海上の絶対君主
第三章 顔の無い医師
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(ムホン・・・・・って、何?)
その言葉の響きがどうしても頭の中で具体的なものにならず(ただ単語として響くだけだ)、珠生は自分の身体を拘束しているラ
ディスラスを見上げながら言った。
「ラディ、ムホン、何?」
「・・・・・」
「ラディ・・・・・」
(うわ・・・・・怖い顔してる・・・・・)
仰ぎ見たラディスラスの顔は、かなり険しいものだった。その表情だけでも、今のユージンの言葉があまりいい意味の言葉ではない
のだろうというのは分かった。
(・・・・・どうしよう・・・・・逃げ出したい・・・・・)
部屋に飛び込んだのは自分の勝手だったが、こんなにも重たい雰囲気を感じてしまうと何だかムズムズしてしまう。
しかし、珠生の肩が揺れたのをラディスラスはどう思ったのか・・・・・珠生の身体を抱きしめている手にますます力を込めてきた。
(い、痛いって、ラディッ)
(謀反だと?王家のお家騒動に俺達を巻き込もうというのか?)
ラディスラスのユージンへの警戒感が更に高まった。
見掛けはのんびりとした金持ちの放蕩息子に見せ掛けながら、その実心の奥底にこれほどだいそれた企みを持っていたのかと思
うと、油断ならないと思った自分の第一印象が間違っていなかったのだと思った。
(これは・・・・・罠か・・・・・?)
医者の居所を教える事との交換条件。
しかし、これではラディスラス達の方が危険度があまりに高すぎる。
海賊という生業ももちろん安全なものではないが、海の上はラディスラスにとっては庭のようなもので、有利なのは間違いがない。
だが、陸の上は・・・・・それも、一国の王を討つというのだ、失敗すれば命がないというのは確かだろう。
「どうだ?ラディスラス」
「・・・・・」
自分の父を討つという話をしているのに、ユージンの表情は楽しそうだった。
いや、頬には笑みが浮かんでいたが、その目には厳しい光が宿っている。
(・・・・・本気か)
「ラディ・・・・・」
腕の中に抱きしめていた珠生が、不安そうな視線を向けてきた。
「タマ・・・・・」
自分だけのことではない。
ラディスラスが頷いても、首を横に振っても、その影響はむしろ周りの方に大きく出てしまうだろう。
(ミュウの為に、医者の居所は知りたいが・・・・・)
「どうする?」
「その条件は、俺達の方に分が悪い」
「どうして?」
「お前はさっき、医者の居所もそれこそ容姿も知らないと言ってただろう?そんなあやふやな情報と、悪くすれば首を取られる謀
反の片棒を担ぐことと、はっきり言って危険度が雲泥の差だ」
「・・・・・確かに」
「この条件を出す以上、お前はさっき言ったこと以上の情報を持っているということか?」
「・・・・・そうだとしたら?」
「・・・・・俺1人で答えは出せない」
「まあ、そうだろうな。ベニートに着くのは後どのくらい?」
「コンラッドに着くのは三日後の予定だ」
「コンラッドか・・・・・じゃあ、そこに着くまでに考えて欲しい。俺の条件をのんでくれるのなら、それなりの情報は教えるし、俺の方
の条件はミシュアが無事医者に診てもらってからで構わない。条件が受け入れられないのなら、港に着いたらそのまま開放してく
れ」
「お前はそれでいいのか?」
「元々もっと時間が掛かると思っていたことだ」
静かにそう言うユージンに、ラディスラスは頷くことが出来なかった。
「ラディ、何があった?」
ずっと黙り込んでいるラディスラスの腕を引っ張りながら、珠生は焦れたように訊ねた。
ユージンのいる部屋から出た後、ラディスラスは珠生の身体を離してくれたが、その表情は厳しいままどんどん歩を進めている。
子供に対するように構われることは鬱陶しいが、何も反応がないのは寂しい・・・・・少し我が儘だとは思うが、珠生は反応のない
ラディスラスの視線を自分の方へ向けたかった。
何より、今のユージンとの会話の意味をちゃんと教えて欲しかった。
「ねえっ」
「・・・・・ん?」
再び、今度はもう少し強くラディスラスの腕を引っ張ると、ようやくラディスラスは自分にくっ付いている珠生に視線を向けた。
「どうした?」
「どうしたって、今の話の説明!」
「今の・・・・・あいつとのことか?」
「そーだよ!ムホンって何?」
「・・・・・」
聞きたい言葉をずばり言うと、ラディスラスは再び眉を潜めてしまった。
「ラディ?」
「謀反というのは、国家の転覆を図ること・・・・・まあ、手っ取り早く言えば、王を王座から引きずり落とすということだな」
「おーさまを?だって、おーさまってことは、あの人のおとーさんってことでしょ?」
「ああ。あいつは自分の父親を追い落とす・・・・・最悪、その首を取る手助けをしろと言っていたんだ」
「!」
(自分の父親を・・・・・殺すってこと?)
珠生は目を丸くした。自分ではとても考えられないことだったからだ。
「そ、そんなの、大変だよ!」
「ああ、大変だ。うまくいかなくて捕まったら、間違いなく極刑だろうな」
「キョ・・・・・ケイ?」
「こっちの方が首を刎ねられるってこと」
「・・・・・っ」
ラディスラスの言葉だけで首がチクッと痛んだような気がした珠生は、慌てて自分の手で首をさすってしまった。
(あいつ、何でそんな怖いこと・・・・・)
珠生にとっては信じがたい事ではあったが、改めて考え直せばここは自分の常識の通じる日本ではなく、王様や海賊とか、まるで
本の中にしか出てこないようなことが普通にあるのだ。
もしかしたらこんな謀反(ようやく言葉の響きと意味が繋がった)は、この世界では良くあることなのかもしれない。
それでも、血の繋がった親子がと思うと、何だかやりきれない思いだった。
それに。
(ラディが手伝って、もしも失敗して捕まっちゃったら・・・・・そのまま死刑になるってことだろ?)
・・・・・そんなこと、考えるのも嫌だ。自分が、というだけではなく、ラディスラスも、他の乗組員達も、1人として捕まったり、ましてや
処刑されるなんてことは考えたくもなかった。
「断るよね?」
「タマ」
「お医者さん、俺達で捜そ?怖いこと、しなくていーよ」
少し、時間は掛かってしまうかもしれないが、それでも誰かが犠牲になってしまうよりは全然ましだ。
ミシュアにはもう少し頑張ってもらって、皆で手分けして・・・・・その方が絶対にいいと思った。
「ね?」
「・・・・・」
「ラディ!」
「・・・・・タマが心配するのも分かる。だがな、こんな計画があることを知ってしまった俺達が、このまま何も知らなかったで済むだろ
うかって思ってな」
「・・・・・?」
「俺達が手を貸さないままあいつが実行して・・・・・まあ、成功すればいいかもしれないが、失敗して捕らわれて、その時俺達の
名前を勝手に出されたらどうなると思う?関わっていないのに安易に一味だと思われて、結局追われる事になるんじゃないかって
考えると・・・・・少し、な」
「・・・・・」
そこまで考えていなかった珠生は、ラディスラスの懸念に沈黙するしかない。
確かに、悪巧み(?)を知った自分達が、このまま何も知らなかったと言って信じてもらえるかどうかは分からない。もしかすれば、ラ
ディスラスに唆されたのだと、荒唐無稽な嘘を言って、自分は罪から逃れようとするかもしれない。
(ま、まさか、そこまで考えて言ったとか・・・・・ないよな)
「の、暢気な顔してたのに・・・・・」
「全くだ。もしかしたらとんだ災いの種を拾ったかもしれないな」
「・・・・・」
珍しく意見が合った2人は、それぞれはあ〜っと深い溜め息をついてしまった。
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