重なる縁
12
涼子の言葉に上手く答えることが出来なくて、真琴は内心焦っていた。
海藤の事を悪く思われないように、そして出来るだけ自分の気持ちも分かってもらえるように説明したいのだが、どうしても
涼子の存在感に圧倒されて言葉が詰まってしまう。
「・・・・・多分、答えになってないと思いますけど・・・・・」
どうしよう・・・・・そう思った時、まるでタイミングを見計らったかのように海藤が現れた。
「か・・・・・」
(海藤さん・・・・・?)
「そろそろ、負けを認めてくれませんか、涼子さん」
珍しく苦笑を浮かべた海藤はそう言いながら中に入ってくると、呆然としている真琴の隣に腰を下ろした。
その瞬間、何時もとは違う甘くきつい香りを感じてしまい、真琴は反射的に海藤から距離をとろうと腰を浮かしたが、簡単
に許されるわけもなく、真琴は海藤に腕を取られてしまった。
「どうした?」
「あ、あの・・・・・」
「貴士、あなた無頓着過ぎよ。くさい匂い付けられて」
呆れたような涼子の言葉に、海藤はやっと気付いたらしく、躊躇いなくスーツの上着を脱いで控えている倉橋に渡した。
続けてネクタイも外そうとする海藤を、真琴は慌てて手を押さえて止めた。
「もう、いいですっ。匂い、薄くなったから!」
「・・・・・悪かった。無神経だったな」
「そ、そんな事ないです。俺がちっちゃい事まで気にしちゃって・・・・・」
香りが服に付く事など普段でも有り得ることなのだが、涼子から海藤の見合いの話を聞いたばかりだったので、この香りの
持ち主を思わず想像してしまい、自然と身体が逃げ腰になってしまったのだ。
子供っぽい自分の反応に真琴は赤面したが、海藤はそんな真琴の頬にそっと指を触れさせると、宥めるようにくすぐった。
「・・・・・親の前でイチャつかないで」
「!あ!わわ!」
優しい海藤の指に安心して寄り添おうとした真琴は、呆れたような涼子の言葉にハッと我に返った。
慌てて海藤から離れ、固まったように正座する真琴と、平然としたままの海藤を交互に見つめた涼子は、はあ〜と深い溜
め息をついて言う。
「可愛い嫁を可愛がってあげるのが夢だったのに」
「苛めるの間違いでしょう」
「あら、愛情には色んな種類があるのよ」
「それは真琴以外で試してください」
きっぱりと言い切る海藤の気持ちは嬉しかったが、真琴は涼子の気持ちを考えると喜んでばかりもいられなかった。
子供のいない涼子にとって、海藤の子供というのは特別なものだったはずだ。
自分の存在のせいでその夢が遠いものとなってしまった涼子に、真琴は出来るだけ真摯に謝った。
「すみません、どうしても海藤さんの子供を見たいっていうの、やっぱり俺は・・・・・嫌です」
海藤は真琴の言葉を聞いて、涼子がどういう言葉で真琴を説得しようとしたのか分かったようだ。
珍しく大きな溜め息をつくと、涼子に向って言った。
「涼子さん、真琴は素直なんですから、そういう嘘は言わないように」
「・・・・・へ?」
海藤の言葉に、真琴はキョトンとした目を向ける。
「涼子さんにはちゃんと子供がいる」
「え?だ、だって、子供がいないから海藤さんを引き取って・・・・・」
「違う。上は女だったし、下は身体が弱かったから、一応俺を跡継ぎにしようとしたんだ」
「上はって、じゃあ・・・・・」
「上は34。下は男で26。立派な子供がちゃんと2人いる」
「やあねえ。歳まで言わなくてもいいじゃない」
海藤が言った通り、菱沼との間に涼子は2人の子を生んでいた。
17歳の時に長女を、25歳の時に長男を産んでいるが、既に嫁いでいる長女は海外に住んでいるし、長男は大東組に
入って同じ世界に足を踏み入れている。
「だって、貴士を自分の子と同じ様に思っているのは嘘じゃないもの」
あっさりと認めた涼子は口を尖らすが、そんな仕草が妙に似合っていて、真琴はごく自然に可愛い人だなと思ってしまった。
そして、それと同時に、涼子に子供がいるという事実に安心した。もしもこのまま海藤に子供が出来なくても、本当の子供
の方に可能性があるのだ。
「よかったぁ〜」
思わず零れてしまった真琴の安堵の言葉に、海藤は改めて涼子に視線を向けた。
涼子の気持ちは分かっている。
実の親との縁が薄い海藤に、実の母親のように愛情を注いでくれたことも実感している。
ただし、海藤ももう子供ではなかった。自分のことは自分で決めることが出来るし、それがずっと人生を共にしていく相手を
選ぶとなれば、自分で決めるのが当然だ。
「あの女達は駄目ですよ」
「やっぱり?」
「涼子さんが選ぶにしてはアラがあり過ぎると思いましたが・・・・・」
「親がずっと煩かったのよ。貴士が直接断わってくれた方が話が早いし」
「全く・・・・・」
「あの、海藤さん、お見合い・・・・・」
不安そうに聞いてくる真琴の手をしっかり掴むと、海藤はそのまま言葉を続けた。
「結婚はしません。もし、仮にするとしたら、海外で真琴としますよ」
「か、海藤さんっ?」
「・・・・・普通の子よね?メリットがあるとは思えないけど」
「関係ないですよ。俺は俺の力で上に上がりますから」
ここまで来たのは確かに菱沼や本宮の後押しもあったが、海藤は自分の力というものを信じている。
海藤にとってこれから先に上っていくのに必要なのは、女の家の力ではなく、真琴という存在そのものなのだ。
(真琴のいない将来を想像出来ないくらいに・・・・・)
「今回のことはうやむやに出来ません。涼子さん、真琴に頭を下げてください」
「い、いいんですよ、俺っ」
「お前がどんな思いでいたか俺には分からないが、想像は出来ているつもりだ。何も無しには出来ない」
「海藤さんっ」
「開成会の会長の連れに出されたちょっかいだ。分かりますよね?」
元開成会会長の妻という涼子の立場と、現開成会会長の海藤では全く位が違う。
なにより男と女では・・・・・。
涼子は黙って上座から立ち上がり、真琴と海藤よりも入口の畳に座り直すと、両手を着いて深々と頭を下げる。
背筋の伸びた、思わず真琴が見惚れてしまうほどの、綺麗な土下座だった。
「この度のこと、まことに申し訳ありません」
「・・・・・ああ」
例え育ての親であっても、これがヤクザ社会の上下関係だ。
海藤はその謝罪を受け入れると、続けて起こった出来事に戸惑うことしか出来なかった真琴の身体を強く抱きしめた。
「・・・・・海藤さん、あの・・・・・」
「悪かったな、心配させた」
「・・・・・っ」
優しく囁かれ、真琴の心の中で渦巻いていた不安や恐怖が消えていく。
涼子が見ていると思ったが、真琴は思わず海藤の背中に手を回して抱きつくと、こみ上げる嗚咽を肩に顔を埋めることで
押し殺した。
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