重なる縁
2
自分の服の袖をギュッと握ったまま歩く真琴に、海藤は苦笑を洩らしながら言った。
「どうした?怖いものなんか出ないぞ?」
「お、お化けとかが怖いんじゃなくって、何か壊したり汚したりしたらいけない気がして・・・・・」
「そうか?」
真琴の言葉に海藤は内心首を傾げた。
確かに隠居してから骨董に目覚めたのか、そこかしこに高そうな絵や置物が飾られている。しかし、海藤自身は全く興味が
ないので、絵は汚れる、置物は壊れるといったドライな考えだ。
そこまで気にすることはないと言ってやろうとも思ったが、びくびくしている様が小動物のように可愛いので、海藤は黙っている
ことにした。
「海藤さん、伯父さんって、海藤さんに似てますか?」
「俺に?・・・・・いや、どうかな」
「やっぱり、健さんみたいな感じですか?」
「健さん?」
さすがに思いつかずに聞き返すと、真琴は真面目な顔で言った。
「高倉健ですよ。仁義無きって映画、見たことないですか?俺、じいちゃんが健さん好きだったから付き合って見てて・・・・・
やっぱりヤクザさんのトップって、健さんみたいな人ですよねっ?」
プッと吹き出して腹を押さえながら笑い出したのは綾辻だった。
倉橋もギュッと噛み締めた口の端がヒクヒクと震えている。
さすがの海藤も思わず苦笑して、ポンポンと真琴の頭を叩いた。
「あれは映画だろう?」
「でも、俺の中ではそんなイメージだったんですよ!だから、家も洋風なとこがピンと来なくって」
「じゃ、じゃあ、マコちゃん、会長はどうなの?健さんタイプ?」
綾辻が笑いながら聞いてくるのに、真琴はう〜んと首を傾げた。
「海藤さんはまだ若いし・・・・・ちょっと違うかな?倉橋さんはどう思いますか?」
いきなり聞かれた倉橋は、少し間をおいた後、静かに言った。
「確かに、高倉健はヤクザの世界でも憧れている人間は多いですね。私も好きです」
的が外れた答えに、綾辻は盛大に笑い始めた。
長く広い廊下をしばらく歩くと、ある扉の前に1人の男が立っていた。
いかにもボディーガードといった強面の男は、真琴達の姿を認めると深く頭を下げた後、扉をノックしてしてから大きく開いた。
「ほら」
一瞬、足がすくんでしまった真琴だったが、海藤に促されておずおずと部屋の中に入る。
呆気にとられるほど広い部屋の中はやはり洋風だった。
「貴士!」
(え?)
よく響く声が海藤の名を呼ぶ。
その時になって、やっと真琴の目に1人の男の姿が映った。
「よく来たな!」
海藤よりは背が低いものの十分長身の男は、まるで外人のように大きく手を広げて海藤を抱きしめる。
真琴は唖然としてその男を見つめた。
(こ、この人が・・・・・?)
慣れているのか、海藤は抵抗をせずにしばらくそのまま抱擁を受け入れていたが、やがてゆっくりとその身体を引き離した。
「もう止めてくださいと何時も言っているでしょう。真琴が驚いています」
「真琴?ああ!君がマコちゃんか!」
「け・・・・・」
「け?」
「健さんじゃない・・・・・」
目の前の人物は、全く真琴の予想外の人物だった。
長身ということ以外、海藤とは似ても似つかない容貌なのだ。
(ほんとに・・・・・ヤクザさんだったひと・・・・・?)
中年太りという言葉は全く当てはまらないようなほっそりとした体型に、服はラフなシャツにジーパンといったいでたちだ。
少し白いものが混じり始めた髪は栗色で、綺麗に撫で付けられており、それなりに年齢を感じさせる容貌もすっきりと整っ
ている。
海藤が和の静寂さを感じさせる男としたら、目の前の人物・・・・・海藤の伯父の菱沼辰雄は洋の華やかさを持っていた。
(俺には厳しいって・・・・・隠居して丸くなったって言ってたのに・・・・・)
全くの想像外だ。
「健さんって?」
「た、高倉健です。お、親分さんだったってき、聞いたから・・・・・」
「ああ!それで!光栄だよ、高倉健と同列なんて!」
「あ、いや・・・・・」
(だから、健さんとは違うって・・・・・)
真琴の動揺も一切眼中にないように、菱沼は両手で真琴の手を強く握った。
「ようこそ、マコちゃん、こんな田舎まで」
「ま、マコちゃんって・・・・・」
「ん?ユウが言ってたからうつったんだよ」
「ゆ、ユウって、綾辻さん?」
「ユウとは気が合ってね。貴士に頼んでちょくちょく遊びに来てもらっているんだ。もちろん、マコちゃんもこれから遊びに来る
といい、歓迎するよ」
「は、はあ・・・・・」
菱沼の勢いに圧倒されている真琴を見かねたのか、海藤が2人の間に立った。
「それ以上からかわないで下さい。あなたの勢いに付いていくのは大変ですから」
「それに、必要以上に接近して欲しくないんだろう?」
「・・・・・」
「相変わらずお前は表情が乏しいなあ。マコちゃんやユウを見習いなさい」
真琴は後ろでクスクスと笑い続けている綾辻を振り返った。
「ほ、本当に、親分さん?」
「そ〜よ。想像と違った?」
「ち、違いました」
「今でも相当怖い人なんだけどね。どうやらマコちゃんは合格みたい」
「・・・・・」
(あ、綾辻さん2号・・・・・)
ヤクザというイメージとも、海藤とも、全く違う印象の菱沼に、真琴はただ圧倒されたように立っているしか出来なかった。
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