重なる縁
9
一応、既に引退している菱沼だったが、その影響力はまだかなりあるのか百人を超す客が祝いに訪れた。
1階のほとんどの部屋と庭が開放され、そこここで幾つかの輪が出来ている。
もちろんほとんどがかつての同業者なので皆厳つく、そんな人間が集団でいるのは異様な雰囲気だった。
「・・・・・お手伝いしなくていいんですか?」
あの集団の中に入っていくのはやはり勇気がいるので、真琴は手伝いの方に回ろうかと思っていた。
しかし、海藤がそれを許すはずがない。
「お前は客だ。俺の傍にいたらいい」
「で、でも、海藤さんも挨拶とかしなくちゃいけないんじゃあ・・・・・」
「今日は伯父貴の祝いの席だ。俺は前に出るつもりはない」
「・・・・・はい」
菱沼の後継者として、そして1つの会を率いる者として、さらに表の世界でもかなりの地位と財力を誇る海藤には、こん
な時でしか近付けないと次々に挨拶する者がやってくる。
その隣に、時折若い女がいることがあった。
「私の娘だ」
「姪です」
決まって男達は若い女をそう紹介し、海藤の前に立たせた。形式的には海藤より上の立場の組長達も多いので、無視
することは出来ないのだろう。
地位も財力もある上に、俳優も霞むほどの容姿の海藤に、女達は皆頬を染め、擦り寄るように近付こうとする。
結婚相手としても、男としても、これ以上最高の男はいないと分かっているのだろう。
しかし、海藤の態度はいずれもそっけないものだった。
「どうぞ、御前を祝ってやって下さい」
短くそう言うと、真琴の肩を抱いて場所を移す。
あれは誰だといういぶかしむ視線や、女達の嫉妬の視線を浴びて、真琴は数十分も経つとすっかり疲れてしまった。
「休むか?」
真琴の様子に気付いた海藤は直ぐに声を掛けてくれるが、自分と一緒に途中で抜けさせる事など出来ないと、真琴は
苦笑を浮かべて首を振った。
「人が多いから少し疲れただけです。全然大丈夫」
「真・・・・・」
「貴士、少しいいかしら」
その時、2人の傍に涼子が近付いてきた。
「何ですか?」
「ちょっと来て欲しいの。ああ、あなたはいいのよ」
「え?」
「貴士だけでいいから」
海藤はじっと涼子を見る。しかし、その視線に涼子が引き下がることはなかった。
にっこり笑みを浮かべたままの涼子に、海藤は視線を逸らして傍の倉橋に言った。
「頼む」
「はい」
「直ぐ、戻るから」
その言葉に、真琴は素直に頷いた。
涼子が海藤を連れて行ったのは客間の一室で、そこには若い女が3人待っていた。
1人は和服、2人はt華やかな洋装で、3人は海藤の姿を見ると一様にうっとりとした視線を向けてきた。
「涼子さん」
「あなたに紹介したい方達よ。右から、加納友香さん、大羽美和子さん、神谷聡美さん。どなたも家柄はしっかりしてい
るし、女性としても魅力的でしょう?」
「・・・・ええ、そうですね」
確かに涼子のお眼鏡に適ったはずで、容姿もよく、多分教養もそれなりにあるのだろう。
広間で直接紹介された女達は直ぐに媚びるように身体を寄せ、目線で誘ってきたが、この3人はさすがにそんなあからさま
な態度は取らなかった。
「私は席を外すわね」
ポンと海藤の肩を叩いて涼子が出て行くと、海藤はゆっくり3人を見つめた。その視線に、3人はたちまち頬を染める。
「伯母がどういうつもりであなた方を呼んだのか・・・・・ご存知なんですか?」
「ええ、貴士さんの結婚相手の候補として参りました」
「お会い出来て嬉しいですわ」
「父も、貴士さんの手腕は高く買っておりますの。私も、ぜひ、お話したくて」
海藤は口元に笑みを浮かべた。
「私が暴力団の頭だとも?」
「開成会は経済に明るくて、暴力的な組織ではないと聞いています。私は全く気にしません」
友香の言葉に、他の2人も頷く。確かに『海藤貴士』というブランドは、持っていて得にこそなれ、損ではないのだろう。
それに、眼鏡を掛けた端正な横顔は、とても暴力を糧として生きている男とは思えない。
自分自身の価値を、海藤は十分分かっていた。
「妻は1人でも、愛人は何人か分かりませんよ。それでも?」
言外に女を作ると言っても、3人の女達の頬からは笑みは消えなかった。
「男の人とはそういうものでしょう?」
「力があれば女は寄ってきます。一々気にしません」
「私はそんな了見の狭い女ではありませんわ」
ヤクザの娘も、企業の令嬢も、それが当然といった感じで答えている。
海藤は、ふと、この場にいない真琴のことを考えた。真琴ならばどうするだろうか・・・・・。
(あいつは許さないだろうな。泣いて、責めて、傍から去ろうとする・・・・・)
相手に対して誠実を求める。それは、自分も相手に対して誠実であろうとすることだ。
世間の目など関係なく、相手の地位や財力も関係なく、ただ純粋に愛情だけを求める真琴。
そんな愛しい存在を今更手放すことは勿体無くて出来ないし、もともと真琴とこの女達を比べるのさえ考える時間が惜し
い。
(真琴に捨てられたくはないしな)
「俺は、抱くのは1人でいい」
幾つも愛情を分散することなど出来ないし、必要ない。
「抱きたいのも1人だ」
真摯な海藤の言葉に、女達は自分こそと思っているのだろう。既に海藤に抱かれる自分を想像しているのか、情欲に濡
れた目になっている者もいる。
引導は早めに渡すのが親切だと、海藤はきっぱりと言い切った。
「少なくとも、それはあんた達ではないな。第一・・・・・勃たない」
「!!」
女としての最大の侮辱に、3人の顔は真っ青になり、やがて屈辱に赤く染まっていく。
海藤はポケットから煙草を取り出して口に銜えると、倉橋や綾辻が短時間で調べ上げた切り札を口にした。
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