海上の絶対君主
第三章 顔の無い医師
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※ここでの『』の言葉は日本語です
甲板に上がってきた珠生は、そこに見慣れない服を着た2人の男を見付けた。
自分ももちろん、ラディスラス達の服は動きやすく丈夫というのが大前提だったが、目の前の男達は少し堅苦しいといってもいいほ
どのきっちりとした服装だ。
体付きも、逞しいというよりはごく普通の(それでも、珠生よりは遥かに立派だったが)体格で、緊張していた珠生は少しだけ拍子
抜けをしてしまった。
「君・・・・・珍しい目の色をしていますね?」
「はあ?」
その男達は、珠生を見るなり驚いたように呟きながら顔を覗き込んでくる。
少しびっくりした珠生は数歩後ずさったが、それでも相手の行動は威圧的には感じず、純粋な興味を持っているといった風だ。
(な、何か、変なの)
この男達が入国検査の役人かと思えば拍子抜けしてしまうが、珠生以外の者達は、これが彼らなりの警戒を解かせる作戦な
のだろうということを分かっていた。
だが。
「王子っ?」
「ユージン様、なぜあなたがこの船に?」
「国外に出られたということは聞いておりませんでしたが」
ユージンの姿を見た途端(もちろんその時は腰縄などはしていない)、2人の役人は本当に驚いたように駆け寄ってきた。
「・・・・・」
(ホントの王子様だったんだ・・・・・)
少し疑っていた珠生も、彼らの反応でユージンが本当にこの国の王子様なのだと改めて納得する。
目の前では、ユージンが苦笑をしながら、自分がこの船に乗っているわけを誤魔化しながら説明していた。
「小船で沖に出た時暴漢に襲われてね。彼らに助けてもらってここまで送ってもらったんだ。ああ、中に病人がいるから、出来るだ
け早く手続きをしてやってくれ」
「は、はいっ」
「出来るだけ早く手続きをしてやってくれ」
ユージンの言葉を聞きながら、ラディスラスはその変わり身の早さに内心感心していた。
海の上で出会った時は、ただの軽薄な遊び人の顔で。
謀反という、かなり危険な企みの片棒を持ちかけた時は、思いつめたような固い表情で。
そして今は、穏やかな王子の顔で役人達に接しているユージンは、かなり奥の深い男なのかもしれない。
「ラディ、許可が下りたぞ」
不意に、名前を呼ばれて顔を上げると、ユージンが1枚の紙切れを面前に差し出してきた。
「これで、ゆっくりと観光が出来るだろう?」
「・・・・・ああ」
ラディスラスの名前をきちんと言わないのも、きっと海賊ということを知られない為なのだろう。その用意周到さに苦笑を浮かべなが
らも、ラディスラスはその紙を受け取った。
内容には不備は無く、その上付け加えとして、ユージン王子の客人という言葉まである。
(これならかなり自由に動けることは確かだな)
「よし!」
ラディスラスはラシェルとルドーに命じた。
「皆を甲板に集めてくれ!それと、ユージン、お前の価値ある情報もここで教えてもらうぞ」
「分かっている」
言い切ったユージンに、ラディスラスは頷いた。
しばらくして、甲板には今船に乗っている者達全員が集まった。
ミシュアもルドーに抱かれるようにして、日陰になる場所で話を聞くことになっている。
ラディスラスは一同の前に立つと、張りのある声で説明した。
「よく聞け!今回このベニートに来たのは、ミシュアの病を診てくれる医者を捜す為だ!以前にも確かめたが、もう一度言ってお
く!今回のことは俺が勝手に決定したことで、不満がある奴はその間休みをやるから自由にしていいぞ!」
本来、自分達は海賊で、今回のことは船に乗っている乗組員達には直接関係無いことだった。
それを、勝手に決めたことで異を唱える者がいるのならば、協力することを強制するつもりは無いとラディスラスは言った。
嫌々手伝ってもらっても少しの力にもならないし、むしろ余計な揉め事の原因にもなりかねないからだ。
「やります!」
「やらせてください!」
「みんな、王子を助けたいと思ってます!」
しかし、ラディスラスの心配をよそに、乗組員達は口々にそう言った。
既に一緒に一つの海を越えた今は、ミシュアも瑛生も既に自分達の仲間だという意識を持っているのだ。
「・・・・・ああ、分かった」
そんな乗組員達の反応に思わず顔を綻ばせたラディスラスは、そのまま隣に控えていたユージンに向かって言った。
「さあ、約束通り医者の手掛かりを教えてもらおうか」
「・・・・・」
「それとも、あの言葉は嘘だったというのか?」
「・・・・・いや」
ユージンは一度、その場に居並ぶ乗組員達の顔を見回した。ゆっくりと、何かを確かめるかのように・・・・・何を考えてかはラディ
スラスには分からないが。
その視線は、最後にミシュアで止まった。幼馴染というほどには接触は無かっただろうが、それでもお互いの立場も性格も知った2
人の間には、大国の王子ゆえの色々なしがらみも見えているのかもしれない。
ユージンの視線を感じたのか、ミシュアはその頬に小さな笑みを浮かべた。
「ユージン様、ご無理はされませんように」
「・・・・・」
その言葉を聞いたユージンは、ようやく口を開いた。
「王室専属の医師ビアンカには、私から声を掛けてみる。ただ、彼女を動かせば王族の人間にもこちら側の動きを探られる可能
性があるので、あまり期待はしないで欲しい」
「分かった」
「もう1人・・・・・放浪医師のノエルの居場所だが・・・・・はっきりした容姿は私にも分からない。歳は30代とも、60代とも言わ
れているし、髪は金髪か栗色か・・・・・正直に言えば、容姿の特定は難しい」
「おい」
それでは何の意味も無いと言い掛けたラディスラスに、ユージンはだがと言葉を続けた。
「2つ、確かな特徴というものがある。それは、彼の左腕にある火傷の跡と、左右の目が・・・・・碧と金と、左右違うということだ。
腕の火傷の跡は服で隠れているだろうが、目の特徴は隠すことは出来ない。実際、彼に治療をして欲しい人間はその目の特徴
で捜し出したという話もある」
「今はこの国にいるのか?」
「少し前、難病を患っていた都の商家の子供の胸を開いたという話を聞いた。その経過を見ているだろうし、都からそう遠くない
場所にいるはずだ」
多分・・・・・と、少し自信無さ気に言ったユージンだったが、ラディスラスは自分の想像以上の情報量に少し驚いていた。
いくら約束をしたとはいえ、所詮口約束でしかない。
もちろん、ラディスラスは約束を違えるつもりは無いが、何の証も無い今の状況でここまで自分が持っている情報を与えてくれると
は思わなかった。
(・・・・・その前の、ほとんど知らないというのは嘘だったがな・・・・・)
「分かった、助かる」
ラディスラスはユージンに向かってそう言うと、改めて乗組員達を振り返った。
「今の話を聞いたかっ?とにかく、目の色の違う奴、火傷の跡がある奴、そして、医療を行っている奴はとにかく目に留めて報告
してくれ!」
「はいっ!」
「船の修理や備品の補充に動く者達以外は、悪いが捜索にあたって欲しいっ、以上、陸に上がるぞ!」
「おうっ!」
口々にそう言いながら、乗組員達は振り分けられた自分の役目を全うするように動き始める。
何艘かの小船が降ろされて次々と陸に向かって漕ぎ出されていくのを見送りながら、ラディスラスはワクワクとしている様子の珠生
に笑い掛けた。
「俺達も行くか」
「うん!」
「アズハルとエイキはミシュアと港町の診療所に向かってくれ。今の状態をちゃんと保っておかなければな」
「アーディン・・・・・ありがとう」
瑛生が深々と頭を下げた。
「ここまでしてもらって・・・・・もしかしたらミュウは・・・・・」
「もしかじゃない。絶対助けてみせる」
そうでなければ、ここまで来た意味が全くなくなってしまう。
ラディスラスは力強くそう言い切ると、真っ直ぐに今から降り立つ陸を見つめた。
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