海上の絶対君主




第三章 顔の無い医師


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 ラディスラスは、文字通り目を丸くして珠生を見つめていた。
珠生が何に対して怒りを覚えているのかはよく分からなかったが、今の珠生の言葉は・・・・・少し乱暴のような気はするものの、間
違いなく愛の告白ではないだろうか。

 「ラディが邪魔だ思っても、俺は一緒についてくから!置いてくつもりだったら、ラディの頭後ろからゴンッてなぐって、その間にしっか
り紐で離れないようにギュウギュウ結ぶから!!」
 「俺から逃げられる思うなよ!!」

あれ程熱い愛の言葉は初めて聞いた。
 「くっそう!可愛い奴!」
 「うわあ!」
 いきなりラディスラスは珠生の身体を軽々と抱き上げた。
 「ラディッ、放せ!俺、怒ってる!ユージンと、内緒で話してた!」
 「馬鹿だな、俺がお前を置いて行くわけ無いだろう?」
 「・・・・・ホントか?」
 「ラシェルやアズハルを置いていっても、タマだけは連れて行く。当たり前だろう?」
冗談ではなく本気でラディスラスが言っているのが分かるのか、ラシェルもアズハルも呆れ顔になっているものの、そんなことを気に
するラディスラスではなかった。
ユージンと話していたということは、多分夕べの会話を聞いていたのだろう。あれを聞いてどうしてこんな考えになってしまうのか、そ
れが珠生だといえばそれまでだが、その誤解のおかげでこんな嬉しい珠生の本音も聞けたのだ。
 「タマ、今からお前に全部話すぞ。ラシェル、アズハル、途中になったがもう一度最初からいいか?」
 「もちろん」
 「構いませんよ」
2人の頷きに、ラディスラスは珠生を自分の座っていた隣の椅子の上に下ろすと、ずいっと珠生に向かって身を乗り出した。
 「いいか、分からないところがあったらそのたびに聞けよ?」
 「う、うん」





 ラディスラスの話は珠生にとっては全く想像もしていなかったことだった。
いや、確かにユージンは何度か取引というようなことを言っていたが、それが国を動かすこんな大きなことだとは全く考え付かなかっ
た。
そして、ユージンの兄に対する愛情。
兄の苦悩。そして、ラウルとの関係。
一つ一つ説明を受ければ、自分が表面上の話しか聞いていなかったことが分かり、珠生は見る見る顔が赤くなっていくのを感じ
るが、それでも今度こそはラディスラスの話を一言も聞き漏らさないようにとじっと耳を傾けていた。
 「・・・・・そういうわけだ。俺は医師を捜す手掛かりをくれたユージンとの約束を守ろうと思っている。一国を潰すのはさすがに無理
かもしれないが、引っ掻き回すことくらいなら楽しく出来そうだしな」
 「俺ももちろん同行しますよ。王子の命の恩人に報いなければ気がすまない」
ラシェルが言葉を継ぐ。その答えは予想していたのか、ラディスラスは何も言わないまま、アズハルに視線を向けた。
 「アズハルは王子に付いていた方がいいだろう」
 「・・・・・いいえ、私が王子に対して出来ることは、エーキでも十分出来ることです。それに、今回治療を手伝ってくれた医師の
方達が経過も責任持って診て下さるということだし。エイバルの乗組員の身体は私で無いと診れないでしょう?」
穏やかに笑うアズハルに頷いたラディスラスは、次に珠生の方を向いた。
 「タマ、お前は?」
 「お、俺?」
 「俺はお前を置いていく気はない。どんな危険な場所にだって、俺が必ず守るつもりでお前を傍に置いておきたい。だが、お前が
ミュウのことやエーキのことが気になって仕方が無いというならここに残ってもいいんだぞ」
 「・・・・・」
(王子と、父さんのこと・・・・・)

 ようやく、珠生はラディスラスの態度の不自然さが何なのか気が付いた。
珠生を傍に置いておきたいと思いながら、なかなか珠生に真相を言わなかった・・・・・いや、誤魔化していた理由。
(俺と父さんのこと、考えてくれてたんだ)
 父と再会して以来、珠生は暇さえあれば父にくっ付いていた。
死んだと思っていた大好きな父がこの不思議な世界で生きていてくれたという喜びもあったが、父を慕っているミシュアに対抗する
かのように父の愛情を欲した。
ただ、ミシュアの身体のこともあり、その愛情はどこか屈折してしまっていたのも確かで、そのせいで気持ちが沈む日々が続いた。
だが・・・・・大変な手術を終えた今、珠生の心は少しだけ変わった。
ミシュアのことを嫌いなわけではなく、その健康が1日も早く回復することを願っている。
そして、何とかミシュアの父への想いを、受け入れることは出来なくても・・・・・見てみぬふりをしようと思っていた。
(でも、どれもミシュアが回復しなきゃ駄目な話だし・・・・・)

 「タマ、俺はちゃんとお前の所に戻ってくる。今回は多少危ないこともあるかもしれないが、命まで失うことは無いだろう。だから、
お前がここでエーキと一緒にミシュアの回復を待っていると言ってもいいんだぞ?」
 「・・・・・」
 「タマ」
 「・・・・・行く」
 「無理しなくても・・・・・」
 「行く!」
珠生は椅子から立ち上がった。
 「俺はっ、ラディと一緒に行くって決めたんだ!ラディッ、俺のあいぽーだもん!」
 「アイポー?]
 「あいぽー、同じってこと!助けて、助けてもらって、2人、一緒ってこと!どっちかだけが一生懸命じゃ駄目なんだよ!一緒に前
に行かないと!」
自分の中のラディスラスの位置をどう説明していいのか分からない。でも、愛だの恋だの、甘いだけではないと思う。
珠生はラディスラスに庇われるだけは嫌だったし、守る為にと置いていかれるのも嫌だ。
ラディスラスのことを自分だって守りたいと思うし、一緒に立っていたいと思っている。
(父さんには甘えてばっかりだけど、ラディにはそれだけじゃ嫌なんだよ!)



 じっと自分を見下ろしている珠生をラディスラスは見上げた。
瑛生よりも自分を取る・・・・・そう言われたと思っていいのだろうか。
(エーキにミシュアがいるからというわけではなくて、タマが俺だから・・・・・一緒にいたいって・・・・・?)
 「いいだろ?ラディ!俺も行く!」
 「・・・・・少し、時間が掛かるかもしれないぞ」
 「いーよ!」
 「今は安定しているが、ミシュアの容態に何かあった時、俺達は直ぐには駆けつけられないかもしれない」
 「おーじにはとーさんがいる!」
 「・・・・・そっか」
 「覚悟きめろよ、ラディ!俺がいいって言ってるんだから!」
 絶対に置いて行かないと言いながら、なかなか頷かないラディスラスに焦れたように叫ぶ珠生。
しかし・・・・・。
(・・・・・くっそ〜、ここに誰もいなかったら押し倒せたのに・・・・・っ)
ラディスラスが直ぐに頷かないのは、珠生と瑛生とミシュアの関係を憂いているからというわけではなかった。実は・・・・・必死で叫
んでいる珠生があまりに可愛いので、もっと見ていたいと思ってしまったのだ。
何時もは憎まれ口をきいてなかなかラディスラスへの想いを言わない珠生が、今、父親の瑛生よりもラディスラスと一緒にいたいと
言ってくれている。
ようやく求められたのだと、悦にいっても仕方が無いだろう。
 「ラディッ、早く、返事!」
 「ああ、分かった分かった」
 「それって、何分かったっ?もうっ、ちゃんと言えってば!」
 「はいはい」
 眉を潜めて文句を言う珠生の後ろでは、ラシェルとアズハルがやっていられないというように首を振っている。
だが、口に出して文句を言わないのは、さすが・・・・・ラディスラスの仲間といってもいいだろう。
 「ラディ!」
 「分かった、タマ、一緒に行くか」
 「ホントっ?」
 「俺とお前はアイポー、だろ?」
(今度エーキに確かめておくか)
まあ、仮に言葉が多少間違っていたとしても、珠生が自分に対してそれほどまでに強い信頼と愛情(?)を抱いてくれているのに
は間違いが無いはずだ。
 「さーて、忙しくなりそうだ」
本職の海賊業とは違うが、これから自分達がするのは一国を舞台にした大きな喧嘩だ。
最終的な勝敗はもう決まっているが、そこに至るまでは十分遊べると思う。
 「これからもよろしくな、タマ」
 「おう!」
可愛らしく笑う珠生の腰を抱きしめたラディスラスだが、
 「・・・・・っ、お尻触るんじゃない!」
 「・・・・・って」
調子に乗ったスキンシップはお気に召さなかったのか、ラディスラスは盛大な平手打ちを頬に食らってしまった。




                                                                     end


                                                      第三章 顔の無い医師 (完)




                                              




第三章完結です。
ミシュアの病気は一段落付いたので、この辺りで終わらせました。今度はベニート共和国の王位継承を巡るでっかい兄弟喧嘩の話になります。
次回こそ、タマとラディのラブラブシーンも出てくるはず(?)ですよ。
それでは、第四章再開をお待ち下さい。