重なる縁



10






 「大羽会の会長は、カジノでだいぶ損を出したらしいが・・・・・」
 美和子は自分の父親の名前を出されて、ビクッと肩を震わせた。
 「億の単位の大損で、遠山組に上げる上納金にも手を出したそうだが、その始末はどうするつもりなんだ?」
 「・・・・・父のことです。私は・・・・・」
 「幾ら開成会が羽振りが良くても、個人の遊興費までは立て替えるつもりはない。注意する部下もいないとは・・・・・潰さ
れるのも時間の問題だな。まあ、見目だけはいい娘がいたら、酔狂なジジイが援助するかもしれないが」
美和子は真っ青になっていた。確かに、海藤の目に留まらなければ、次に待っているのは屈辱的な待遇だ。
前々からコナを掛けてきている70過ぎの醜い老人に抱かれる自分を想像し、美和子は卒倒しそうになる。
 「貴士さん!父は確かに馬鹿なことをしでかしましたが、まだ九州では相当な顔ですわ!あなたの進出に絶対に力にな
れるはずっ」
 「・・・・・女の家の力を借りるほど枯れてないんでね」
 「・・・・・っ」
 「次は加納商事専務の娘か」
 「わ、私には何の問題もありませんわ」
 隣で蹲る美和子を横目に、友香は強張った笑みを浮かべた。
 「本当に?」
 「・・・・・な、何のことでしょう」
 「専務は現社長の甥に当たるそうだが、親族の関係は良好か?」
 「もちろんですっ」
 「専務が裏帳簿を隠してあると知っても?」
 「!」
 「業者からのリベートも随分懐に入れているようだし、金が好きな御仁のようだ」
倉橋の調べでは、今社長派と専務派の派閥争いが激しいらしく、今度の役員会でどちらがより多くの支持を集めるのか
が焦点になっているようだ。
 「俺の名前を出したら、かえって票が離れるんじゃないか?」
 「・・・・・貴士さんは経済界でもトップの知名度をお持ちですわ。父が頼りにするのは当然だと思います。それに、私は以
前からあなたのことを・・・・・」
 「それは、金髪の男と手を切ってからだな」
 「そ、それは、彼はただのお友達で・・・・・っ」
 「友達なら誰とでも寝る女なのか」
 「・・・・・っ」
 海藤は最後に残った女を見た。
既に脱落したライバル達を尻目に、嫣然と微笑みながら聡美は言った。
 「貴士さん、私は家族の問題も何もないし、お付き合いしている男性もいない。あなたと十分釣り合うと思いますわ」
 「・・・・・ああ、確かに、調べさせても何の問題もなかったな」
 「そうでしょう」
にっこり笑う聡美に、海藤は冷たい一瞥を向けた。
 「おまえ自身に価値もないがな」
 「・・・・・え?」
 「なんの面白味もない、他人の不幸を笑える女。視界に入れるのさえ不愉快だ」
 「な、何を!」
 「最初に言わなかったか?お前ら相手じゃ勃ちもしない。無理矢理突っ込んでも、そこから腐っていきそうだ」
 「・・・・・!」
 「どんな顔で涼子さんを騙したのかは知らないが、二度とその面を俺の前に見せるな」
 海藤はそう言い放つと、そのまま部屋を出た。口に銜えた煙草が苦いのは、今の不愉快な時間のせいだろう。
何時もならば女を相手にそこまで言うこともないのだか、多分あの人種は甘い顔を見せればそこから入り込んでくるはずだ。
海藤から見れば取るに足らない存在でも、どこから真琴にまで害が及ぶかも分からない。
そう思えば、ここで叩き潰すのに何の躊躇いもなかった。
(・・・・・どういうつもりだ・・・・・?)
 それよりも、海藤が気になったのは涼子のことだった。
たった数時間の調査で、あれだけのアラが浮かんだ。倉橋や綾辻が優秀とはいえ、涼子が全く気付かないというのも不自
然過ぎた。
どう考えても、わざとでしか思えない。
一筋縄ではいかない涼子の思惑に、海藤はすっと目を細めて考え込む。
その頭の中には、既に先程の3人の女のことなど全く消えてしまっていた。



 「真琴さん、何か食べませんか?」
 「え〜と・・・・・、海藤さんが戻ってから一緒に」
 倉橋は苦笑した。
渡したデータがあれば直ぐに始末を付けれるだろう。
 「では、何か飲み物でも・・・・・」
 そう言い掛けた倉橋は、こちらに近付いてくる人影に視線を止めた。
 「ご苦労、倉橋」
 「会長とご一緒ではなかったんですか?」
 「貴士は取り込み中」
笑いながら言った涼子は、倉橋の傍に立っている真琴に目を向けた。
 「少し、いいかしら?」
 「お、俺ですか?」
 「涼子さん、私はこの方に付いているように会長に申し付けられています。私もご一緒させて下さい」
 姐さんとか、奥様とかいう呼び方は老けて聞こえると、涼子は訪れる者に対しては名前で呼ぶことを徹底させている。
この屋敷の中はまさに彼女の城で、たとえ海藤であっても自由に出来ないのが現状だった。
その涼子に対して、こうして意見を言うことも異例だったが、涼子は意外にも倉橋をとがめる事はしなかった。
 「壁になれる?」
 「・・・・・はい」
 「それならいいわ」
 そう言うと、涼子は背を向けて歩き始めた。
倉橋は呆然としている真琴の背をそっと押し、その耳元で早口に言う。
 「言う通りにした方が賢明です。私も付いて行きますから」
 「う、あ、はいっ」
 慌てたのか、思わず足がもつれて転びそうになる真琴を素早く支え、倉橋はその腰を抱くようにして歩き始めた。
海藤に見られたら大変なことだが、この方がずっと早い。
 「真琴さん、涼子さんは少しきつい物言いをされますが、理不尽なことはされない方です。心配しなくても大丈夫ですよ」
 「・・・・・そうですね、倉橋さんも一緒だし」
 「私はお役に立つかどうか・・・・・」
 「傍にいてくれるだけで安心です」
本当に安心したような笑顔を見せる真琴に、さすがの倉橋もドキッとしてしまった。
(無自覚なだけに・・・・・怖いな)