海上の絶対君主




第一章 支配者の弱点





                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






(・・・・・でっかい)
 ラディスラスといい、ルドーといい、ラシェルもアズハルも、この世界の男達はなぜこんなにも大柄なのだろうかと、珠生は果物の
皮を剥きながら考えていた。
テーブルの上には山ほどの果物がのっていて、それはとても1人で食べきれるものではない量だ。
(・・・・・どうしよ)
 珠生はチラッと、目の前に立つ男を見上げる。
なかなかにカッコイイ、だからこそ片目にしている眼帯が気になるが、それよりも、目の前に積まれた果物をどうにかしなければなら
ない。
まさかこれを1人占めにして食べるほど、珠生も子供ではなかった。
大事な水分補給でもあるこの果物は、取りあえず戻した方がいいだろう。
 『これ、明日の分に回してください』
 「ん?」
 『やっぱり分かんないか・・・・・』
 言葉が通じないとこういう時不便だと思いながら、珠生は腕に持てるだけの果物を抱え、それを調理場の中に運んでいく。
中には数人の料理人がいて、いきなり現われた珠生を怪訝そうに見たが、それらを一々気にしていられなかった。
珠生はキョロキョロと中を見渡し、果物が入っている大きな籠を見つけるとその中にバラバラと果物を入れた。
もう一度席に戻って残りの物を取ると、それも同じように籠に戻す。
しかし・・・・・少し考えて、1つ手にするとテーブルの上の食べ掛けの物と合わせて2つ持ち、珠生はこれぐらいいいだろうと思いな
がら食堂を出て行った。



 「常識は分かってるようだ」
 珠生の後ろ姿を見ていたジェイが呟くと、ラディスラスは口元に笑みを浮かべる。
 「当然だな」
 「・・・・・まだ、手を出していないようですね」
 「・・・・・」
見る者が見れば、珠生の身体がまだ青く硬いのは直ぐに分かることだろう。
乗組員達の前で堂々と所有権を主張したわりには余りにものんびりしているのではないか・・・・・言外にジェイの言いたいことを
読み取ったラディスラスは、いいんだよと憮然と言った。
 「ここは船の上だ。タマは逃げたくても逃げられないし、その気になれば組み伏せるのも簡単だ。ただ・・・・・出来ればタマには
自分から身体を開いて欲しいと思っているが」
 「子供相手に?」
 「大人も子供も関係ないだろ。俺は欲しいと思ったものは絶対に手に入れる」
 「・・・・・あんたの言うことには、基本的には逆らうつもりはないですが」
呆れたように言いながらラディスラスの前の席に座ると、ジェイは少し声を落としていった。
 「次の予定は?」
 「近い内に、この辺りを商船が通るはずだ。武器輸送で随分儲かっているらしいし、今回の相手はかなりでかいぞ」
 船の交通が多いセス海峡。
ここはあらゆる国に向かう時にほとんどの船が通らなければならない場所で、エイバル以外の海賊船も多く出没している。
ラディスラスは自身の方針で、人を殺めることはしないということを乗組員達にも徹底しているが、他の海賊の中には残虐非道
な行いをする者達も多い。
彼らと一緒くたに、《海賊》と言われるのも不本意だが、それはもう仕方がないことなのだろう。
 そんな中では、情報は宝だ。どの船が獲物を捕らえるか、まさに弱肉強食の世界の中で、ラディスラスはかなり豊富な情報網
を各国に持っている。
今回の商船の話も、本来ならば国家機密に関するような極秘情報だった。
街で内密に会った役人からの情報では、船は取引を終えた状態で、かなりの金と金目のものを積んでいるらしい。
 「面倒な女も乗っていないらしい」
 「役人や護衛は?」
 「まあ、いないことは無いだろうが・・・・・大丈夫だろう」
 「タマは隠しておかないと」
 「・・・・・その気に乗じて逃げ出しそうだからな」
あくまでも脱走を諦めてはいない気配の珠生を思い浮かべ、ラディスラスは呆れたような・・・・・しかし、どこか楽しそうな顔で笑っ
た。



 『言葉・・・・・いい加減に少しは覚えた方がいいみたいだな・・・・・』
(あっちは全然知ろうともしないし)
 とにかく、船がずっと海に出ているというわけは無く、前のようにどこかの街に必ず寄るはずだ。
その時にたとえ運よく逃げられたとしても、全く言葉が分からなければどうすることも出来ない。
 『どうやって覚えよう・・・・・英語も苦手だったしなあ』
先ずは一つ一つの言葉の響きをきちんと聞き取ろうと新たに思いながら甲板を歩いていると、珠生はそこかしこから声を掛けられ
た。
 「タマっ、酔いは大丈夫なのかっ?」
 「飯は食ったか?」
 とにかく、意味は全く分からない。
しかし、笑いながらの言葉には全く敵意は感じられず、日本人の悪い癖か珠生は愛想笑いを返してしまうのだ。
(俺って日本人・・・・・)
ただ、考えてみると、敵意を向けられたり無視をされるよりはずっと居心地がいい。
(あのランボー者を除けば、この船に乗ってる人っていい人ばっかり・・・・・かも)
 「タマ」
 ぼんやりと考えながら歩いていると、ラシェルが声を掛けてきた。
炎天下で被り物もせずに歩いている珠生を見ると、僅かに眉を顰めた後に自分が頭に巻いていた物を取って珠生の頭に器用
に縛り付けた。
 『?』
 「お前の髪は、太陽で焼けてしまいそうなほど綺麗な黒髪だからな」
 『あ、ありがと』
 「その、よく聞く言葉は、もしかして礼か?」
 ラシェルの言葉を聞きながら、珠生は自分の頭が気になった。
(なんか・・・・・変?)
ラシェルが身に付けていた時はカッコイイアイテムだったものが、自分が身につけるとまるで小学生の給食当番の三角巾にしか見
えない気がするのだ。
実際に鏡でその姿を映したわけではないが、多分その想像は大きく間違ってはいないだろう。
 「タマ?」
 それでも、せっかく気を遣ってくれた(多分そうだと思う)ラシェルの行動に突っかかるのも子供っぽいしなと思っていると、突然頭
上から大声が降って来た。
 『な、なにっ?』
ぱっと視線を上げると、大きな白いマストよりも上、多分20メートルはあるだろうはるか上の、見張り台のような所から身を乗り
出した男が何かを叫んでいる。
(何言ってるんだろ?)
何が何だか分からない珠生の身体を、不意に片手で抱き上げたのはラシェルだった。
 『ちょっ?』
 「討伐軍だ!!ラディに連絡を!」
 いきなり耳元で叫ぶラシェルの声には緊張感が漲り、珠生の身体を抱き上げている腕にも力がこもっている。
(な、何があったわけっ?)



直ぐそこに・・・・・海賊を殲滅する為に結成された討伐軍の船が、海賊船エイバルに猛スピードで近付いていた。