海上の絶対君主




第三章 顔の無い医師


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 足早に王宮に向かうラディスラスの後を珠生は必死で追い掛けた。
ラディスラスは宿に残っていろと言ったが、そうしても一緒について行きたいとダダをこね、最終的に根負けしたラディスラスはしっかり
と珠生の手を掴んで足早に歩いている。
 もう少し町に近付くと、貸し馬があると言っていた。とても、王宮まで徒歩で行くことは出来ないらしい。
 「・・・・・っ」
歩幅が違うので、珠生はほとんど走っているような状態なのだが、ラディスラスに止まってくれと声を掛けるのは躊躇ってしまった。
何時もと、少しだけ違う真面目な顔。ノエルを捜す時でさえ何時も笑いながら珠生を励ましてくれていたラディスラスの顔とは全然
違うような気がした。
(ラディ・・・・・何考えてるんだろ・・・・・?)
 ユージンと交わしたという約束。それが今の自分達にどういった影響があるのか、珠生は心配でたまらない。

 「一国の運命を俺達が動かすんだ、タマ」

確か、ラディスラスはそう言った。一国を動かすということは何か大きな事件を起こそうとしているのか・・・・・もしかしたらそれが自分
のせいなのかと思うと、珠生はどうしたらいいのかと思わずラディスラスの手を握る指に力を込めた。
 「タマ?」
 そんな珠生の様子に気付いたらしいラディスラスが立ち止まった。
 「すまなかった、ちょっと急ぎ過ぎたか?」
 「ラディ」
 「ん?」
 「危ないこと、する?」
 「タマ・・・・・」
 「ラディ、国のうんめー動かす言った。何か、怖いこと、考えてる?」
怖いと思っていても、きちんと知っていなければと思う。
珠生はラディスラスが誤魔化したりしないように、じっと真っ直ぐにラディスラスの目を見つめた。



(誤魔化しは無し・・・・・か)
 珠生に説明をして、全て理解出来るかどうかといえば・・・・・分からない。もしかして、言葉の響きを怖いと感じ、止めて欲しいと
言ってくるかもしれないが、ユージンと交わした約束をラディスラスは破るつもりは無かった。
 「タマ、よく聞け。お前とエーキは、ミュウの治療が終わり次第、この国から出て行くんだ。船は俺が手配するし、当面の生活出
来るくらいの金は渡す」
 「・・・・・何言う?ラディと俺、離れる?」
 「俺はな、ちょっとやばいことをしなきゃならない。それは絶対に破ることが出来ない約束なんだ」
 「ヤバイ?」
 「だから、出来ればお前達は安全な場所に行ってもらいたい。タマ、俺の言うこと、分かるか?」
 「やだ!」
 「タマ」
 「ラディ、それ、あの男との約束でしょっ?お医者さん見つけるの、手伝ってくれる代わりの約束だねっ?それなら俺もカンケーあ
るよ!」
珠生はしっかりとラディスラスの腕を掴んだ。
 「逃げるのやだ!いっしょにいる!俺も、約束守る!」
 「・・・・・馬鹿だなあ、お前」
 珠生がこう言うだろうということはある程度予想が付いていた。
見た目はまだ子供で、どこか少女のような面影もある珠生だが、その度胸は思い掛けなく並みの男よりもいい。
それは、本当の怖さというものを知らないからという、怖いもの知らずな面も大きいだろうが、それでも直ぐに止めてくれと言うので
はなく、自分も一緒にと言ってくれる気持ちが嬉しかった。
(男なんだよな、こいつ・・・・・)
 「とにかく、一度ユージンに会ってから決めよう」
 「ラディ!」
 「あいつがどこまでする気なのか、俺もまだきちんと聞いていないんだ。それによっては、タマ、お前の力も借りるかもしれない。だ
が、本当に危険なら、お前がどんなに言っても連れて行く気は無い。それでいいな?」
 「・・・・・」
 「いいな?タマ」
 「・・・・・いちおー、聞いとく」
素直には頷いてくれない珠生に苦笑を零すと、ラディスラスは貸し馬の家に向かって再び足を速めた。



 馬に乗って(珠生はラディスラスの前に乗せてもらって)、王宮の正門の前に着いたのはもう夜もかなり更けた頃だった。
本来ならば、こんな時間に面会に来ても当然夜が明けてからと門前払いされるのが本当だが、幸いにしてラディスラスはユージン
直筆の入国許可証を持っている。
それには、これを持っている者の要求には答えるようにとの但し書きもあったらしいので、門番はいぶかしげな顔をしながらもユージ
ンに取次ぎをしてくれた。
 「ああ、お前達か」
 「夜遅く、悪い」
 「いいや。タマも来てくれたのか」
 ユージンは直ぐに自ら門まで出迎えに来た。
王族らしい手の込んだ刺繍が施されている上着を羽織っているその姿は、海の上で見たような気楽な貴族の息子という雰囲気
とはやはり違う感じがして、珠生は少しだけ気後れしたかのようにラディスラスの背に隠れてしまった。
(服のせいかな・・・・・何か、ちょっと雰囲気が違う・・・・・)
 「少し話があるんだが」
 「・・・・・いいよ。少し出てくる」
 「王子っ、こんな夜更けに供も無く出歩かれては困ります!」
 「遠くには行かないよ」
 止める門番に軽く手を上げてそう言ったユージンは、自分から先になって歩き始めた。
続いて馬を引いたラディスラスが続き、その服を掴んだ珠生が付いていく。
さすがに王宮の敷地内なのでポツポツと見張が立っているし、見回りで歩いている衛兵達の姿もあった。
 「医者探しはどう?俺も彼女に言ってるんだけど、丁度父上の容態が悪くてね」
 「見付かった」
 「え?」
 「ノエルは見付かった。ミシュアを見てもらって、2日後、胸を開けて治療をしてもらうことになった。お前は正しい情報を俺に教え
てくれた。だから俺も、お前との約束を果たそうと思う」
 立ち止まったユージンは、さすがに少し驚いたようだった。
自分が人相を教えたとはいえ、こんなに早く見付かるとは思わなかったのだろう。確かに、偶然珠生が見つけなければまだ時間が
掛かっていたのは想像出来て、珠生は本当に自分は運が良かったのだと改めて思えた。



(もう見付けたのか・・・・・少し早かったな)
 放浪の医者ノエル・・・・・。彼が今は国内にいるらしいという情報もあったので、いずれは見付かるだろうとも思っていたが、それ
でもユージンの予想よりも随分早かった。
そして。
 「そのまま逃げられたのに」
こうして律儀に自分の目の前にラディスラスがいるのにも・・・・・少し、驚いた。
口約束など、簡単に破ることも出来たはずだからだ。
必ずと交わした約束だが、その内容はとても普通の人間が簡単に受け入れられるほど軽いものではなく、ユージンは心のどこかで
このままラディスラスは現れないのではないかとも思っていた。
それでも、昔馴染みのミシュアの命が助かるのならば、まあいいかとも。
 だが、こうしてラディスラスは自分の目の前に立っている。それもあの約束を無かったものにしてもらう為の訪問ではなく、履行す
る為に・・・・・だ。
 「お前、結構バカ?」
その言葉に、ラディスラスは眉を潜めた。
 「・・・・・お前が本気だったから、それを反故には出来なかった」
 「・・・・・」
 「医者を見付けたとはいえ、ミシュアが助かるかどうかは正直分からない。それでも無かったはずの可能性を引き寄せることが出
来たのは確かにお前のおかげだ・・・・・感謝する」
 「・・・・・礼を言われるのも照れくさいな」
 軽い口調でそう言いながら、ユージンは少し後悔をしていた。
使い捨て出来る荒くれ者の、多少使えるだろう海賊。
ラディスラスを利用しようと思った時から出来るだけそう思い込もうとしていたが、やはりこの男はそんなに軽い人間ではなかったらし
い。
 「・・・・・参ったな」
(本当に、参った・・・・・)
ユージンは口の中でそう呟くと少しだけ目を閉じる。
自分の思っていることを口に出すには、もう少しの時間と覚悟が必要だった。