重なる縁
11
涼子が2人を案内したのはプライベート空間の和室で、あれ程いる人間の気配は全くといっていい程しない。
「・・・・・」
上座に座った涼子の向かいに躊躇いながら腰を下ろした真琴は、自分よりも少し後ろに控える倉橋にチラッと視線を向け
た。
倉橋は軽く頷いてくれ、そっと真琴に前を向くよう合図する。
真琴は慌てて涼子と対面した。
「今朝は失礼したわね。あなたの事は名前しか知らなかったから」
「い、いえ」
(・・・・・名前は知ってたんだ・・・・・)
涼子の耳に自分がどのような存在として入っているのか、真琴は少し怖い気もした。
「貴士は今取り込み中と言ったけれど、今、私が進める娘達と会っているのよ」
「え?」
意味が分からなくて思わず問い返すと、涼子は真っ直ぐに真琴を見つめながら言った。
「お見合い」
「・・・・・お見合い?」
(海藤さんが・・・・・?)
海藤と見合いという言葉が繋がらなくて、真琴はポツリと声に出してみる。
すると、まるで洪水のように現実が襲ってきた。
(お見合い、海藤さんがお見合いしてる?)
嫌だというよりも、まず真琴が思ったのは、やはりという気持ちだった。
海藤の自分に対する愛情を疑うことはなかったが、周りが海藤に対して何を望んでいるか、それは真琴がわざと考えないよ
うにしていたことだ。
海藤の仕事は別として、社会人で30を越した海藤と、学生でまだ10代の真琴では、結婚に対する世間の目は全く違う
だろう。
真琴自身、自分が結婚することなどとても考えられないし、周りもまだまだと思ってくれる。
しかし、海藤は・・・・・。
「あれももう32になるわ。1つの会の長としても、身を固めてもおかしくないわよね」
「は、はい」
「身贔屓ではないけど、あれだけの男だから引く手も数多なの。ねえ、あなたはどう思う?」
「・・・・・」
「結婚はおろか、愛人の1人もいない。そんな甲斐性無しにしたのは誰かしら」
1つ1つの言葉が胸に響き、真琴は唇を噛み締めた。
男同士で付き合うということは、世間から見ればどういうことなのか、頭の中でぼんやりと考えていたものが、涼子という存在
で目に見えてしまった。
「貴士の子供が見たいのよ」
「・・・・・」
「私達には子供が出来なかったから、小さい頃から育てた貴士は我が子同然。息子の子供を抱きたいと言っても、バチ
は当たらないでしょう?」
「涼子さん、会長はただ子供をつくるだけで女を抱くことはしません」
壁でいるようにと言われていた倉橋が、思わず口を挟んでしまった。
「・・・・・壁は口が無いものよ」
「・・・・・」
「多分、今回の娘達は駄目なのは分かってる。裏で多少まずい事があるみたいだし、貴士もそれに気付かないような男
じゃないだろうし。倉橋、お前も噛んでるでしょう?」
「私は・・・・・」
「これは前哨戦よ。これからもっと力を付けていけば、周りは貴士を放っておかない。次から次へと降る様に話がくるわよ。
それでも平気?」
試されている・・・・・真琴はふとそう思った。
長い間極道の妻として歩んできた涼子は、真琴にも同じような覚悟があるのかと聞いている気がした。
(好きとかいう気持ちだけじゃなくて・・・・・それ以上の・・・・・)
「俺は・・・・・」
パーティー会場に戻った海藤は、そこに真琴の姿がないのに直ぐに気付いた。
付いている様にと言った倉橋の姿もないので一緒だとは思ったが、どこに行ったのか直ぐには見当が付かなかった。
「会長」
そこへ、綾辻が近付いてきて耳元で言った。
「涼子さんと一緒のようです」
「・・・・・どこだ?」
「奥に行っていたそうなので・・・・・」
「座敷か」
海藤は直ぐに大股で座敷に向かった。
(いったい真琴に何を・・・・・)
海藤にとって、涼子は女という人種の中で唯一尊敬出来る相手だが、その強い性格には時折悩まされることも多かった。
自分にとってのそれは愛情として受け止められるが、真琴にとってはどうだろうか。
あの涼子に真琴がどう責められているのか、海藤は歩く速度も早くなった。
「・・・・・」
奥の座敷について直ぐ襖を開けようとした海藤は、中から聞こえてきた真琴の声に思わず手を止めてしまった。
「・・・・・好きだという気持ちだけじゃ駄目ですか?」
(真琴・・・・・?)
「俺はこっちの世界のことはよく分からないし、まだ大学生でお金も何もないし、おまけに男で・・・・・海藤さんには何もあげ
るものはありません。もしも、将来、海藤さんが子供が欲しくなって・・・・・その、女の人と一緒になりたいって言われたら、多
分、手を離しちゃうかもしれないけど・・・・・あ~、あの、やっぱり、分かりません」
自分でも言っている途中で分からなくなったのか、真琴はあ~とかう~とか言葉を挟みながら、結局気持ちをまとめきれず
にそう言った。
「どう分からないの?」
「将来こうなるだろうとか、多分そうするだろうとか、今ここで言ったとしても、本当にその時が来たら、きっと泣いて叫んじゃう
と思います、嫌だって」
「・・・・・」
「向こうに行っちゃやだって、離れるのは嫌だって、多分、自分でも意味が分からないことを言って引き止めると思います」
「・・・・・」
「だって、大好きな人とだったら、ずっと一緒にいたいって思うし・・・・・」
「それが、あなたの答え?」
「・・・・・多分、答えになってないと思いますけど、気持ちって説明出来ないから・・・・・」
そこまで聞いた海藤は唇の端を上げると、そのまま黙って襖を開いた。。
まず、びっくりしたように目を丸くしている真琴の姿が目に入り、次になぜか苦笑している涼子の顔が見えた。
「そろそろ、負けを認めてくれませんか、涼子さん」
不適な笑みを浮かべたまま、海藤はゆっくりと中に入った。
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