事で、無言のままぞろぞろと移動を始める。
騒ぎを聞きつけて集まった乗組員達は、ただその後ろ姿を見送るしか出来なかった。
「これを着なさい」
まるで抱きかかえられるようにして歩いていた珠生は、頭上から優しく降ってくる声に恐る恐る顔を上げた。
「ア、アズハル・・・・・?」
「そのままでは風邪をひきますよ。ほら」
目の前に差し出されたのは、真新しい下着と頭からすっぽりと被る形のシャツだ。
「・・・・・」
「ほら、着なさい」
そっと、肩に触れられて、珠生はその冷たい感触に初めて自分が服を着ていないことに気付いた。
まるで嘘みたいな話だが、自分が今まで裸で走り回っていたとはまるで自覚が無かったのだ。
『うわああああ!!』
思わず叫んだ珠生は、そのまま部屋の隅に行くと出来るだけ身体を見せないように後ろを向いて丸くなった。
(俺、俺、なんてかっこ〜〜〜!!)
(・・・・・まるみえ)
上半身の逞しい裸体を晒したまま、ラディスラスは入口のドアの直ぐ横の壁に背もたれると、背中を向けて蹲っている珠生を
見つめながら、思わず口元に笑みを浮かべてしまった。
痩せているのに、そこだけ丸みを帯びた可愛らしい尻がこちらを向いている。
自分では隠れているつもりかもしれないが、あれではまるで意味が無い。
「タマ、見えてるぞ」
腕組をしたまま声を掛けるが、当然珠生のいらえは返ってこない。
「隠さなくていいのか?」
『・・・・・』
「タ〜マ」
「ラディ、言葉が分かっていないのにそんなことを言っても可哀想ですよ」
アズハルはチラッと振り返ってそう言うと、珠生が握り締めている服を何とか取って頭の上から被せた。
細身ながらも、やはり珠生よりは随分と体格がいいアズハルの寝巻きは、珠生の膝まで十分隠れるもので、身体に布の感触
を感じた珠生は目に見えて肩の力を抜いた。
(勿体無い)
見ているだけでも目の保養になった珠生の身体が服に包まれたのを残念に思うが、この場には自分以外にも2人の男がいる
ことを思い出した。
よく考えると、ラシェルなどは全裸の珠生に抱きつかれたのだ。
「役得だな、ラシェル」
その意味を正確に感じ取ったのだろう、ラシェルは心外だという風に眼差しを強くした。
「ラディ、俺は船長であるあなたに逆らうつもりはないが、泣いている子供に手を出すようなら黙ってはいない」
「・・・・・」
「あなたが本気でタマを欲しいと思うなら、もっと優しく可愛がったらどうなんです?今のやり方じゃ嫌われるだけだ」
「・・・・・まあな」
(それは分かっているが・・・・・)
どうやって優しくしたらいいのか、ラディスラスには分からなかった。
こんな色恋沙汰の時、必ずといっていいほど相手から求められてきたので、わざわざ相手の機嫌を取るようなことをしてこなかっ
たツケが、こんなところで出てきたようだ。
「ラシェル、これはラディの自業自得です。助言をしてやることもないですよ」
「アズハル」
「とにかく、今日はタマは私の部屋に泊めます。明日以降はタマの気持ちを聞いた上で決めましょう」
「・・・・・俺が不利じゃないか」
「だから、自業自得と言うんです」
アズハルの攻撃は容赦が無かった。
「この子は今日、色々と怖い体験もしたんですよ?本来なら静かに休ませてやらなくてはならないのに、船長のあなたが率先
して怖がらせて疲れさせて・・・・・全く、呆れてものも言えません」
「十分言ってるじゃねえか」
「これでも言いたいことの半分以下ですよ。とにかく、今日はこのまま部屋に戻ってください」
確かに、今日はもう何も出来ないし、このまま珠生を部屋に連れ戻すことも無理だろう。
ラディスラスはワザとのように大きな溜め息をつきながら、背もたれていた壁から身を起こした。
そして、そのまま部屋を出て行こうとしたが・・・・・不意に足を止めて振り返ると、じっと視線を向けたままのアズハルに皮肉気な
笑みを向けて言う。
「・・・・・アズハル、楽しいか?」
「ええ。無敵なあなたの弱点が出来たことが」
「・・・・・」
(弱点か)
認めたくは無いが、確かに珠生が自分にとっての弱みになっていることに、ラディスラスも苦笑を零すしかなかった。
「ラディ、出て行きましたよ。今日はここで休みなさい」
優しいアズハルの声を聞きながら、珠生は目線だけを動かして部屋の中を見た。
確かにドアが開く音と、立ち去る靴の音は聞こえたが・・・・・。
(・・・・・いない)
部屋の中にいたのはアズハルとラシェルで、珠生に襲い掛かってきたラディスラスはそこにはいない。
本当に外に出て行ったことが分かって、珠生はようやく大きな溜め息をついた。
「疲れたでしょう?もう休みなさい」
『・・・・・』
「タマ」
アズハルに背中を押して促され、珠生はラディスラスの所よりも幾分小さなベットに腰を下ろした。
そっと身体を横たえると、途端に眠気が襲ってくる。
(も・・・・・う、疲れた・・・・・)
どうして自分がこんな目に会うのか・・・・・もっと色々なことを考えないといけないのに、珠生は襲ってきた猛烈な疲れと睡魔に
何時しか意識を奪われていった。
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