重なる縁










 「・・・・・ふぁ〜・・・・・あ?」
 翌朝、真琴が目を覚ました時、ベットに一緒に寝ていたはずの海藤の姿は既になかった。
気を張っていたのか、昨夜はなかなか眠れなかったはずなのだが、何時の間にか眠っていたらしい。
目を擦りながら部屋の中の時計を探した真琴は、その指している時間を見てあっと叫んだ。
 「寝坊!」
 時間は既に9時を回っている。
人の家なのにのんびりと寝過ごしてしまったと慌てて起き上がった真琴は、直ぐに顔を洗い歯を磨くと、急いで着替えて部
屋を飛び出した。
昨夜なんでも手伝うと自分から言い出したくせに、全然行動が伴っていないのが恥ずかしかった。
 「え、えっと、どこに行けばいいんだろ・・・・・?」
 焦っている上、そうでなくても広い屋敷の中で、真琴はウロウロと歩き回る。こういうときに限って、誰とも出会わないのが
不思議だ。
 「確か・・・・・玄関を入って右に回って・・・・・」
うろ覚えな記憶を頼って歩いていると、やっと玄関に辿り着いた。このまま昨日の案内を思い出そうとしていると、
 「どうぞ」
 低い男の声がしたかと思うと、不意に大きな玄関の扉が開かれた。
思わず視線を向けた真琴の目に、黒っぽい服を着た数人の男が映り、その後ろから1人の背の高い女が姿を現した。
 「・・・・・きれ・・・・・」
 オフホワイトのスーツを綺麗に着こなした、30・・・・・半ばくらいだろうか、そのとても綺麗な人は、目の前に突っ立っている
真琴にチラッと視線を向けてくる。
綺麗に染められた栗色の髪と、赤い口紅を塗った唇が色っぽい。
真琴は今日の客の1人だと思い、思い切り良く挨拶をした。
 「いらっしゃいませ!」
 「・・・・・」
 「新入り?どこの預かりなの?」
艶っぽい声に、真琴は慌てて否定した。
 「あ、あのっ、俺、ここの人間じゃなくって、その、どこかの預かりとかでもないですっ」
 「・・・・・名前は?」
 「に、西原真琴です」
 「・・・・・ああ、あなたが」
 「え?」
 「あなたが私の愛しい貴士を誑かした男ね」
 「えっ?」
思い掛けない言葉に真琴は絶句してしまった。
初対面で、母親に近い、いや、母親よりもずっと若く綺麗な女にいきなり浴びせかけられた非難の言葉に、真琴はどう対
応したらいいのか分からなかった。
 オロオロする真琴をじっと見つめながら、女はゆっくりと真琴の側に歩み寄った。
ハイヒールを履いているせいか、目線は真琴とそう変わらない。
 「人の家で、随分ごゆっくりな起床なこと」
 「え・・・・・」
 「前髪が濡れているから顔は洗ったみたいだけど、ついでに寝癖も直しておけば良かったわね」
 「!」
パッと頭を押さえる真琴に、女は更に続けた。
 「・・・・・暢気ね」
 「・・・・・すみません」
 恥ずかしくて身を縮めた真琴の耳に、今一番頼りになる男の声が聞こえた。
 「真琴」
 「か、海藤さん」
見慣れたスーツ姿ではなく、ラフなシャツ姿の海藤は、一目で現状を把握したらしい。苦笑しながら真琴の傍に来ると、そ
の肩を抱いて自分の胸に引き寄せた。
たったそれだけのことで安心した真琴は、一度深呼吸をした後、女に向かって頭を下げた。
 「本当にすみません、よそのお宅で寝坊したりして・・・・・」
 「謝る必要はない」
 真琴の言葉を途中で遮り、海藤は女に向かって言う。
 「帰宅早々嫁いびりですか」
 「あら、私はまだ嫁とは認めてないわよ」
 「私が決めています」
 「・・・・・貴士」
 「心配してくれるのは分かりますが、私ももう子供ではないんですよ」
 「・・・・・」
 「か、海藤さん」
2人の顔を交互に見つめながら会話を聞いていた真琴は、まさかという思いで海藤に聞いた。
 「こ、この人は?」
 「御前・・・・・伯父貴のつれあい、涼子さんだ」
 「お、伯父さんの奥さんっ?嘘だあ〜!」
 「真琴?」
 「だって、歳違い過ぎですよっ?伯父さん還暦なのに、20以上も違うなんて、え、もしかして2度目の・・・・・あ、ごめんな
さい!」
言ってはいけないことを言ったかもと慌てた真琴だが、呆気に取られて見ていた涼子はいきなりクスクスと笑い始めた。
笑われる意味が分からない真琴は、どうしようかと海藤を振り返る。
驚いたことに、海藤の頬にも笑みが浮かんでいた。
 「彼女は51だぞ」
 「嘘ーーーーー!!」
 海藤が嘘をいう必要が無いことも分かっているつもりだったが、見た目と実年齢のあまりの違いに真琴は思い切り否定す
る。どう頑張って見ても、やっと40位としか見えないのだ。
 真琴のその言葉を笑いながら聞いていた涼子は、
 「正直な子というのは分かったわ」
そう言うと、数人の男を従えて屋敷の中に入っていく。
(ほ、本物の極妻さんだあ・・・・・)
目の当たりにした極道の姐という存在に、驚きから醒めた真琴は憧れを込めた目でその後ろ姿を見送った。