時間飛行









                                                          
『』は異国語です




 珠生が言ったように、その家は海岸から歩いて20分ほどの場所にあった。
その間、幾ら海岸沿いとはいえ誰にも擦れ違わないのは凄い幸運だとは思いながら、珠生はふと蒼の足元を見て眉を
顰めた。
 「蒼、足痛くない?」
 「ああ、大丈夫だって。俺、足の裏皮厚いし」
珠生と有希、そしてラディスラスは靴を履いているし、アルティウスも紐を編み込んでいるような草履(珠生の目からしたら
だが)履いている。
ただ、蒼とシエンは裸足のままで、硬いアスファルトを歩かせるのが申し訳なかった。
(昼間じゃないだけましだったよな)
煮えるように熱いアスファルトの上は、とても裸足では歩けなかっただろう。
 『ソウ』
 「うわっ」
 すると、2人の会話を聞いていたのか、シエンがいきなり蒼を抱き上げた。
小柄な蒼は軽々、シエンの腕の中に収まってしまった。
 『だ、だいじょぶ、だって!』
2人きりならまだしも、有希や珠生の前でこんな格好は恥ずかしいのだろう、蒼は慌てたように訴えたが、シエンがその身
体を下ろすことはない。
 『駄目ですよ、あなたの足に傷がつくと、私が痛みを感じるんです』
 『シエン・・・・・』
 「・・・・・」
(うわ〜、ラブラブだな)
 男同士という事を抜きにすれば、この2人はどう見ても熱々の恋人同士だ。
呆れたような、羨ましいような、珠生は自分でも分からないような溜め息をついたが、ふと視線を感じて顔を上げると、ラ
ディスラスが口元に笑みを浮かべていた。
この顔は、何か意地悪を思いついたような表情だ。
 『タマ、お前も・・・・・』
 『おれ、くつはいてる』
ラディスラスが言いそうなことを先手を打って止めると、小さな舌打ちが耳に聞こえた。
(やっぱり・・・・・恥ずかしげも無いんだよなあ、こいつは)
 『い、いいてば、アルティウス!』
 『こんな硬い土の上をそなたに歩かせるわけにはいかないだろうっ』
後ろではまた別の声が聞こえてくる。
珠生はどうか通報されませんようにと祈るしかなかった。



 『・・・・・なんだ、この小屋は。変わった造りをしている』
 『これが僕達の住んでいる世界の家なんだよ』
 『・・・・・』
 有希の説明を聞きながら、アルティウスは眉を顰めて目の前の建物を見た。
まるで東屋かと思うほどに小さく狭いその建物に、家族が何人も一緒に住んでいるという。湯殿も、食堂も、私室も、と
てもこの中に収まっているとは思えなかった。
(この者はかなり貧しい家柄なのか?)
 「さ、どうぞ」
 ごそごそと動いていた少年が(しかし、どうやら有希よりも年上らしいが)変わった形の扉を開いた。
 『アルティウス』
 『・・・・・』
アルティウスは有希に促されて一歩足を踏み入れる。外見の通り中も狭く、アルティウスはまるで木の地下牢に押し込め
られるような気分がした。
中はもちろん暗闇だったが・・・・・。
 『!』
 いきなり、眩しいほどの光が目に飛び込んできて、アルティウスは有希を片腕に抱いたまま剣を構えようとしたが、狭い
場所ではそれさえも出来ない。
 『何者だ!』
言葉だけでも威嚇をしようと叫ぶと、先頭を行っていた少年が慌てて戻ってきた。
 「ちょ、ちょっと、大声出さないでよ!」
 『ア、アルティウス、これタマキさんがデンキ付けたんだよっ、誰かいるわけじゃないから!』
 『デンキ?何だ、それはっ』
初めて聞く単語の意味は全く分からない。
そのアルティウスの苛立ちに気付いた有希は、出来るだけ分かりやすいように説明してくれた。
 『え、デンキは、えっと、炎の代わり?指で押すだけで灯りがつくんだ。でも、危ないわけじゃないから安心して』
有希がどう説明したらいいのかと迷っている様子は良く分かった。ここが有希の世界ならば、そんな不思議なことがあって
もおかしくはないかもしれない。
ただ、指1つで灯りがつくなど、こんな便利な場所と、エクテシアを比べて有希がどう思うのか・・・・・アルティウスはそれが心
配だった。



 『なるほど、ソウの話の通りですね』
 感心したように呟きながら天井の電気を見上げるシエンに、蒼は自慢げに笑って言った。
 『ね?』
お互いを理解し合おうというシエンの言葉で、蒼は出来るだけ自分の世界のことをシエンに話していた。
電気のことも、車のことも、テレビのことも。
言葉がつたないので伝わりにくい表現もあっただろうが、シエンはこの中の異国の男達の中ではダントツにこの日本のこと
を知っているだろう。
 『ソウの家もこんな風?』
 『俺の家は2かい・・・・・えっと、もっと上に高い感じ?』
 『・・・・・出来ればソウの家を見てみたかったですね』
 『シエン・・・・・』
優しくて、頭が良くて、とても頼り甲斐がある大好きな人。
そんなシエンが自慢で、蒼は珠生に向かって言った。
 「シエンはすっごく頭がいいんだ!東大だって入れちゃうぐらい!」
 「東大?・・・・・まあ、日本語は少しは分かるみたいだけど・・・・・」
 「タマの彼は?全然分かんないのか?」
 「か、彼じゃないって!」
 「え〜」
(だって、どう見てもラブラブ光線垂れ流しじゃん)
 チラッと珠生の後ろに立っているラディスラスに視線を向けると、それに気付いた男は珠生に向かって片目を瞑ってみせ
る。
とてもシエンがしないような気障な仕草だ。
(ま、まあ、大変そうだけど・・・・・)
有希とはまた違って苦労してそうだと、蒼は慌てて目を逸らした。



 『ここがタマの家か』
 そのまま玄関を上がろうとしたラディスラスは、ぐっと腕を引っ張られて立ち止まった。
 『なんだ、タマ』
そこにはタマが怒ったようにラディスラスの靴を指している。
 『これ、だめ!こう!』
どうやらここは靴を脱いで上がらなければならないらしく、ラディスラスは先を行く珠生を真似して紐を解いた靴を脱いだ。
(面倒くさいな)
狭い木の板の床を数歩歩くと、再びドアがあり、珠生はそれを開けて更に中に入っていった。
 『・・・・・』
(確かに、家だな)
やはり狭いとは思うが空間があり、テーブルがささやかに置いてある。
あまり人が出入りしていないのか空気が埃っぽい気がしたが、珠生の家だと思うと感慨が深かった。
 「とりあえず、ここにみんな座って。これからのこと話さないと」
 珠生が躊躇い無く床の上に座ると、2人の少年も近くに腰を下ろす。
しかし、黒髪長髪の男は眉を顰めたまま立っており、もう1人は長い布が垂れ下がっている場所に立った。
ラディスラスは自分はどうしようかと一瞬思ったが、結局珠生の隣に腰を下ろした。
 「とにかく、どうするかだよ。俺達お金持ってないから、食料だって買えないし、その服じゃあ・・・・・」
 珠生が目の前の男達を見、その後にラディスラスを見る。
(何を話しているんだ?)
 「この家にはほとんど物は置いてないんだ。父さんの服は少しあるけど、体格差がおっきいし・・・・・」
 「そうだなあ」
 「どうしますか?」
それぞれが自分の相手に向かって今の事情を説明しているようだが、残念なことにラディスラスと珠生の意思の疎通はあ
まりいい方ではなかった。
 『おかね、ないよ。ラディ、なにか、ある?』
 『何かってなあ・・・・・多少の現金は持っているが、ここでは多分使えないだろう?』
 『・・・・・ラディ、やくたたない』
 『タマ、あのな』
深く溜め息をつく珠生に更に話しかけようとした時、
 『なんだ、そのようなことは造作も無い』
 突然黒髪長髪の男が自分の腕に着けていた腕輪を外して珠生に差し出してきた。
 『これをどこぞの商人にでも売るが良い。王たる私の装飾品だ、かなりの金になるはずだろう』
 「す、すごい、ピカピカ・・・・・」
幾つか宝石が埋め込まれているらしいその腕輪は、確かに売ればかなりの金額になるだろう。それを躊躇いも無く差し出
すことが出来るのは、王の余裕と言うところか。
 『アルティウス・・・・・だっけ』
 『下賤の者が気安く我の名を呼ぶでない』
 不思議なことに、全く知らない世界に住んでいるはずの自分達の会話はきちんと成立をしている。
どうしてこれが珠生とではないのだろうかと神の悪戯を嘆きたくなるが、それはもう仕方がないことなのかもしれない。
 『礼だけ言わせてくれ、助かる』
 『お前の為などではない。私のユキを空腹になどさせられないからだ』
 『はいはい』
(・・・・・さすが、どの世界の王様も傲慢な輩が多い)



 珠生の家に辿り着いたのはもう夜明け間近だったらしい。外が明るくなり、周りの景色も見えてきた。
珠生の家は海岸近くでそれ程に民家は無いが、普通にアスファルトの道は通っているし、電柱も立っている。
窓から見える景色を食い入るように見つめている異国の住人に、珠生は一組のジャージを差し出しながら言った。
 「えっと、シエン、王子だっけ?あんたが俺と一緒に質屋に行ってくれる?」
 「わたしが、ですか?」
 「あんたなら多少日本語が分かるし、後の2人よりも普通に外国人だって思われるだろうから。蒼、悪いけどこのジャー
ジ着せてやってよ、その服じゃ外に出られない」
 「シエンにジャージ・・・・・」
 「それしかサイズがフリーなのは無かったんだけど・・・・・駄目?」
 「う、ううん、意外と合うかも」
 蒼がシエンを連れて隣の部屋に行くと、ラディスラスは早速珠生の腕を掴んだ。
 『タマ、あいつだけ服を換えてどうするんだ?まさか、お前とあいつでどこかに行くのか?』
 『だって、アル、ことば、だめ』
 『タマッ』
 「も〜っ、有希、ちょっと説明してよ!」
ラディスラスと同じ世界にいたはずの自分が全く言葉が不自由で、違う世界に行ったはずの有希が通訳出来るというのも
情けない気がするが、そこはもう割り切るしかないと思う。
 「珠生さん、分かったって」
 この中では一番年少なはずの有希だが気を回すのはかなり上手で、全てを投げ渡してしまった珠生の言葉を上手に
説明してくれたらしかった。
 「その代わり、早く帰って来いって」
 「!」
(そんなことを人に言うなよ!)
それがわざとだとは分からない珠生はラディスラスを見上げて睨むが、ラディスラスがそれを怖がるはずが無い。
むしろ可愛いと思っているのが丸分かりで、珠生はフンッと目を逸らすと有希に言った。
 「じゃあ、有希、その制服貸して」
 「あ、はい」
 シエンを着替えさせたように自分もこの現代用の服に変わらないといけない。
幸いに有希の制服はブレザーだし、体格も同じようなものなので大丈夫だろう。
 「じゃあ、こっちに」
蒼達が入ったとは反対の部屋に入ろうとした珠生と有希だったが、その2人の前に男が立ちふさがった。
 『どこに行くのだ!ユキ!』
 『あ、あのね、アルティウス』
 『その者と2人、狭い場所に入って何をする気なのだ!』
 「・・・・・有希、説明してくれる?」
(もう・・・・・ちっとも先に進まないじゃん!)





                                      






現代への時間旅行、第3話です。

じわじわと文明の利器に驚いている異国の攻様方(笑)。

次はもっともっと驚く様を書けそうです。