重なる縁










 何もしなくていいと言われたもののじっとしていることも出来ずに、真琴は倉橋に聞いて細々とした用をもらって動き回って
いた。
倉橋としても真琴に何でもさせるというわけにもいかず、海藤に意見を聞いたらしいが、『全て真琴の好きなように』との一言
で終わってしまったらしい。
倉橋に悪いとは思いながら、身体を動かしていた方が気が楽な真琴は、他の助っ人の組員達と一緒にせっせと掃除に励
んでいた。
 そのままあっという間に時間は過ぎ、昼時になって海藤が迎えに来た。
昨日約束した本宮との昼食の為だ。
すっかり忘れていた真琴は慌ててシャワーを浴び、今、本宮の部屋で豪華な和食の膳を前に座っている。
 「うわっ、おいしそー」
 鮮やかな彩りの料理を前に頬を綻ばせる真琴に、見ている海藤や本宮にも笑みが浮かぶ。
 「ほら、食べなさい」
 「はい、いただきます!」
きちんと手を合わせて言うと、真琴は早速一番に目を惹かれていた綺麗な色の卵焼きを口に含んだ。
 「あ、これ、出汁巻き!美味しい!」
 「俺のも食べろ」
 「駄目だよっ、こんな美味しいの、海藤さんも食べた方がいいよ?」
 2人のやり取りを黙って見ていた本宮は、やがて感心したように言った。
 「あの海藤に気を遣わせるなんて、たいした男だな」
 「?」
言われた真琴は意味が分からず首を傾げたが、海藤の方は苦笑を洩らしているだけだ。
 「そういえば、涼子さんに会ったそうだな。どうだった?」
 「そうですね・・・・・なんか、すっごく若くてびっくりしました。綺麗な人だったし、でも迫力あって・・・・・」
 「まあ、彼女に対抗出来る奴は少ないだろうな。俺でも時々叱られる」
 「本宮さんもですか?」
 「菱沼と飲んでる時とかな。俺の連れより怖いぞ、ありゃ」
 「そうですよね〜、なんか迫力あるんですよ」
意見が合った真琴は、しみじみと頷いた。



 そんな2人の会話を、海藤は興味深そうに聞いていた。
泣く子も黙る大東組の大幹部を相手に、ごく普通に会話している真琴が面白い。
肩書きを紹介したところで、普通の大学生である真琴にヤクザの序列などよく分からないだろうし、ただ漠然と偉い人だと
しか思っていないのだろう。
 もっとも、一般の人間でも、本宮ほどのオーラを持つ人間に会ったら、本能的な怖さを感じて避けたり怯えたりしてもおか
しくはなく、ごく普通に会話している真琴の方がある種大物だといえる。
本宮もそんな真琴の本質を気に入って、こうして好感を持ってくれているのだろう。
 「・・・・・」
 そんなことを思いながら湯飲みを持ち上げた海藤は、意味深に自分を見る本宮に気付いた。
 「真琴君、茶のおかわりを貰ってきてもらえないか?」
 「いいですよ。海藤さんもいります?」
 「ああ、頼む」
本来ならそんな些細な事は外の組員でも使えばいいはずなのだが、わざわざ真琴に頼むという事は本人に聞かせたくない
話があるのだろう。
海藤は本宮の意をくみ、真琴を送り出した。
 「さっき、涼子さんから聞いたんだが」
 真琴が出て行く音を確かめた後、へたな前置きなど無く本宮は口を開いた。
 「お前の結婚相手を数人見繕ってきたらしい」
 「・・・・・」
思い掛けない話に、さすがの海藤も眉を顰めた。
 「そんな報告はあがっていませんが」
 「彼女が独自で動いたらしいからな。菱沼も知らなかったようだ」
 「・・・・・無駄なことを」
 「涼子さんにしてみれば、今まで特定の相手をつくらなかったもののお前の相手は皆女だった。今回の真琴君に関しては、
一過性のものだと思っているらしい」
 「相手は?」
 「今夜の祝宴でお前に会わせるらしい。数は3人。九州の組の娘と、企業の娘。皆お前との縁談に乗り気だそうだ。まあ、
極道といえど、お前は表でも十分稼いで有名だし、その面じゃ女も騒ぐだろう」
 「・・・・・失礼」
 海藤は立ち上がった。止めないということは、本宮もその行動を見越していたのだろう。
 「真琴君はしばらく俺が相手をしよう」
 「お願いします」
部屋を出ると、海藤はすぐ携帯を鳴らして倉橋を呼んだ。
数分もしないうちに、倉橋はなぜか綾辻を連れて海藤の部屋を訪れた。
 「涼子さんの話を聞いたか?」
 「申し訳ありません。今綾辻から話を聞いていたところでした」
深々と頭を下げる倉橋から視線を移すと、綾辻はシャツのポケットに入れていたメモを取り出しながら言った。
 「涼子さんが内密に動いていたのは確かですね。ここの人間も皆知らなかったようで、私も先程御前からお聞きしたんで
す。略歴と名前のリストです」
 海藤は黙ってそれを受け取った。文字は覚えのある菱沼の筆跡だった。

   大羽 美和子  九州指定暴力団遠山組系大羽会 会長次女 23歳
   加納 友香    河野商事 専務取締役令嬢 21歳
   神谷 聡美    神谷ホテルグループ社長令嬢 24歳

いかにも涼子が好みそうな肩書きだ。多分、人物像もそれなりなのだろう。
 「孫の顔を見たいという歳でもないだろうに・・・・・」
 幼い頃から母親代わりとして厳しく、そして優しく育ててくれた涼子は、海藤にとっては真琴とは別にまた特別な存在だっ
た。自分が出来ることならなるべく譲歩してきたし、これからもそうしたいと思っている。
しかし、これだけは別だ。
自分の伴侶を真琴と決めた今、海藤にとって縁談はただの邪魔なl話でしかない。
 真琴をここまで連れてきたのは間違いだったかと一瞬思ったが、海藤は直ぐに意識を切り替えた。
親代わりの菱沼や涼子、そして本宮に、自分が選んだ人間を知ってもらうにはいい機会なのだ。
 「全く・・・・・困った人だな」
心配してくれるのも分かるが、自分はもう庇護してもらう子供ではない。
海藤は体勢を整える為、倉橋と綾辻に至急の命を下した。