重なる縁










 3人が部屋の前に行くと、入口には2人の男が立っていた。
男達は海藤の顔を見ると深々と頭を下げ、1人が扉を開けた。
 「わ・・・・・」
(和室になってる・・・・・)
入口は確かに洋風のドアだが、中に入ると立派な引戸が作られてあり、傍には小さいながら箱庭もある。
まるで高級料亭の個室といった感じで、真琴はただただ驚くしかなかった。
海藤はそのまま引戸を開き、奥に進んで障子の前に立った。
 「海藤です」
 「おお、入れ」
 海藤が中に声を掛けると、中から重厚な声が返ってきた。
 「失礼します」
先ず、海藤が中に入った。
真琴は倉橋の後に入ろうと思ったが、倉橋はそっと真琴を促して先に入るように勧めたので、真琴は怖々中に足を踏み
入れた。
 「ようやく顔を合わせたな。義理事でも擦れ違ってばかりで、なかなか話が出来なかった」
 「お忙しいでしょうから」
 「お前ほどじゃないがな」
 「・・・・・」
(こ、この人が・・・・・)
 「本宮補佐、私の連れ、西原真琴です」
海藤の言葉に、真琴は慌てて頭を下げた。
 「に、西原真琴ですっ。初めましてっ、こ、こんばんは!」
 「・・・・・噂通り、男か」
 「はい」
 「決めたのか」
 「はい」
2人の会話を緊張したように聞きながら、真琴はチラチラと目の前に座っている壮年・・・・・というよりは、少し歳がいった感
じの男を見ていた。
上座に座り、ゆったりとした和服を堂々とした体躯で着こなしている大柄な男・・・・・。
(何だろ・・・・・?健さんじゃないよなあ・・・・・あ、あれ!)
 「・・・・・海坊主」
 「真琴?」
 思わず零れた言葉が耳に入ったのだろう、海藤が真琴を振り返る。
真琴は慌ててブンブンと頭を横に振った。
 「な、何でもないですっ」
 「・・・・・真琴、こちらは大東組若頭補佐、本宮宗佑氏だ」
 「若頭補佐・・・・・?」
 「昔菱沼が開成会の若頭をしていた頃からの知り合いだ。無茶もしたが、あの頃が一番楽しかった」
 「へえ、そうなんですか」
 あの英国紳士のような菱沼も、本当にヤクザだったのだと妙に感心して頷いてしまう真琴に、本宮はニヤッと笑みを浮か
べて言った。
 「ところで坊主、今俺のことを何て言った?」
 「え?」
突然の切り返しに真琴は慌てた。



(・・・・・印象は悪くないようだが・・・・・)
 海藤はオロオロする真琴を面白そうに見つめる本宮に、知らず力が入っていた肩をやっと下ろした。
本宮宗佑は大東組生え抜きの人間で、30代前半にはもう幹部クラスまで上っていた。50歳になった時、若頭補佐と
なって以来、全国の系列の組をまとめる大仕事をずっと続けている。
ちょうど同じ頃、菱沼もその才覚が認められ、総本部長という大抜擢を受けて表に立つようになった。
系列の一会派の人間が、組の金庫番と呼ばれるほどの重責に就いたのは異例のことで、周りの、特に古参の組長連中
からはかなりの批判や嫌がらせも受けたが、それを一喝したのは大東組組長の信頼も厚い本宮だった。
 歳も近く、また畑違いの分野でそれぞれ活躍していた2人は、全く違う性格ながら親友といえる間柄になったのだ。
海藤が本宮に引き合わされたのは中学生の時で、それ以来本宮は何かと海藤を気遣い、厳しく指導してくれた。
海藤が伯父夫婦以外に真琴に会わせたいと思っていたくらいだ。
まさか、今日とは思ってもいなかったが。
 「え、えっと、あの」
 「頭に目がいったか?」
 「えー・・・・・と」
 今年62になる本宮は、そろそろ引退したいと言っているものの、その肌艶も良く、眼光の鋭さは一向に衰えていない。
髪は、40過ぎてから手入れが面倒だと、綺麗なスキンヘッドにしてしまっていて、その容貌と大柄な体格を比喩して、何
時からか『海坊主』と呼ばれていることを本人も知っている。
 さすがに面と向かって言う者はいなかったが、真琴は見事に何時もの天然さを発揮したようだ。
 「き、綺麗に剃ってるなって、思って、あの・・・・・」
 「ん?」
 「わ、悪い意味で言ったんじゃなくって、健さんとはちょっと、違うなって・・・・・」
 「健さん?」
 「補佐、それは・・・・・」
苦笑しながら、海藤は真琴の代わりに説明した。
これぐらいで怒るような了見の狭い男ではないと知っているからだ。
 「そうか、あの高倉健と比べられたらなあ」
 本宮は大声で笑った。
 「貴士、面白い男を捕まえたな」
 「ええ、見つけたのは幸運でした」
 「惚気やがって。お前がなかなか身を固めないと、涼子さんからも泣きつかれていたんだが・・・・・まあ、こんな連れを見つ
けたんじゃあ、俺が口を出すまでもないな」
 「気を遣わせまして、申し訳ありません」
 「いや、来て良かった。久し振りに菱沼にも会えたし、こんな面白いもんも見れたしな」
 本宮は真琴に視線を向けた。
 「明日・・・・・そうだな、昼を一緒にとらんか?」
 「お昼ご飯ですか?・・・・・」
真琴は海藤に視線を向ける。
断る理由はなかった。
 「喜んで、ご一緒させてもらいます」