重なる縁
4
「マコちゃん、何か怒ってるのかい?ほら、ここに皺が出来てる」
「い、いえ、怒ってなんか・・・・・」
いませんと小さな声で言いながら、真琴は涼しい顔をして隣に座っている海藤を恨めしそうに見た。
その言葉通り、海藤は最後まで真琴を抱くことは無かったが、散々泣かされてしまった真琴はついさっきまで腫れた目を冷
やしていたくらいで、今も一緒に食事をしている皆の視線が気になって仕方が無かった。
(ば、バレてるかな・・・・・バレてるよね・・・・・)
皆大人だから何も言わないでいてくれるのだろうが、真琴本人は居たたまれない気持ちだ。
大体他人の家で行為をするなんて考えられないし、ましてやその後揃って食事をすることは決まっていたのだ。
(海藤さん、気にしなさすぎ・・・・・)
どんなに海藤を責めてもどこ吹く風といった感じなので、真琴は自分で空気を変えようと、体ごと向き直ってワインを傾け
ている菱沼に言った。
「あ、あの、何か手伝うことがあったら、何でも言って下さい。料理は出来ないけど、掃除とか皿洗いは普通に出来ると
思いますし」
「君が掃除を?」
少し驚いたように聞き返す菱沼に、真琴は張り切って頷いてみせた。
「こんなに広いお屋敷だし、人手は多い方がいいですよね?」
「その間、貴士はどうするんだね?」
「え?海藤さんも色々忙しいんですよね?お客様を出迎えたりとか。あ、手が空いたら手伝ってくれますよ、ね?」
開成会の会長である海藤に、掃除を手伝えと言えるツワモノは真琴ぐらいだろう。
菱沼は声を出して笑い、今回特別に同席が許されている倉橋と綾辻(真琴がどうして別々に食事をしなければならない
のかと言った為)も、声は出さないようにしていたが苦笑を洩らしていた。
「マコちゃん、今回君はゲストであり、私の身内だからね、何もしなくていいんだよ?」
やっと笑いが治まった菱沼は、それでも声は笑ったまま言った。
「のんびり、ゆっくりしてくれていい」
「え?でも、俺は身内ってわけじゃ・・・・・」
「貴士の連れなら、十分その資格はある。そうだな?」
「はい」
「か、海藤さんっ」
「あ〜、そういえば、後1時間もしない内に本宮が来る。お前に会いたいと言っていたからな」
「本宮のオヤジが?」
「そうそう、マコちゃんにも会いたいと言ってたよ。お前が見つけた大切な伴侶を、ぜひ自分の目で確かめたいそうだ」
「・・・・・真琴は素人ですよ」
海藤の纏う空気がピリッと緊張したのを感じ、真琴は心配そうにその横顔を見た。
まさかここで喧嘩にはならないだろうが、つい先程までの和やかな空気とは一変した気がして不安になる。
「それでも、お前の連れだ」
「御前」
「海藤さん、俺、会いますよ?海藤さんや伯父さんにとっても大切な人なんでしょ?ちゃんと挨拶します」
「真琴」
「海藤さんが一緒なら、全然心配ないし」
「なんだ、マコちゃんの方が度胸がある。頼もしい連れだな、貴士」
「・・・・・」
菱沼の策略にまんまと乗せられた海藤は苦々しい思いをしていた。
2人きりの時に切り出せばあっさりと断るだろうと察して、わざわざ真琴の前で本宮の来訪を告げたのだろう。
大東組の最高幹部の1人で、菱沼とも旧知の間柄である本宮宗佑(もとみや そうすけ)には、若い時は世話になったし、
1本筋の通ったその性格は好ましかった。
しかし、逆に言えば素人の真琴に対して、厳しい目を向ける可能性もある。
海藤自身は何を言われようが構わないが、真琴には嫌な思いは欠片もさせたくはなかった。
「海藤さん、そろそろ時間」
「・・・・・真琴、お前は行かなくてもいい」
「駄目です!伯父さんとも約束したし!それに、ちゃんと挨拶しときたいし」
「どうしてだ?」
「何かあった時、海藤さんの味方をしてくださいって頼んでおきたいんです」
照れ臭そうに真琴は笑った。
「味方はいっぱいいた方がいいですよ」
「・・・・・そうか」
「伯父さんが想像と全然違ってたから、今度の人もどんな人か、ちょっと怖いけど楽しみなんです。ヤクザさんって感じで
すか?それとも伯父さんみたいな感じ?」
「本宮のオヤジは、生粋のヤクザって感じだな」
「じゃあ、今度こそ健さんに会えるってことですね」
無理をしているわけではなく、本当に楽しみだと言っているのが分かる。
知り合った頃よりもずっと強く、そしてしなやかな考えを持つようになった真琴が、海藤にとってどんなに心強く大切な存在か、
言葉では言い尽くせない。
「え?あっ」
海藤はギュッと真琴を抱きしめた。
昼間の戯れだけではとても足りない。
「か、海藤さんっ」
「・・・・・帰り、温泉でも行くか」
「え?温泉?」
「ああ、ゆっくりしよう」
「嬉しいけど・・・・・お仕事、いいんですか?」
「倉橋に調整させる」
「倉橋さんを困らせちゃ駄目ですよ〜。・・・・・でも、嬉しいです」
「よし。じゃあ、面倒なことは早く終わらせよう」
海藤が内線を鳴らすと、直ぐに倉橋が現われた。
海藤の表情が随分和らいだのを見てホッとしたようだ。真琴に対して軽く頭を下げたのは、海藤の気分の上昇が真琴のお
かげだと分かっているからだろう。
「来たか?」
「はい、先程まで御前とお会いされていましたが、今は部屋にいらっしゃいます」
「何時ものところか」
「はい」
「いくぞ」
海藤は真琴の肩を抱くと、本宮の待つ部屋に向かった。
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