重なる縁
8
「うわ・・・・・黒一色」
「ん?あら、ホント。全然華やかじゃないわよね〜」
窓から外を見下ろしていた真琴は、次々と止まる黒の高級車と、中から出で来る黒いスーツの男達を見て呆然と呟いた。
午後4時を回り、パーティー(?)まで後1時間と迫ったところで、真琴は綾辻に捕まった。
海藤が用意してくれていたという服に着替えさせられたのだが、見るからに高そうな生地にビクビクとしてしまう。
さすがに海藤が真琴の為に選んだだけに、シンプルながらオシャレで、ネクタイの要らないドレスシャツの白と、オリーブ色のカ
ジュアルスーツは、色白の真琴の肌を綺麗に引き立てた。
「さっすが、社長、ハニーに似合う色よくしってる〜」
「そ、そうですか?少し派手じゃないですか?」
「これぐらい可愛いものよ。御前なんか、今日は赤いチャンチャンコ着るんじゃない?」
「え?・・・・・似合わない」
「意外と可愛いかもよ」
「そうかなあ」
真琴は頭の中で想像しながら、チラッと綾辻を見た。
普段はもっと明るい色のスーツを着ている綾辻も、今日は他の組の人間も多いということで、地味目は色を選んでいるよう
だ。初めは黒かと思ったが、光の加減で藍色にも見え、中のシャツもグリーンの細いストライプのものと、やはり綾辻らしいこ
だわりはあるようだが。
こうして見ると、やはり均整のとれたモデル体型で、真琴は内心羨ましく思った。
ぼんやりとそんなことを思っていると、ノックの音もせずにドアが開いた。
「用意は出来たか?」
「・・・・・」
「真琴?」
「・・・・・カッコイイ・・・・・」
思わずといった感じに零れた言葉に、海藤は苦笑した。
「お前もよく似合っている」
黒に近い濃紺のスーツにモスグレーのタイ姿は、シンプルながら洗練されていて、髪も今日は軽く後ろに撫で付けている。
そんな姿にフレームスの眼鏡を掛けるとまるで俳優のようで、真琴はただポ〜と見惚れるしか出来なかった。
「ほら、御前も本部長もお前を待ってるぞ」
「・・・・・へ?俺を?」
「ムサイ男共を見る前に、目の保養をしたいそうだ」
「目の保養?」
「ああ!マコちゃん!可愛いね〜!」
「ど、どうも」
(チャンチャンコ着てない・・・・・)
昨日案内された部屋に行くと、そこには菱沼と本宮が既に酒を傾けていた。
菱沼は想像していたチャンチャンコ姿ではなく、ダークブラウンの三つ揃えのスーツに、ポケットチーフが赤という、洒落た装い
で、本宮は正装なのか羽織袴姿だった。
「本当は面倒なことはしたくなかったんだけどね〜、涼子さんが義理事には煩くって」
「あ、あの、今日はおめでとうございますっ」
本来の目的をやっと思い出し、真琴はペコッと頭を下げる。
その姿に、菱沼はにっこりと笑った。
「誕生日はとっくに過ぎてるんだけどね。なんだか、おじいさんになったなって言われてるようで落ち込んじゃうよ」
「そんなことないです!伯父さんは若いですよ!」
「そう?じゃあ、伯父さんじゃなくって、たっちゃんって呼んでくれないかい?」
「た、たっちゃん?」
「御前」
真琴の困惑した様子に海藤が声を掛けたが、菱沼は一向に怯んだ様子は無かった。
「え、え〜と、あの、これ、持っていない物だったらいいんですけど、海藤さんと俺から」
真琴は誤魔化すようにコホンと咳払いをして、持っていた小さな袋を差し出した。
「プレゼントかい?嬉しいな〜・・・・・お、これは・・・・・ああ、いいねえ〜」
綾辻に付き合ってもらって選んだ菱沼へのお祝いの品は、アンティークの懐中時計だった。
時計の収集をしているという綾辻の情報に、真琴は当初ブランド物の何百万とする時計を思い浮かべて青くなったが、綾
辻によると菱沼はブランド、値段に何の拘りも無く、本当に気に入ったものだけを集めているとの事だった。
つい最近は2千円の猫の形をした腕時計を買ったらしいという話を聞いて、真琴は綾辻のアドバイスに従って時計を物色
し始め、古びた小さな骨董店で、この懐中時計を見つけたのだ。
銀細工の施された綺麗なその懐中時計は、動かないものだからとだいぶ安く手に入った。
綾辻はそのまま知り合いの時計の修理屋に連れて行ってくれ、針は再び時を刻み始めたのだ。
「気に入ってもらえると嬉しいんですけど・・・・・」
「ああ、いいね・・・・・すごくいい!マコちゃん、ありがとう!」
「うわっ」
いきなり真琴を抱きしめると、菱沼は呆れた表情の海藤にウインクをしてみせた。
「貴士も、ついでにありがとう」
「・・・・・いえ。探したのは真琴ですから」
「大事にするからね」
「は、はい」
真琴は緩んだ腕の中から慌てて逃げ出すと、直ぐに海藤の隣にくっついた。
「つれないなあ」
菱沼が笑った時、ノックの音がしてドアが開いた。
「準備は出来たの?辰雄さん」
「ああ、涼子さん!今日もとても綺麗だよ!」
「・・・・・涼子さん?」
「ああ、あなたも準備は出来てるのね。・・・・・貴士の見立て?」
目の前に立った涼子を、真琴は呆気に取られて見つめた。
(・・・・・別人・・・・・)
今朝会った時は、スーツを着こなした、綺麗な栗色の髪と赤い唇が印象的な艶やかな女のはずだった。
しかし、今目の前にいるのは、全く別人といってもいい。
栗色の髪は漆黒の髪になり、かんざし1本で綺麗に結い上げられていた。
服もスーツではなく、黒地に金と銀と赤の糸で鮮やかに刺繍を施した豪奢な和服で、化粧も凛とした印象になっている。
初対面の時よりは幾分歳は上に見えるが、それでもせいぜい40台前半なのだが、菱沼の隣に立つ姿は全くといって違和
感は無かった。
まるで一対の絵のような2人を、真琴はこれが夫婦というものなのかとただ見つめることしか出来なかった。
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