重なる縁



13






 「何だ貴士、お前涼子さんに頭下げさせたのかい?許せないなあ」
 言葉でそう言いながらも、菱沼の顔は面白そうに笑っている。
 「マコちゃん、こいつはそんな冷たい男なんだよ」
 「そ、そんなことないですよ?」
(・・・・・冗談だよね?)
 午後11時過ぎ、あれ程いた客はほとんどが帰宅し、菱沼と親しい数名だけが部屋を取ることになった。
涼子との話の後、自分でも呆れるぐらい安心したのか、真琴は用意されていた食事を美味しそうに頬張り、海藤はそん
な真琴の様子を目を細めて見つめていた。
 中には空気を読めずに、海藤に取り入ろうと話し掛ける者も少なからずいたが、海藤は見事なまでにシャットアウトし、
後々面倒になりそうな相手には倉橋や綾辻が対応していた。
 「貴士、お前閑だろう?2、3日ゆっくりしていくといい。マコちゃん、私とテニスでもしようか?」
 「私は閑じゃないですよ」
 「そうか?面倒なことは倉橋に任せてるんじゃないのか?」
 「・・・・・していません」
 身内ばかりの場での海藤と菱沼の会話はどこか伯父と甥といった雰囲気で、何時もは自分よりも遥かに大人の海藤
が微妙に子供っぽく見えるのが新鮮で、真琴は嬉しくなって2人を交互に見た。
 「それに、この後予定がありますから」
 「予定?じゃあ、マコちゃんは置いてお前だけ帰れ」
 「真琴も一緒ですよ。明日、帰ります」
 「つまらんな〜。涼子さんもそう思わないかい?」
 「本当よ。明後日には江梨子や辰之助が帰ってくるのに」
涼子も残念そうに言う。
 聞き慣れない名前に真琴が海藤を見ると、その意図を察して直ぐに答えてくれた。
 「伯父貴の子供、俺の従姉弟だ」
 「江梨子はもう2人の子持ちよ。おじいちゃんとおばあちゃんなのよね、私達」
 「そうか、あの子達が来るのか」
やはり孫の顔を見るのは嬉しいのか、菱沼も涼子も楽しそうだ。
ただ、どう見ても若い2人が・・・・・特に涼子が、孫を持つ年齢にはとても見えない。
 「・・・・・若いですよねえ、涼子さん」
 「え?」
 真琴の言葉に振り向いた涼子に、言い方が悪かったかと真琴は慌てて言い換えた。
 「あ、姐さんは、若いですね」
 「姐さん?・・・・・やだ、久し振りに呼ばれたわ」
 それは涼子の笑いのツボに嵌ったらしく、涼子は声を押し殺して笑い始める。
どうやら怒ってはいないようだと安心した真琴は、ほうっと安堵の溜め息を付いた。



 先に風呂に入るよう促して真琴を見送ると、海藤は改めて菱沼と涼子に視線を向ける。
その改まった空気に、2人も居住まいを直した。
 「私が選んだ相手は・・・・・合格ですか?」
 「・・・・・会ったばかりでどうとは言えないが、私は好きだよ」
菱沼はそう言って涼子を振り返る。
涼子は苦笑を洩らしながら言った。
 「貴士の子供を見たいと思うのは・・・・・諦めなくちゃいけないみたいね」
 「涼子さん」
 「ただし、よく覚えておきなさい。相手は素人でまだ学生の、ほんの子供だということ。あなたが守らないと、潰れてしまう可
能性だってあるのよ」
 「はい」
 「江梨子が近くにいないから、貴士のお嫁さんを娘みたいに可愛がろうと思ったんだけど、嫁相手じゃ文句も出ちゃうわね。
息子がもう1人出来たと思いましょう」
 「・・・・・ありがとうございます」
 海藤は頭を下げた。
反対されたとしても真琴を手放すつもりなどなかったが、こうして親以上に思っている人達に認められれば嬉しい。
きっとこの言葉を伝えれば、真琴も喜ぶだろうと思った。
 「で、予定って何?」
 ついでのように聞いてくる涼子に、海藤は苦笑しながら正直に答えた。
 「せっかくここまで出てきたんですから、温泉にでも行こうと」
 「あら、いいわねえ〜。どこ?」
 「・・・・・押しかけられると困りますから」
 「内緒にするの?聞いた?辰雄さん、私も温泉に行きたいわ」
 「江梨子達が帰ってきたらみんなで行こうか?」
 「あなたと2人で行きたいの!」
まだまだ仲の良い夫婦に、海藤の笑みは深くなった。



 「温泉・・・・・ですか?」
 「ああ。一泊二日だがな」
 「嬉しいです!」
 風呂から上がった真琴に旅行の話を伝えると、予想外の海藤の言葉に驚いた様子だったが、初めての2人の旅行に満
面の笑みで喜んだ。
 「まあ、2人きりは無理だが」
 「いいですよ!みんな一緒だと楽しいじゃないですか!お風呂で背中の洗いっこ出来るし!」
 「・・・・・それは無理だな」
 「え?どうしてですか?」
 「俺がお前の身体を、他の男に見せると思うか?」
 「で、でも、温泉だし」
 「もちろん、貸切だ」
 「・・・・・」
真琴のその沈黙がどういう意味か、海藤は分かっていた。
貸切というのがいったいどれほどお金が掛かるのか・・・・・真琴は動く金額を想像したのだろう。
 「か、海藤さん」
 「ん?」
 「・・・・・」
 「楽しみだな」
 堅実なその性格は好ましいが、今は初めての旅行ということだけを考えて欲しい。
海藤はそう思いながら、湯上りの温かい真琴の身体を抱きしめた。