時間飛行
8
『』は異国語です。
「俺、絶対嫌だって!」
珠生は両手の拳を握り締めて力説する。
「でもさあ、どう考えたってその組み合わせしかないだろ?」
すると、蒼は呆れたように溜め息をつきながら言った。
「さっき見たけど、俺達3人だったら狭いけど何とか入れるとは思うよ。でも、あっちの3人が一緒なんて・・・・・ちょっと考
えると怖いじゃん」
「・・・・・そうですね」
蒼の言葉に有希も難しい顔をして頷いた。
「それに、1人じゃ心配で、壊しちゃったりしてもいけないし、絶対誰かと入らないといけないと思います」
「有希や蒼はいいよっ、結婚してる旦那だろっ?でも、俺は違うんだから!」
「そうは見えないけど・・・・・」
「・・・・・見えませんね」
「絶対反対だって!!」
賑やかな食事を終えると、次は汗を流すこと・・・・・風呂の話になった。
形式は違うが異国の男達も風呂には入ったことがあるので、風呂自体に否とは言わなかった。
しかし、普通の家である珠生のところの風呂は、かろうじて大人2人が入れるくらいの広さしかない。それも、あくまで標
準体型で見ればで、彼ら3人のようにかなり体格のいい男では2人は・・・・・とても無理だ。
当初はそれぞれ、アルティウスと有希、シエンと蒼、ラディスラスと珠生が一番いい組み合わせだと思われた。
異国の男達はもちろん異存はなかったし、有希も蒼も恥ずかしいとは思ったが、それでもいいと思っていた。
しかし、家主である珠生はどうしても頷かないのだ。
「ラディと2人なんてやだよ!」
「どうして?」
「どうしてって・・・・・」
「ただ一緒に入るだけだろ?何もそこでエッチなことしろっていうわけじゃないし」
「そ、蒼!」
何を言うんだと珠生は顔を真っ赤にして叫んだ。
まだ幼い外見の蒼が(珠生も人の事は言えないが)、こんな言葉をストレートに言うとは思ってもいなかった。
「蒼、下品!」
「え〜、だってそういうことを心配してるわけだろ?」
「・・・・・っ」
(た、確かにそうだけど・・・・・)
はっきり言葉にされると妙に生々しくて居たたまれない。
とにかくと、珠生は立ち上がって一同を見回した。
「とにかく、近くの銭湯に行く!」
ここから10分も歩かない所に銭湯がある。家に風呂があるので頻繁には行かなかったが、それでも何度か行ったそこは
常連客だけでもっているような小さなところだ。
あそこなら多分目立たない。
「いいよなっ?」
「え?銭湯あるの?俺行ってみたい!」
「僕、行ったことないです」
蒼も有希もその言葉に誘われたようで、珠生は何とか助かったと胸中で安堵の溜め息をついた。
時間帯のせいか、先客はほんの2,3人のようだ。
「ラッキー、貸切みたいなもんだな」
「俺、久し振り〜」
かしずかれることに慣れているらしい王様と王子様は、本来人の視線と言いものはあまり気にしない。
ラディスラスも神経が図太いので、頓着することはなしに自分の服を脱いでいった。
「あ、アルティウス、腰はタオルで隠してっ」
堂々と逞しい裸体を晒すアルティウスに、有希が慌ててそう言いながらタオルを渡す。
「シエンもだよ!あんまり人には見せないものなの!」
アルティウスもシエンも、世話をされることが嬉しそうだったが、いざ有希と蒼が服を脱ぎ始めるとギョッとしたように慌てて止
めた。
『何をしておる!私以外の男がいる前で肌を晒すとは・・・・・!』
『ソウ、あなたは衣を着たままで良いのではありませんか?』
「・・・・・」
(大変そう・・・・・)
とにかく、自分の伴侶に対して(こういう言い方も変だが)はかなり強烈な独占欲を持っているらしい2人は、自分の身
体は隠さないまま文句を言っている・・・・・らしい。
客がいなくて良かったとほっと安堵しながら服を脱ごうとした珠生は、ふと視線を感じて手を止めてしまった。
『・・・・・なに?』
既に服を脱いでいたラディスラスがこちらを向いている。
その顔に何時ものような意地悪な笑みが浮かんでないなと思った珠生は、少し首を傾げるようにして聞いてみた。
『なに、分からない?』
『・・・・・勿体無いなと思って』
『も?』
『俺にも独占欲はあるんだぜ?』
分からない単語を言われ、珠生は言葉の意味はほとんど分かっていない。
しかし、その声の調子や視線が、ラディスラスがアルティウス達と同様の事を思っているのでは・・・・・と、想像が出来た。
それが何だか怖い気がする。
『は、入るよ、ラディ』
顔が赤くなりそうで、珠生は慌てて1人先に浴室へと駆け込んでいった。
『え?じゃあ、エクテシアにもあるんだ?』
『大浴場は幾つかある。ほとんどのものが民の為のものだがな』
有希が人前で肌を晒すことにかなり不満を持ったらしいアルティウスも、銭湯自体は気に入ったようだった。
自分の宮の湯殿には劣るが広いし、少し熱い湯も気持ちが良かった。
何より、普段は恥ずかしがってなかなか一緒に風呂に入ってくれない有希が、自らアルティウスの身体や髪を洗ってくれ、
有希自身の肌がほんのりと染まるところも堪能出来た。
(湯殿にいたのは老人ばかりだったし、あ奴らも互いの伴侶を見ることで精一杯だったらしいからな)
目の端をその姿が過ぎったとしても、それで邪な思いを抱くことはなかっただろう。
『気に入ってくれました?』
『ユキの世界が堪能出来た』
『本当に?』
アルティウスの言葉に、有希の顔が綻んだ。
『ああ・・・・・しかし、私は早くエクテシアに戻りたい』
『アルティウス・・・・・』
『2つの世界が同じ時間の流れかは分からぬが、私は1日国を空けてしまったことになる。王としてそれはやってはならぬ
ことだ』
『・・・・・うん』
(僕、自分の事ばかり考えてた・・・・・)
アルティウスと共にエクテシアで生きることを決めた有希だったが、あまりにも突然あの世界に行ってしまったので、どうして
も一度戻ってちゃんと決別をしたかった。
本当は家に帰って両親と会って・・・・・しかし、ここから家は少し距離があったし、何より自分にくっ付いてくるだろうアルティ
ウスをどう説明していいのかも分からない。
だが、そんな事を頭の中でグルグル思っていた有希とは反対に、アルティウスは王としての立場でずっと考えていたのだろ
う。
『ごめんなさい、アルティウス・・・・・』
(僕も、王妃としての立場を自覚しなくちゃいけないんだ・・・・・)
『何を謝ることがある』
そんな有希に、アルティウスはきっぱりと言い切った。
『己の祖国に戻ってきた時くらい、心休めるのは当たり前のことだ』
『・・・・・』
『私も、色々な表情のそなたを見ることが出来て嬉しい』
ただ、あのセントウというものは気に食わぬ、ユキと2人ならば心地良かったかもしれぬが・・・・・そう言葉を続けたアルティ
ウスに、有希は胸が一杯で頷くことしか出来なかった。
『こうしてシエンと手を繋いで歩くのもたのしーね』
夜道を珠生の家に向かいながら歩いていると、蒼はホカホカの身体のまま少しシエンにくっ付きたくなった。
そうっと手を繋ぐと、チラッと視線を向けてきたシエンの目も笑っている。なんだかデートみたいだなと(相手は男だが)思って
しまった。
『どうだった?シエン、おれの国』
『驚くことばかりでしたが、とても楽しかったですよ』
『ほんと?』
『何より、ソウが楽しそうな顔を見れて嬉しかった』
自分を思いやってくれる言葉に、蒼は更に嬉しくなって笑う。
『おれも、シエンが驚いたり慌てたりするの、おもしろかった』
『ソウ・・・・・』
困ったように笑ったシエンは・・・・・やがて静かに口を開いた。
『ソウの言葉で想像していた以上に素晴らしく進んだ文明の世界です。住みよさそうな都の造りに豊富な食材、退屈
などしそうにもない遊興の具・・・・・素晴らしい故に、少し不安になりました』
『シエン?』
『この世界で過ごしてきたソウが、本当にバリハンで暮らしていく気持ちになっていたのかと・・・・・』
「!」
思い掛けないシエンの言葉だった。
蒼は言葉でも態度でもシエンが好きだと伝えてきたつもりだし、シエンもそれをきちんと受け取ってくれていると思っていた。
『おれは・・・・・っ』
『たとえそう思ってくれていたとしても、再びこの地に戻ってきて・・・・・ソウの気持ちが揺らいだとしてもしかたありません』
そう言いながら、シエンは繋いだ蒼の手をギュッと握り締めている。
離さないと、離れないでくれとその手が言っているようで、蒼はしばらくシエンの横顔を見つめた後・・・・・自分からもギュッ
とシエンの手を握り返した。
『ここがどんなにいーとこでも、ここにはシエン、いない』
『ソウ』
『おれ、シエンといたいから、一緒にバリハン、帰るよ』
久し振りに帰ってきて、やっぱり食べ物は美味しかった。
お菓子も、ケーキも、ファーストフードも口にピッタリと合う。
テレビもゲームも、町に出るだけで様々なものが溢れていることに心地良さは感じるが、蒼にとってはここはもう懐かしい場
所になっていて、今住む場所ではなくなっていた。
(俺は、シエンといたいんだから・・・・・)
それだけが、今の蒼の望む全てだった。
仲良く歩く2組のカップル(もう夫婦らしいが)を後ろから見ながら、ラディスラスは自分の隣を歩く珠生を見下ろした。
熱い湯に入ったせいか色白の肌はほんのりと染まって、濡れた髪が頬に張り付いているのも色っぽい。
(でも、見知らぬ同士が一緒に湯を浴びるとはな・・・・・)
それはラディスラスにとっては多少ショックな出来事だった。
船の上では軽く身体を拭ったり、桶に湯を溜めて身体を洗うがそれは常に1人で、陸に降りた時も宿の風呂は狭く、とて
も大人数でゆったりとはいかなかった。
身体に自信がないわけではないが、愛しい珠生の裸身を他の男に見せるほど寛大な心は持っておらず、今日は偶々先
客が老人ばかりだったのと、一緒に入ったのが自分の伴侶にしか目にいかない男達ばかりだったので良かったが。
(時々来ていたと言っていたな。・・・・・こいつは自分の価値を分かっていない)
そう言うが、本人は良く分かっていないような顔をして、平気で可愛い乳首も晒していた。
『タマ』
『・・・・・なに?』
『帰ってきて嬉しいか?』
『うれしーよ。ここ、おれのとこだもん』
『・・・・・そうか』
(・・・・・ああ、タマは知らなかったか)
一番初めに有希の口から今回の事情を聞いた時、珠生は蒼と夢中で話していたので肝心な事は聞いていないはずだっ
た。
また、あの世界に戻ってしまうと知ったら、珠生はどう思うだろうか。
船の上にいた時よりも、明らかに生き生きと楽しそうだった珠生。それは自分の世界に帰ってきたことと同時に、同じ境遇
の有希や蒼に出会ったということも大きいかもしれない。
このままこの世界にいることは出来ないが、出来れば有希と蒼を一緒に連れて行けたら・・・・・きっと珠生はこの世界で
見せてくれたような笑顔も浮かべてくれるだろう。
(まあ、あの男達が許すはずがないがな)
大国の王と王子。
彼らが自分達の伴侶を手放すことなど考えられず、ラディスラスは叶わない現実にらしくもなく溜め息を付いてしまった。
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現代への時間旅行、第8話です。
次回9話でそろそろあちらに戻ることになりそうです。
でも、銭湯にあの3人がいたら・・・・・ちょっと怖い(笑)。