重なる縁
16
通常の料理に加え、様々な追加の料理に、男5人は旺盛な食欲をみせた。
海藤と綾辻は新鮮な刺身を肴にビールから日本酒、ワインに水割りと、相当な量をチャンポンにして飲んだはずだが、全く
顔に出すことはなく、酔ったそぶりも見せない。
こうして2人並んでいる姿を客観的に見れば、2人共タイプの違う美形の主で、少し浴衣の前が開いている様子も滴る
ような色気がある。
こういうところが女には人気があるのかと、倉橋は改めて海藤の魅力を(綾辻のことは全く頭の中から消して)考えていた。
そういう倉橋もストイックで冷酷な感じがする(中身は相当ホットなのだが)と、密かな人気の的であることを本人は知らな
い。
「倉橋幹部、酒は?」
「私はいい」
倉橋は飲めないわけではないが2人に付き合ってられないともくもくと箸を動かし、弘中は酌をしたり皿を外に下げたりと
忙しく動いていた。
(たまにはいいか・・・・・)
久しぶりの骨休みになったと、倉橋も珍しく緊張感を解いていた。
「これ、おうひい」
「・・・・・?」
呟くような言葉に、一番に気付いたのは倉橋だった。
「真琴さん?」
「くあ〜しさん・・・・・こえ、おいひーれすよ」
「!」
倉橋はパッと真琴のテーブルの前に目を走らせたが、酒のコップは置かれていない。以前粕漬けでも酔ったところを見てい
るので、そういった類のものも側には置かなかったはずだが・・・・・。
「・・・・・あ」
そんな倉橋の目に、あるものが映った。
「かいどおさ〜ん」
「真琴・・・・・?」
いきなり背中にペッタリと懐いてきた真琴を片手で支えると、海藤はテーブルの上を確認した。
あらかた無くなった料理の他に、テーブルの上には食べ始めたばかりのシャーベットがある。
「・・・・・」
海藤はそれを引き寄せ、一口口に含んでみた。
「申し訳ありません」
その時、隣の部屋で電話を掛けていたらしい倉橋が2人の側に膝をついて言った。
「今女将に確認しましたら、シャンパンのシャーベットを用意したらしくて・・・・・」
「そうみたいだな」
「料理の方は気をつけていたんですが、デザートの方を見落としてしまいました。申し訳ありません」
あまりデザート類を食べない・・・・・というか、興味の無い倉橋にとっては、シャーベットがシャンパンで作られているとは見落
としてしまっていたのだろう。
小さなミスも自分自身が許さない倉橋は神妙な顔つきで謝罪したが、海藤にとってこれはそれほど問題になるようなことで
はなかった。
「いや、いい」
一方、お手軽に酔ってしまった真琴の方は、胡坐をかいている海藤の膝の上にチョコンと座ると、強張った面持ちの倉橋
を見てくふふと笑っていた。
「くあ〜しさん、へんなかお〜」
「真琴さん、大丈夫ですか?」
「だあいじょお〜ぶう〜。ね〜、かいどおさん〜」
「真琴」
「かいどおさんはあ、いつでもかあこいいよお〜」
子供のような幼い口調が、普段の真琴の口調とは一転していて面白い。
以前も酔った真琴を美味しく食べた海藤は、多少酔っていても問題にはしなかった。
「そろそろ部屋に戻る」
食事はあらかた終わったし、真琴は程よく酔っている。海藤は頃合かと、そのまま真琴を抱き上げた。
「あ〜、まだたべれる〜」
いきなり抱き上げられた真琴は当然のように抗議の声をあげたが、海藤はそのままどんどんと出口に向かって歩いていく。
細身とはいえ、小さいとも言いがたい真琴の身体を抱き上げて歩いても少しもフラつかないのは、日頃からそれなりに鍛え
ているせいだろう。
「俺もデザートが食べたくなった」
「かいどおさんも?」
「ああ。だから部屋に戻っていいか?」
「それなら、ゆるそお〜」
酔っ払いはどんな些細なことでも可笑しいのだろう。
ペシペシと海藤の頭を叩きながら笑い続ける真琴を、蕩けそうな笑みで見つめる海藤。
部下の3人は感心したように見つめるだけだ。
(真琴さん・・・・・明日の記憶はないんだろうな)
(マコちゃんって大物よね〜)
(社長・・・・・嬉しそうだな)
「お前達は適当に遊んでいいぞ」
「お疲れ様でした」
通常なら部屋の前まで送るところだが、海藤はこのまま2人きりでいることを望んでいるだろうし、真琴は知らないがこの
宿の周りは組の人間に警戒させている。
2人の姿が見えなくなるまで見送った3人は、なぜかいっせいにはぁ〜と溜め息をついてしまった。
「可愛いわね、酔ったマコちゃん」
そう呟いた綾辻は、にやっと笑って隣に立つ倉橋に視線を向けた。
「ねえ、克己もあんな風に可愛く酔ってみなさいよ」
「・・・・・あいにく私は下戸ではありませんから」
「やあねえ、お遊びに付き合ってくれたっていいじゃない」
「あなたのは遊びでは終わりませんからね。私もこれで失礼します」
綾辻の軽口には付き合ってられないと、倉橋はさっさと自分の泊まる離れに戻っていく。
「・・・・・つれないってこういうことを言うのね〜」
それでもあっさり部屋の中に戻っていく綾辻の後について行きながら、弘中はふと今感じたことを言った。
「綾辻幹部は倉橋幹部を狙ってるんですか?」
ストレートに聞いてきた弘中に、一瞬綾辻の顔に浮かんだのは何時ものニヤケた顔ではなく苦笑だった。
その笑みは男っぽく、普段の綾辻の雰囲気を一変させるようなものだ。
しかし、次の瞬間には見慣れた何時もの笑みを頬に浮かべ、綾辻はウインクしながら弘中に言った。
「取るなよ?あれは俺のだから」
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